2.ぺんぺん村の夜明け⑫ あんたはあんたで好きに生きればいい。
◇ ◇ ◇
「あばよ変態おやじ」
「いづっ⁉ こ、このっ、クソノームが!」
「変態よりノームの方がマシだね」
氷柱の大群でサンドリーを追い立てる。やつは乱れた格好のまま、慌てて窓から逃げていった。
数ある部屋の中で、ここが最後だ。
俺はベッドの隅へと目をやった。無角者の女がふたり、シーツにくるまり身を寄せ合ってこちらを見ている。
それを見返し、ここに来るまで何度どもしてきた説明を、ここでも繰り返す。
「憩いの間はたった今から廃止だ。自分の意思で好きに生きな。引き続き同じ生き方をしたけりゃそうすればいいし、それが嫌なら他にも道はある。探せば案外、無角者の隠れ里も見つかるもんだぜ」
女たちは俺の言葉を反芻するように、ゆっくりまばたきをすると、
「あ……ありがとうございますっ」
片方の女が礼を言い、脱ぎ捨てられた衣類をいそいそとまとって退室していった。
その女と入れ替わるように、ミスティと共に入ってきたのがファルファだ。俺といるのをサンドリーに見られたら困ると、外で待機していたのだ。
「物好きですね。こんなところにまで口出しするなんて。元々なくす予定だった制度ですから、別に不都合はありませんが」
「ウィルさんって割と正義漢なんですね」
「そんなんじゃねえ」
言ってると、
「余計なことしないでよ……」
残されたもうひとりの無角者が、ぽつりとつぶやいた。
女は長い髪をすだれのように垂らし、うつむいたまま続ける。
「私は別に、こんなこと望んじゃいなかった。自分なりの線引きをして、筋を通して、生き方を貫いてやってきたのに……あんたたちは人助けをしたって、すっきりした気分なんでしょうけど……いい迷惑よ」
「ソライア、あなたは長くこの部屋にい過ぎたんです。搾取されてる側にいると、正常な判断が――」
「別に人助けなんて思っちゃいねえぜ」
諭すように言うファルファを手で制し、俺は言った。
「俺が気に食わなかったから、この制度を潰しただけだ。人の数だけ事情があんだから、そりゃ当然快く思わないやつも出てくんだろ。でも俺は、俺が気分よくいるために潰した。それだけだ。さっきも言った通り、あんたはあんたで好きに生きればいい」
女は長い沈黙を挟んだ後で立ち上がった。そしてシーツを身体に巻きつけて衣類の代替にすると、なにも言わずに部屋を出ていった。
「善行って難しいですねえ……」
「だからそんなんじゃねえって」
うめくミスティにうんざりと返す。
「お話中悪いですけど、そろそろ商談の続きをしてもいいですか?」
ずっしりと硬貨の入った袋を掲げ、ファルファが話の軌道を修正する。
「ああ、そうだったな」
思い出し、俺はファルファと交渉を開始した。といってもほぼほぼ俺の言い値で価格が決まり、すぐに話はまとまった。
「言っておきますが、これには口裏合わせ料も含まれてますから。そこのところ、よろしくお願いします」
「導司アドザは賊に殺されたんだろ? 分かってるって」
一振りして最後の感触を楽しむと、俺は杖をファルファに投げ渡した。
杖を受け取ったファルファはそれが偽物でないことを確認すると(もちろんエリオンテのハッピー占いを起動してだ)、こちらに硬貨袋を渡そうとするそぶりを見せた。
俺はすかさず目でミスティを指し、ファルファを誘導した。
元々ミスティの路銀に充てるためのものだし、交渉通りのものが入っているかの確認は、こいつの自己責任においてしてもらう。めんどくせえし。
ファルファは一瞬怪訝な顔をしたものの、特に聞き返しもせず、袋をミスティへと渡した。まるで最中に俺が斬りかかるとでも思っているかのように、警戒は怠らなかったが。
「……これで最後、と――ウィルさん、代金確認できました~。これでしばらく路銀には困らなそうです」
「散財すんなよ」
るんるんうれしそうなミスティに釘を刺し、杖の握り心地を確かめているファルファへと顔を向ける。
「これで取引は終了だな」
「そうですね。あとは別枠で、お願いがあるのですが」
ファルファは聖女のような笑みを浮かべて言った。
「死んでください」
◇ ◇ ◇




