1.不思議少女と導司様⑤ 未来を見通す力
◇ ◇ ◇
食用茎の連なりが、夕陽を受けて黄金色に輝く。密集した葉が風にさわさわと揺れる音は、まるで誰かがささやき合っているかのようだ。
どこかで子どもが遊んでいるのか、陽気な笑い声が耳に届く。
山の向こうに帰っていく鳥たちは、明日もここで歌うのか。
情緒ある――と言えば聞こえがいいが、ただのしょっぼい、しょっぼい田舎村。
その入り口のそばに、俺とミスティは立っていた。
「今日はここに泊まるぞ」
「はいです」
『ぺんぺん村』という立て札の前で――その名前のチョイスについて追及したい気持ちが爆発しそうだったが、それはなんとか抑え込んで――ため息をつく。
「ったく、本気で金持ってねえのかよ」
「えへへ、すみません」
両手の指を合わせながら、ミスティ。
当初の予定では、この道をもう少し進んだ先にあるダイタンの街に泊まるはずだった。
が、街の宿に一泊するだけの金もミスティにはないことが発覚し、急遽この村で夜を明かそうということになったのだ。
……あとこいつの体力が、あまりにもちんけだから。
「言っとくけど、今後も俺はぜってー立て替えねえからな。日雇いの仕事でも受けて適当に稼げ。スリして工面したって構わねえが、俺からスったら殺すから」
「はーい」
お気楽に片手を挙げるミスティに、本当に分かってんのかとも思うが……気にしたって仕方ねえ。
俺はザックを肩に掛け直すと、フードを目深にかぶって歩きだした。遅れたミスティがとてて、と横に並んでくる。
旅人向けの体裁は入り口の木のアーチが限界のようで、入ってしまえば、旅人なんて知ったこっちゃねえと言わんばかりの光景が広がっていた。
土地を贅沢に使って点在する家々の間を、踏み固められた道が縫っている。その道を駆け回っているのは、鼻水垂らしてそうなクソガキどもだ。軒先で、世間話に興じている女たちも見受けられた。
ざっと見渡しても、店を示す看板は視界に入らない。が、これは恐らく店が存在しないのではなく、大々的に宣伝する必要もないほど内々で知れ渡っているので、小さな表札程度で十分ということなんだろう。
全体的に閉鎖的というか、旅人と関わり合う必要がないゆえの無関心、といった感を受ける。良くも悪くも、外部に頼らず自給自足で世界が完結してしまっている村なんだろうな。
とはいえ、宿を兼ねた民家が一軒くらいはあるはずだ。
俺たちは道沿いに、宿の場所と、なにか臨時でできる仕事はないかを尋ね歩いた。
しかしやはりというか、宿は確認できたものの、行きずりの旅人に紹介できる仕事はないようだった。
「……仕事は期待できそうにねえな」
しばらくは野宿か、俺が立て替えるしかない未来しか見えなくて、げんなりとうめく。
「まあ仕方ないですよ、ないものはないですし。気を取り直して宿行きましょうっ」
「正論だけどお前が言うな」
と――
「珍しいな、この村に旅人とは」
後方からかかった声に振り向くと、そこにいたのはひとりのじいさん。年老いているとはいっても健脚そうで、杖もなくしゃきっと立っている。
尋ねる人尋ねる人みんなに一様に言われるから、気になっていたのだろう。ミスティが小首をかしげて、じいさんに問いかけた。
「そんなに珍しいんですか?」
「ああ。この村は小さいし奥まった場所にあるから、そもそも存在に気づかない旅人もおる。気づいたとしても近くにダイタンの街があるから、大抵は素通りしてそちらに向かう」
「へえー。隠れ里って感じですね」
「そんな大層なものでもないさ。まあアドザ様の助言で入り口を質素にしてからは、よりいっそう旅人が減ったがな。お前さんらの前で言うのもあれだが、煩わされず気楽にやってるよ」
じいさんがその話をしたかったのは、適当に聞き流していただけでも分かるほど明白だった。皺に埋もれそうなほど小さな目が、嬉々として光っている。
そうなるとあえてスルーしてやりたくなるのが俺だったが(いやだって鬱陶しいじゃねえか)、ミスティは違うらしい。じいさんの期待に応えるように、
「アドザ様?」
と聞き返す。このノータリンのお人よしめが。
じいさんは、あくまで聞かれたから話すというふうに、鷹揚にうなずいた。
ほんとなんなんだよその手の段取り。素直に「話したくてたまらないですどうか聞いてやってください」というスタンスで来いよ。駄目なの? なんかそれじゃ駄目なの?
