2.ぺんぺん村の夜明け② じゃじゃーんっ!
「私の故郷は、大陸南端にあるグルテンガの里です。自然がいっぱいの良い所ですよ。この村と同じで自給自足で成り立ってるから、外界との接触はあまりないですね。たまに訪れる薬師や商人から、神都の話題とかは仕入れてる感じです。里では両親と兄と、私の四人で暮らしてました」
グルテンガか。名前くらいは知ってるが、特にこれといった話は聞いたことねえな。マジック・ジャンク関連の噂もなかったはずだし……
ミスティの話を反芻しながら、俺は問うた。
「里の種族構成は?」
聞かれることは半ば予想していたのだろう。ミスティはひょいと肩をすくめ、
「焰族オンリーです。あの近辺の流族はみんな、グルテンガの近くにあるグリアンカの里に住んでいるので、完全に二分されてます」
「そんなんでよく争いになんねえな」
「一触即発だからこそ、相互不干渉って感じみたいですね。人口規模では圧倒的にグルテンガを上回るグリアンカが、かたくなに無視を決め込んでるのが大きいんでしょうけど……」
言うミスティの表情が少し曇る。この類いの話は、流族の俺に聞かせづらいってとこか。
いちいち鬱陶しい反応だが、その気遣いは新鮮だし悪い気もしない。
だから俺の方も珍しく、相手を気遣って話題を変えることにした。
「あの辺りって確か、大きな川が通ってるよな」
ぱっと顔を輝かせるミスティ。
「そうそう、そうなんです! だから私釣りには慣れてて、腕には結構自信あるんですよ?」
「ふうん。じゃ趣味なのか?」
「いえ、あくまで食料調達のための手段ですから。私が好きなのはですね……」
と、ここでミスティはたっぷりと間を置いてから懐に手を入れ、
「じゃじゃーんっ! これです! オリジナル花図鑑!」
どうだとばかりに、片手サイズの帳面を取り出した。その表紙には『わくドキ★ミスティのオリジナル花図鑑~世界編~』と記されている。
「一輪ずつ押し花にして、聞きかじった情報も書き留めていくんです。里の花は制覇したから、これからは世界規模に挑戦です!」
えっへっへと自慢げに胸を張るミスティ。
俺は「ふうむ」とうめくと、今さっきどけたばかりの虫に目を落とした。幼子の拳ほどもある甲羅が、月光を浴びて薄ぼんやりと光っている。
「てことは、この虫にも友好的に接しなきゃいけねえな」
「? なんでです?」
「こいつは希少種の花ばかり好むんだ。中には、人の目では到底見つけられねえような種もあるとか。花図鑑の完成度を高めたいなら、こいつを愛でる……とまではいかなくとも、触るくらいはできねえとな」
「ええっ……」
ミスティが情けない悲鳴を上げる。
それでもコレクターとしての意地なのか、帳面をしまって虫のそばに寄ると、心底嫌そうに手を伸ばした。
「うう……」
涙目でちょいちょいと甲羅をつつき、
「ほんとにこれが、希少な花を見つける役に立つんですかぁ?」
「嘘に決まってんだろ」
「ひど!」
ミスティは短く叫んで飛びのいた。
「おい静かにしろ! 誰かに聞かれたらどうすんだ」
「ウィルさんがしょうもない嘘つくからじゃないですか!」
「この流れで信じる方がどうかしてんだろ。ていうか花の収集家が虫NGってどんな冗談だよ」
これ以上ぎゃあぎゃあ騒がれても厄介なので、再び虫をつまんで、さらに遠くの葉へと移動させる。
当の虫は肝が据わっているのかそういう性質なのか、つつかれてもつままれても一切動じていない。だから余計にミスティが間抜けに見える。
虫駄目女は膨れっ面でそっぽを向いた。
「いいですよ、私のことはもう。次はウィルさんのこと聞かせてください」
「そうだな――っと、そろそろ時間だ。行くか」
「えっ? ウィルさんの話は⁉」
「また今度な」
「……それ、絶対話す気なくないですか?」
「そんなことねえよ。ほら、さっさと行くぞ」
思ってもないことを口にして、俺は足を踏み出した。
◇ ◇ ◇