1.不思議少女と導司様③ ミスティ・ラミック
◇ ◇ ◇
鋭い切っ先を挟んで、見つめ合うふたり。ぬくもりのないつながりに、緊張感が高まっていく――かと思いきや。
「もしかしてあなたも、私のジャンクが欲しかったりしてます?」
危機感とは程遠い顔色で聞き返してくる彼女に、
「ああ。欲しかったりしてる」
やや肩透かしを食らった形で俺は答えた。
なんだこいつ、びびってねえのか?
男たちに追われている時は、一応それなりの危機感を感じ取れたんだが……
無角者に脅されても怖くないってか?
いやいや、だったらなぜ助けを求めたって話になるし、俺がそれなりに容赦ないやつだってことは、見せつけたばかりじゃねえか。
……なんっか面白くねえな。
「念のため言っとくが、和ませるための冗談じゃねえぞ」
女の喉元に向け、刃を少しばかり進ませる。身動きを封じるほどではないが、本気なのは伝わったはずだ。
しかし、だ。
女は動じないどころか、つぶらな瞳をさらに丸く見開いて、ぱんと手を合わせた。
「いいこと考えました! 私と取引しませんかっ?」
「取引ぃ?」
俺が口の端を下げ、あからさまに嫌な顔をしているのも気にせず、女は続ける。
「実は私、世界が見たくて故郷を出てきたんです。なのですがご覧の通り、旅には危険が付き物……そこでどうでしょう? マジック・ジャンクをお渡しする代わりに、しばらく私の護衛をしてもらえませんか?」
「奪えば済む話なのに、なんで俺がそんなめんどくせえことしなきゃなんねーんだよ」
刃を女の首から遠ざけて――そうでもしないと自分から刺さりそうなのだ、このゆらゆら揺れるぶっ飛び女は――すげなく言うと、女は困ったように眉をひそめてうつむいた。
そして腕を組み、首をかしげ、ややあってぱっと顔を上げる。
両手を組んで、輝かせた目からハート(※イメージだ)を飛ばし、
「あんな屈強そうな男たちをやっつけるなんて素敵! かっこいい! マジモテ男! 一目ぼれしたので、あなたの旅に同行させてくださいっ!」
「そういう胡散くせえ理由は、せめて最初に並べ立てろよ。つか自分でなんとかする覚悟もねえなら旅に出んな」
飛び交うハート(※イメージだ)を払う仕草をしながらうんざりと、俺。
「えー。だって世の中を見たかったんですもん。新しい世界って、わくわくするじゃないですか」
「だったらピオドーの葉でも煎じて飲めよ。新しい世界が見えて開けてひゃっほいでわっくわくだぜ。それとももっと手早く俺が斬ってやろうか? 新たな世界に直行できるぞ」
「それは承服しかねます」
女は口をとがらせ、
「という訳で、こんな危ない物はポイしましょうねー」
どうということもなさげに、左手に握った短剣を、肩越しに後方へと投げ飛ばした。
「へ?」
俺は空になった自分の右手と、なすすべもなく飛んで地面に落ちた短剣を、きょとんと見比べた。
女がちろりと舌を出す。
「私盗るのは得意なんです。あ、横取り屋のあなたに言ったら、皮肉になっちゃいますかね?」
「皮肉に皮肉を重ねんな!」
恥ずかしさをごまかすように、俺は語気荒く言い放った。
くそ、すっげえ恥ずかしい。めちゃくちゃ恥ずかしい。
そんな俺の気を知ってか知らずか、女は「あ、もしかして」とつぶやき、
「剣の腕にも覚えあるオーラをそれだけ出しといて、そっちはてんで駄目な感じですか? だったら護衛の件、ちょっと考えちゃうかも……」
「ああうっせえうっせえ! 俺にはこっちがあるからいいんだよ!」
上気した頰を隠すように後ろへ跳びながら、俺は女に向かって手をかざした。
「わ、ちょ、ちょっと落ち着いてください!」
さすがに危機感を覚えたのか、慌てたように待ったをかけてくる女。
ぎゅぼっと現れた炎球が、女の足元へと一直線に飛んでいき――なんの前触れもなく消失した。
「……は?」
「もう、悪ふざけはやめてくださいよっ」
女が眉をつり上げる。
様子からすると、どうも俺自らが炎球を消したと思っているようだが……
冗談じゃねえ。
「悪ふざけ? こっちの台詞だ!」
焦燥とともに、二発目の炎球を放つ。それは先ほどと同じ軌道を描いて飛んでいき――やはり先ほどと同じタイミングで同様に消失した。
「な……どういうことだっ?」
探るように女を見ながら、俺。
恐らく俺は今、先の男らに似通った表情を浮かべているに違いない。未知のものに触れ、それとの適切な距離を測りあぐねている時のような。
女はようやく、炎球の消失が俺の意思によるものではないと気づいたらしい。首をかしげて、
「?? あなたが自分で消したんじゃないんですか?」
「馬鹿言え、お前が消したんだろ。少なくとも俺のせいじゃねえ」
「私だって、別になにもしてないですよ」
「なんだと……?」
困ったことになった。
こいつを脅すのに、魔法という選択肢がなくなったこと自体はどうでもいい。マジック・ジャンクを奪う手段なら他にもあるからだ。
問題は、俺の魔法が無効化されたという事実。それが俺を焦らせた。
無角者を嗤うやつらの魔力を奪い、力を見せつけ、ここぞとばかりに嗤い返してやる。
そんなささやかな楽しみに、けちがついてしまったのだ。
だってそうだろ。自信満々、得意げに魔法を返して無効化されてみろ。恥ずかしいことこの上ない。
これじゃあ、おちおち楽しむこともできねえじゃねえか……くそっ。
俺は舌打ちをし、すっと構えを解いた。
「? どしたんですか?」
「気が変わった。しばらくお前の旅に付き合う」
「ほんとですか⁉」
ぱっと顔を輝かせる女。
「ああ、ついでに――あくまでついでに、俺ができる範囲で護衛してやる。だからお前が持ってるマジック・ジャンク、俺によこせ」
「わぁい、ありがとうございますっ!」
ま、いざ自分の命が危うくなったら、遠慮の欠片もなく見捨てて逃げるけどな。おめでた思考の焰族有角者なんて。
見るからにうっきうきの女に、俺は胸中で舌を出した。
「それじゃあ私たち、旅の仲間ですね♪」
「ちょっとの間だけだけどな」
「それでも仲間です。よろしくお願――って、ああ!」
女が「なんてこと!」とばかりに、口元に両手を当てる。
「まだお互いの名前も知らないじゃないですか!」
そりゃ名乗ってねえからな。
「私はミスティ・ラミック。あなたは?」
「ウィル・オキド」
一瞬偽名でも使ってやろうかと思ったが、あまり意味もないのでやめた。
「それじゃあ改めて。よろしくお願いします、ウィルさん」
にこっと右手を差し出してきたミスティに、
「ああ、よろしくな。ミスティ」
すっと、一瞬触れる程度の握手を俺は返した。
こういうへらへらした、つかみどころのないやつは苦手だ。
……が。
少なくとも表面上は無角者への嫌悪が感じられないことに、少し好印象を抱いたのは確かだった。
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