7.巡る因果① 神都エリオンテーゼ
◇ ◇ ◇
「ふえ~。これがあのエリオンテーゼ?」
度肝を抜かれた顔で、ミスティが薄紫の外壁を見上げる。
まあ無理もねえ。
都をぐるりと囲む分厚い壁は、大陸一の堅牢さを誇るまさに鉄壁だ。神都全体に張られた結界魔法の境界線でもあり、存在自体が外敵への威嚇となる。実際、建都以来一度も、侵略や暴動といった危機に見舞われたことがない。
……というのが神都紹介の定番文句だが、俺の意見は少し違っていた。
創神エリオンテのためなら敵と差し違えても構わない。そんな強烈信者がひしめく都を、一体誰が襲おうものか。本当の脅威は、壁の中の強固な信念だ。
ともあれ、そんなありがたい効果がうたわれる壁に沿うようにして、検問待ちの列がずらっと続いている。旅人や観光客、商隊や荷馬車に至るまでが一緒くたの列なので、ごった煮感が半端ない。露天商と思われる者は商魂たくましく、隣の人間になにかしら売りつけようとしているようだった。
神都に入りたい者の例に漏れず俺たちもその列に加わり、番が来るのをおとなしく待つ。
こりゃ入るまでだいぶ待たされそうだな。前来た時は、これほどまでじゃなかった気がするんだが……
「ほんとに紫色なんですねー」
お上りさん丸出しでぺたぺたと壁を触るミスティ。
「朱碧平等の精神を示すためとかで、都のイメージカラーにもなってるからな。メリアラソーンが深紅の街なら、神都エリオンテーゼはさしずめ紫苑の都だ」
「あー、確かに。似通ったとこありますね」
ミスティは合点がいったようにうなずくと、そういえばと聞いてきた。
「ウィルさんはここに来たことがあるんでしたっけ?」
「ああ」
「どうでした?」
「思ったほどでもなかった」
「またまたー。ほんとは観光楽しんだんじゃないですか?」
「別に観光で寄ったんじゃねえよ」
「じゃあなんの用事で?」
「別に」
俺は口を濁してそっぽを向いた。
ミスティは気にせず――というかどうでもよかったのだろうが――指を立てた。
「でもまあせっかくまた来たんですし、今回は思いっ切り楽しみましょう!」
「ここに来た目的忘れてねえか?」
俺は半目で、頰の傷を指でつついた。
キッカにやられたことの象徴。
もうほとんど治りかけているし、この程度なら痕も残らず消えるだろう。
腹の傷はさすがにもっと時間がかかるだろうが、同じようなものだ。毒の方はすっかり身体から抜けた。
が、やられた事実は忘れねえ。
「忘れてませんよ。でもそれはそれとして、楽しめる時は楽しまなくちゃ。問い詰めるにしろやり返すにしろ血みどろになるにしろ、同時に歌って踊ってるんるんしちゃ駄目ってことはないですし」
「それは駄目だろ絵面的に」
「私が言いたいのは、切り替えていきましょうってことです」
「へいへい」
まあ確かに、必要もねえのにぐちぐち思い詰めるのも馬鹿らしい。
俺はミスティに倣って観光を楽しむことにした。




