1.不思議少女と導司様⑦ そなたは自分の心を探らねばならぬ。
思わず剣呑な声が漏れる。
が、杖から発していると思われるキャピキャピした女の声は、止まることなく流暢に続く。
『明日のあなたは上向き絶好調☆ なにをやってもうまくいくわ♪ ラッキーアイテムのアクリルキーホルダーで、気になるあの子も狙い撃ちっ♪』
おおおっ、とどよめく集会場!
ずどんっ、と沈むこちらの空気!
やはり生じてしまった急激な温度差に寒気すら覚えながら、俺は――隣で半眼になっているであろうミスティも、恐らくは――完全に冷めた心地で様子を見守る。
「アドザ様、今の御言の意味は?」
両拳を握って身を乗り出すピッケルの額に、アドザが杖の先を当てる。
「ピッケル殿は運がいい。そなたは星に導かれておる。明日は実に良い日となるであろう。種植えにはちょうどいい」
「それはありがたい! ちょうど時期を見計らっていたところです。あとは――アクリルキーホルダーというのは、なんですかね? 鍵を付けるなにかですか?」
「エリオンテ様の忠神である、アクリル様を模した人形のことだ」
「アクリル様? 存じ上げませんが……」
「アクリル様は引っ込み思案なのだ。私のような神に近しい者に対してすら、その存在をにおわす程度」
「なるほど……」
「幸い私はアクリル様の偶像を所有しているから、後で特別に貸してやろう」
「ありがとうございます!」
おいおいおいおい。
神に引っ込み思案もクソもあるかよ。ぜってーいねえだろそんな神。
創神エリオンテの伝承ですらろくに信じていない俺には、アドザの予言はデタラメにしか聞こえなかった。
っつーかどう見てもマジック・ジャンクだろ……
見た感じの材質や、なによりの意味不明感。
マジック・ジャンクに間違いない。
唯一引っかかったのは、あの杖から創神エリオンテの名が出たこと。
古代文明の遺物だとか異世界からの放浪物だとかいわれているマジック・ジャンクだが、どうしてこの世界の神の名が出てきたのか。
ジャンクの出どころに関しては、俺としては異世界由来の説に魅力を感じてたんだが、エリオンテの名が出てくるってことは、やっぱ古代文明説の方が濃厚なのか……?
と、ピッケルが座っていた椅子の隣から、ひとりの村人が立ち上がる。後ろ姿なのではっきりとは分からないが、恐らくは若い女だ。
「導司様、よろしいでしょうか?」
「なにかな?」
アドザは女の不敬な振る舞いに気分を害した様子もなく、代わりに寛容さを見せつけるような笑みを浮かべた。
「その……気になるあの子というのは? この人には、私という妻がいるのですが」
「……ん、んむ。それはお前たち夫婦の問題だな。つまりはピッケル殿。そなたは自分の心を探らねばならぬ」
「やっぱり……あなた、まだあの女のことを!」
身を乗り出して叫ぶ女。
ピッケルが女を振り返り、慌てて両手を振る。
「ご、誤解だ! 俺はもうあの女とは別れた!」
「ひどいわピッケルさん!」
そして登場する第二の女!
おお修羅場か! なんてどうでもいい展開なんだ!
第二の女は、ピッケルの妻から少し離れた席から現れた。立ち上がった勢いそのままに、中央のピッケルへと駆け寄ってすがる。
「変わらぬ愛を誓い合ったのに! 女房とはもう終わった、早く君と一緒になりたいって言ってくれたじゃない!」
「なんですって⁉ ちょっとピッケルこっちに来なさい! 話をつけましょ!」
「い、いやあのでも、今は大事な集会中だしっ……」
「ピッケルさん、私も奥さんに賛成だわ!」
「あなたの賛成なんか要らないわよ!」
「じゃあ要らないついでにピッケルさんももらいますね!」
「いいわけないでしょ馬鹿なのあんた⁉」
「俺は物じゃないぞ!」
「あなたの意見なんてどうでもいいのよ!」
「だったら私がもらって――」
「いいわけないでしょアホなのあんた⁉」
「こら、神聖な場で醜態をさらすでない!――申し訳ありませんアドザ様っ……」
さすがにこれ以上は堪えかねるということなのか、村長がか細い声を精いっぱい張り上げる。
「う、うむ。大丈夫だ」
アドザはまごつくように応じた後、ごほんとひとつ咳払いした。
「しかしピッケル殿らは、他で話し合いの場をもたれた方がよいな……ファルファ」
「はい」
アドザの呼びかけに、やつの後方の席に座していた女が立ち上がる。
女――ファルファはすたすた歩いてアドザの横を通り過ぎると、もめにもめている三人の中に割って入った。
「皆さんは集会場の外へ。話し合って平和的に解決してください」
平静な物言いだが、松明に照らされた女の顔は不快そうにゆがんでいた。神聖な場を泥で汚されたとでもいうように。
「もちろん平和的に解決するわよ。ねえピッケル?」
「あ、ああ。そうだな……」
妻に連れられ、おどおどと集会場の外へ捌けていくピッケル。その後に浮気相手の女も続く。
上向き絶好調な明日なんて、もはや皮肉でしかねえな……
やつらを見送ったファルファが、ふんと鼻を鳴らす。
「アドザ様。邪魔者は排しました」
気取った仕草に合わせて、腰まである髪が豊かに揺れる。アドザに対して従順そうに見えることから、結構な信奉者なのだろうか。
「うむ、ご苦労ファルファ。それでは御言の伝達を再開しよう」
「お願いしますアドザ様」
村長が恭しく一礼し、下がっていく。
後はもう粛々と事が運んだ。
集会場の外から聞こえてくる「このクソ野郎!」「この愛は止められないわ! いっそのこと私と死んでちょうだい!」「わっ、たっ、そこはやめてくれ!」などの微笑ましい会話を、感心するくらい全員でガン無視していた。
どう見てもマジック・ジャンクな杖を使って、アホみたいに純真な村人をだます『導司様』か……
俺は横を向いた。俺同様、静かに集会を見守っていたミスティを。
たぶん同じことを考えているだろうという思いで、ミスティに告げる。
「……路銀の当てができたな」
「ですね」
答えるミスティの目は、裏切られた理想への怒りか、完全に冷え切っていた。
◇ ◇ ◇