「アドザ様は導司様だ。二年ほど前、この村を訪れなさった」
「導司様? 導司様ってあの導司様⁉」
ミスティが信じられないとばかりに、目を見開く。
ここにきてようやく、表面的には目を引く話題が出てきたが……
導司というのは、魔法ではない、未知の力を操る者の総称だ。
……まあ魔法も未知なことには変わりないのだが、導司の場合は、力の出どころが完全に不明。魔法のように伝承に残っているわけでも、創神エリオンテの『お言葉』(らしき文言)を記した書物があるわけでもない。
そして導司の力は、魔法をはるかに上回るとされている。《サーバー》から魔力をダウンロードして、炎を出したりするだけの《ユーザー》とは格が違うのだと。
彼らは未来を視て、世界規模で気候を操り、時には人の心すらも支配下に置く。
それは人類の導き手。天の御使い。創神エリオンテの愛子とすらいわれる。つまりは――
つまりはそう、ただの伝説。噂。与太話。
なんでもいいが、俺にとってはそんな程度の認識だ。実際今までも『自称導司様』に接する機会は何度もあったが、皆、自称の域を出なかった。
「本当に導司かぁ? ちょっと珍しい魔法を使う《ユーザー》とかじゃねえの?」
否定から入る俺に、じいさんはいかにも忍耐強そうな目を向け――ああ殴りてえ――首を横に振る。
「《ユーザー》をよくは知らないが、彼らが使うのはただの魔法だろう? あの方は、未来を見通す力をおもちだ」
じいさんは導司様の存在を、全く疑ってないようだった。まるで天に導司様がいるかのように、神妙に暁の空を見上げた。
「アドザ様の導きで、罪深い我らは救われた。村の名を『コックル』から『ぺんぺん』に変えたのも、アドザ様の導きでね」
その改称が一番罪深えよ。
「すっごーい!」
ミスティがぴょんぴょん跳ねて、ぱんっと手をたたく。
「やっぱ旅ってしてみるもんですね。導司様って本当にいるんだ!」
うお、こんな話されて真に受けるやつ本当にいるんだ!
「お前さんたちは運がいい。今日は御言の日だ」
「御言だぁ?」
なんだよ、そのいかにも上から目線で偉そうな日は。
「御言の日とは、アドザ様が未来を告げてくださる日のことだ。もうすぐ始まる」
未来を告げる、ねえ……
「せっかくだから見ていくといい。罪業の烙印を押された者でも、アドザ様は歓迎される」
こちらの目とフードにちらりと視線をやって、じいさん。顔には寛容な微笑みが浮かんでいたが、その下に潜む蔑みを、俺は見逃さなかった。
……なるほどね。閉鎖的な村の割に、やけに俺への当たりがきつくないとは思ってたが……
心の底では差別全開だが、導司様が慈悲を示されてるから、その方針に従おうという訳か。
「ウィルさん、せっかくだから見ていきましょうよ。なんかありがたそうですよ」
「いいぜ別に」
宿の確保はまだだが、こんな田舎なら、間際に行っても満室ってことはないだろう。
導司様が詐欺師だとして、どんな手法で鈍くさな村人たちをだまくらかしているのかは興味あるしな。
成り行きのままに俺たちは、導司様の御言を拝聴しに行くことになったのだった。
◇ ◇ ◇




