7.巡る因果⑨ みんなで楽しく旅をするために
しかしミスティは、眼下の光景はてんで目に入っていないというか、見てはいても状況をきちんと認識していないようで、
「またみんなで楽しく旅をするために、私が今ここでふたりを止めてみせます!」
なにやらヒロイックに叫ぶと――絶対自分に酔ってやがる――ミスティは屋根の縁に片足を掛け……
ってまさか飛び降りる気かよっ⁉
体格、動き、姿勢。あとたぶん根性。
どれを取っても、あいつの骨がばきぼきに叫ぶ未来しか見えない。
「馬鹿っ! ミスティやめ――」
「とうっ」
俺の制止もむなしく、ミスティは豪快に身を投げ出した。
ああくそ!
俺は短剣を捨てて地を蹴った。
動きだす景色。
迫るミスティ。
揺らぐ視界に硬い地面。
「……大丈夫ですか、ウィルさん?」
「俺は……今、怒りに耐えている」
飛び降りてきたミスティの下敷きになって、俺は両拳を握り震えていた。
「もう、駄目ですよウィルさん。そりゃあキッカさんに怒りを感じるのは当然かもしれませんが――」
「てめえに対する怒りだよ!」
がばと起き上がってミスティをはね飛ばし、俺は自分の脇腹を親指で指した。
「腹の傷はまだ塞がってねえんだぞ!」
ミスティは「わきゃっ」とたたらを踏んでから、体勢を立て直して聞いてきた。
「ええっと、つまりは?」
「つまりはめちゃ痛えんだよこん畜生っ! つか分かれ! 察しろ! 行間読め!」
怒りのままに畳みかけて立ち上がる。
キッカとやり合った時はやせ我慢で押し通していたが、ミスティに押し潰されたことで、そんな見栄は木っ端微塵に吹き飛ばされた。
とにかく痛い。めたくそ痛え。
なのにミスティはそんな俺の苦しみを感じ取るどころか、むしろ理解できないというふうに、
「そんなに怒るなら、身体張ってまで受け止めなくてもいいのに……」
「護衛! お前の! 一応!」
「あー、そういえばそうでしたね。なんかあまり助けてもらったことないから忘れてました」
「さらっと苦情織り交ぜてんじゃねえ!」
さらに罵ろうとしたところで、
「――痛っ⁉」
がつんと後頭部に一発食らって口を閉じる。
「っんだよ……」
キッカの仕業かと思い、後頭部をさすりながら振り向く。
が、キッカはいまだ地面にへたり込んだまま、俺らのやりとりを見ているだけだった。
当惑していると、すぐに怒声が追いついてきた。
「さっきからうっせえぞ、何時だと思ってんだ! 宣告も控えてるんだから静かにしやがれっ! 次騒いだらそのケコンの実を喉にぶっ込むぞ!」
すぐそばの家の窓から、住人が身を乗り出していた。住人は言うだけ言って窓の奥に引っ込んでいったが、最後に「死ね」を意味するジェスチャーを残すのは忘れなかった。
「……釈然としねえ」
ぼやきながら反転すると、爪先になにかがごつんと当たった。
硬い感触で、握り拳ほどの大きさがある。月明かりでは判断しづらいが、さっき住民が言っていたケコンの実だろう。
と、
『傾聴せよ』
夜空に突然、男の声が響き渡った。




