7.巡る因果⑧ ご立派な線引きだな。
キッカは痛めた手首を胸元に引き寄せ、痛みと吐き気に耐えるように息を荒らげていた。が、俺が動きを止めたのを見て、震える身体で腰を上げ、じりじりと後退する。
牽制するように俺をにらむ目には、憎しみ以上におびえがにじんでいた。激しい恐怖だ。攻撃を食らったのだから、当然と言えば当然だが……
俺はふいに合点がいった。
「それも前世ってやつかよ」
うめく。
「今のお前は、前世の俺と対峙している。俺がどれだけお前を痛めつけようが、お前の目には前世の俺しか映ってねえ……なんだよそれ。こんないけ好かねえことってあるかよ!」
吐き捨てると、俺は短剣をキッカに突きつけた。
「いいか? 俺は前世なんざどうでもいい。そんな自分かどうかも分からねえもんクソ食らえだ――今だ。今、ここにいる俺が! 喧嘩を売ってきたてめえに仕返ししてえんだよ!」
「……なんでそんなこと言うのよ。そもそもあんたが悪いんじゃない」
黙り込んでいたキッカが、ぽつりと口を開いた。まだ震えは収まっていないが、言葉ひとつひとつが刃に、厳しい眼光が盾になるとでも言うように、気丈に声を上げる。
「失ったものを取り返さないと、私負けっぱなしじゃない! 散々つらい目に遭ったってのに忘れろって言うの⁉」
「だから生まれる前のことなんて知るか! てめえに見せられた記憶が本物なのだとしたら、気の毒だとは思うけどな。それを俺と紐づけられても知ったこっちゃねえんだよっ! だいたいそれでいうなら、前世てめえが受けたっていう仕打ちが、前々世でてめえがしたことの報いだって言われたとして納得できんのか⁉」
「そんなのっ……屁理屈よ!」
「はん、ご立派な線引きだな。自分は理屈で俺は屁理屈ってか?」
突きつけた刃はそのままに、嘲笑する。
「てめえは殺さねえ。前世の俺に殺されたなんて思われたら癪だからな」
「う……うう……」
とうとう――精も根も尽き果てたのか、キッカがぐずぐずと泣き崩れる。
俺はそれを黙って見つめ――
「駄目ですふたりともっ!」
闇夜に凜と響く声。
「ミスティ⁉」
俺は慌てて声のした方――屋根の上を振り仰いだ。
尾けられないようこっそり出てきたってのに、いつの間に……!
月明かりの下、四つん這いになったミスティが屋根の上から身を乗り出しているのが見える。
「やっぱり争いなんて良くないです! 前世とかよく分かんないですけど、ここは平和的に話し合ってください! きっと解決策は見つかるはずです!」
「いや、もう一戦終わっちまってるんだが……」
ぽりぽりと頰をかく。
見るとキッカも涙を引っ込めて、唖然とミスティを見上げていた。




