1.不思議少女と導司様② だから横取り屋なんだろ。
「殺さないなんて、俺ってば優しー」
うそぶく俺から警戒するように距離を取り、刈り上げ男がうなり声を上げる。
「てめえ……横取り屋か」
「そーかもな」
「そういうやつらがいるとは、聞いたことはあったが……ノームにもいるとはな。くそ、つくづく気味悪いやつらだ。モノホンの化けも――ぅどわっ⁉」
刈り上げ男の眼前で、突如現れた雷球がバチィッとはじけた。
俺は掲げた右手を下ろして、一般論を言ってやる。
「なにかにつけて化け物って言うのは良くないぜ。傷つくじゃねえか」
「なっ……どういうこ――」
驚愕に目を見開く刈り上げ男に対し、俺はあっさり無視を決め込む。
「ほんとへこむよ。てめえらの心ないひと言が、一体どれだけの無角者を傷つけてんのか自覚してんのか?」
「俺は魔っ――」
「いや分かってるよ。性分だもんな? 直せねえよな? だったら俺だってこうするしかねえよな? だって傷ついたんだもん仕方ねえよな?」
「どうやって奪――」
「ほら傷心ファイアー」
「ぎゃっ……どっ、どうし――」
「哀愁雷撃三連弾」
「ぎぎゃぎっ⁉ な――」
「禍根粉砕滅殺アイ――」
「せめて言わせろよっ!」
十数秒前とは打って変わってぼろぼろになった刈り上げ男が、やけくそ気味に叫ぶ。
「あ?」
禍根粉砕滅殺アイス改め、ただちょっとばかり殺人的に巨大な氷塊を出し損ねた俺は、不機嫌に応じた。
どこにそんな体力が残っているのか、刈り上げ男はがしがしと地団駄を踏む。
「俺は魔法を使ってねえぞ! どうやって奪った⁉ 奪いでもしない限り、ノームは魔法を使えねえはずだっ!」
「あー、たまにいるんだよな。聞きかじりの一部だけ信じてるやつ」
ぽりぽりと頰をかきながら、優しい俺は解説してやることにした。
「確かに、魔法を使うにはツノが必要だ。《サーバー》からダウンロードした魔力をツノに集束させて初めて、魔法として行使できる」
「馬鹿にすんな。んなこたガキでも知ってんぞ」
「焦るなって」
もちろんある程度の素質や鍛錬は必要だから、有角者全員が魔法を使えるわけじゃない。
が、自力で魔法が使える者は総じてツノをもつ。対してツノがない異端者は、決して自力では魔法が使えない。
この越えようのない一線が、『ツノは神に愛された証し』という、クソみてえな認識を生み出し、無角者を出来損ないのノーホーン――ツノなしだなんて蔑む風潮をつくり上げた。
ただし、
「さっきお前自身が言ったように、俺は他人がダウンロードした魔力を奪う――正確には一時的な借用だが――まあそういった類いのことができる。そういう体質なんだ。で、こっからが補足事項だが」
ぴっと指を立てる。
「魔力をぶんどるのに、その都度奪う必要はねえ。一度奪っちまえば、それを取っかかりにして、辺り一帯の魔力をダウンロードし放題なんだよ。しばらくはな」
刈り上げ男が不服げに眉をつり上げる。
「ああ⁉ なんだよそれ、ずりぃじゃねえか!」
「だから横取り屋なんだろ」
「ま、まあそうか……」
「お、満足したか。じゃあ心置きなく死ね」
「ま、待て!」
わたわたと両手を振る刈り上げ男。
「ジャンクは渡す! 諦める! だから見逃し――」
「うるせえ死ね」
禍根粉砕滅殺アイス改め、ただちょっとばかり殺人的に巨大な氷塊を脳天に食らい、男が地面に倒れ込む。
俺は額に手をかざし、その場からのぞき込むように見下ろした。
「潰れたか? あ、まだ生きてる感じ? まあ今日はあったかいし、粘れば氷も溶けるだろ。頑張れおっさん!」
心にもない応援をして身体を反転させると、女と目が合った。
女の右半身が下方にかしいでいるのは、右足が裸足だからだ。どうやらブーツでかなりの底上げを図っていたらしい(それだけやっても平均的な身長には届いてなさそうなのが、多少憐憫を誘う)。
俺がそんなことを考えているとは恐らくつゆ知らず、女は両手を組み合わせ、きらきらとこちらを見上げてきた。
「ありがとうございます! お強いんですね!」
注がれる尊敬のまなざし。まあ悪い気はしない。
満足度の高まりを感じながら、腰の短剣を引き抜く。
「さて。邪魔者は消えたし、こっからが本題だ」
「本題?」
「待ち焦がれたぜ。持ってんだろ、マジック・ジャンク。命が惜しけりゃ俺に渡しな」
女の喉元にぴたりと刃先を当て、俺は口の端をつり上げた。
◇ ◇ ◇