4.鮮碧の矜持⑨ 運が悪けりゃ俺が死んでたぜ。
再度の乾いた音。
シフォンの身体がわずかに跳ねる。
その後やつの胸から、赤い染みがじわりと広がる。
シフォンはくぐもったうめきとともに血反吐を出し、それきり動かなくなった。身体は張りつけになっているため、事切れても倒れることはない。
「な……なんでですっ? 別に殺す必要はっ……」
ミスティが、驚きとも怒りともつかない声を上げて、マーリーを見る。
当のマーリーは、今し方シフォンを撃ったばかりのジャンクを、珍しそうに手で弄びながら、
「不思議なことを聞くんだな。我々をたばかってきた混ざりものが、私の同志を殺したんだぞ? そして私をも殺そうとした。一応は話を聞いたが、てんで分かり合えそうにない」
感情のない目でシフォンを一瞥すると、俺に視線を転じた。
「彼だって危うく殺されるところだったではないか。そんな危険人物を野放しにはできない。半分が焰族なら、司法の公正な判断も期待できない。なんでもなにも、単純明快な理由ではないかね?」
「でも彼とは親しくしてたんでしょ? よく殺せるわね」
「だからこそ許し難い。そういうものではないかな?」
「……ま、別にいいけど」
言葉とは裏腹に嫌悪感を隠そうともせず、そっぽを向くキッカ。
「取りあえず喫緊の脅威は取り除かれた。だが選挙が終わるまでは、まだまだ不安が残る……そこでだ。こんなことになってしまったが、君たちには引き続き私の護衛を務めてもらいたい。特にウィル君には」
マーリーが言葉を切り、掘り出し物を見つけた商人のような目で俺を見る。
「裏切り者に狙われた生き証人として、私のそばに控えてほしい。その折れたツノは、演説のいい味つけになるだろう」
「え、でもそのツノは偽物――」
「聴衆はそんなこと知らない。そうよね?」
嫌みったらしくミスティを遮るキッカに、マーリーはうわべを取り繕うこともなくうなずいた。
「そういうことだ。構わないかな?」
「ああいいぜ。元々選挙が終わるまでって契約だからな。郵便物等の嫌がらせの件は恐らく別件だろうし」
俺はあっさり承諾してきびすを返した。
ふたつの死体は、官憲に連絡すれば処理してくれるだろう。
他のやつらが付いてきているのを確認すると、俺は頭の後ろで両手の指を組みながら、「そういえばさ」とマーリーに聞いた。
「そのジャンクだけど。あんたは今まで撃ったことあるのか?」
「まさか。この手に取るのも初めてだよ」
「へえ。そんなんで、よく撃とうと思えたな。外れるかもしれねえのに」
「夢中だったからな。きちんと当たってよかった」
「本当だな。運が悪けりゃ俺が死んでたぜ」
俺がかははと笑うと、マーリーは「まったくだ」と笑い返した。
◇ ◇ ◇