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6.胡蝶の夢③ 不思議と悪い気はしなかった。

◇ ◇ ◇


 目を開けると人の顔があった。だからダンは慌てて立ち上がろうとした。そうしなければ、次に待っているのは痛みだから。

 しかし自分を見るその目に、憎悪ではなく心配の色が浮かんでいるのを見て、動きを()める。


「あ、気がついたみたいです」

「大丈夫? あなたさっき倒れたのよ」


 見知らぬふたりの女――大人ではないが、ダンよりも年上なのは確実だった――がこちらをのぞき込んでくる。どうやら自分は、あおむけに寝転んでいたようだ。

 (そそ)がれているのは、突き刺さるような視線ではない。温かく、包み込むようなまなざしだ。()(いろ)と空色。それぞれ吸い込まれそうなくらい()(れい)な瞳で、ダンは初めて、他人の目から自分の目をそらしたくないと思った。

 ふたりが優しく()き起こしてくれるものだから、ダンはどぎまぎしてしまった。こんなに優しくしてもらったことは、少なくとも記憶にある限りでは一度もない。

 焦げ臭さが鼻につく。

 不思議に思って見回すと、村の方から煙が上がっていた。


「……火事?」

「そうだ」


 新たな声に振り向けば、やはり新たな見知らぬ男。

 こちらは女ふたりと違って、特に優しさも感じさせない、冷えたまなざしを向けてきた。

 だが不思議と悪い気はしなかった。ぬくもりはないが、その代わり怒りや恐怖のような熱も感じなかったから。

 赤髪の男は淡々と続ける。


「俺たちが来た時にはもう火の手が回って、どうしようもなかった」

「残念だけど、村の人たちはみんな……」

「ごめんなさい……」


 申し訳なさそうに言う彼女らを見上げて、ダンは聞いた。


「みんな死んだの?……火事で?」


 答えたのは男だった。


「そうだ、ひとり残らず死んだ。お前の(のろ)いじゃなくて、火事で死んだ」

「火事で、死んだ……」


 それが不思議なことのように――まるで何百回と繰り返してきた張りぼての事実が()がれ落ちたかのように――信じられなくて、地面を見下ろしてつぶやく。


(のろ)いじゃない……僕のせいじゃ、ない?」

「ああ、お前のせいじゃねえ」


 男が近寄ってきて、ダンの頭に手を置いた。


「だから安心して、お前も死ね」

「……そっか。僕のせいじゃ、ないんだね……よかった」


 うれしくてうれしくて、ダンは目を閉じた。

 もう繰り返さなくていいのだと思った。

 そう思った自分が不思議だったけど、気にならなかった。だって信じてもらえたことが、こんなにもうれしかったから。

 身体(からだ)を傾けると、誰かが優しく()()めてくれた。そのまま膝枕の姿勢にもっていってくれたので、遠慮なく横たわる。

 いい匂いがした。きっと忘れてしまったいつかの昔、お母さんはこうして膝枕をしてくれたのだ。

 ダンは眠った。

 泣きたいくらい、心地良い眠りだった。


◇ ◇ ◇

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