2.ぺんぺん村の夜明け⑦ とっととジャンクよこせ。
それこそ自分に罵詈雑言でも浴びせてやりたくなったが、根っこは自分大好きな俺だから、早々に切り替えてアドザを見やる。
やつはベッドに仁王立ちになって、貧相な身体をごまかすように胸を張った。
「場をわきまえよ。ここは導司アドザの寝室なるぞ」
「そんなよれよれの寝間着で偉ぶられてもなあ……それに俺ら村人じゃねえし」
「な、なにっ? そうなのか?」
まごつくアドザにミスティがうなずく。
「ええ。それにあなたが導司だってことも、全く信じていませんよ」
「ならば……誰か! 誰かいないのか! 賊が侵入したぞ!」
「叫んでも誰も来ないぜ」
我ながらテンプレのような悪党台詞を吐いて、俺は意地悪く笑った。
起きていようが寝ていようが、自我ある存在に直接魔法で干渉――例えば、助けを呼ぼうと『思うこと』自体をやめさせるなど――はできやしない。
でもそれなら声を上げられたときのために、壁や天井を魔法で補強し、部屋自体を強固な防音部屋にしてしまえばいい。
まあ疲れるけど。
事情を知らないアドザは、待てども一向に助けが来ないことに戸惑っているようだったが、やがてなんらかの結論に達したのか、吐き捨てるようにつぶやいた。
「くそ。緊急時だというのにお気楽なやつらめ……」
いや、それ一番お前が言っちゃいけないやつ……
思うが時間も限られている。
俺はアドザの抱えた杖を指した。
「おとなしくそのジャンクを渡しな」
「ジャンク? なんの話だ?」
「とぼけんなって。村のやつらは未来視がどうとか言ってたけど、単に杖の機能を使ってるだけだろ?」
まあそれがどんな機能なのかは知らねえけど。
それはまさに、ここからの話だ。
「そんでさ、ちょっとした疑問なんだけどよ」
もしアドザと対峙するなら、ついでに聞いておきたいと思っていた話。
「異界の産物ともいわれるジャンクから、なんで創神エリオンテの名前が出るんだ?」
「あ、それ私も気になります」
片手を挙げてミスティが同意する。
教えを乞う二対の瞳。その視線を浴びるアドザは、今だけは導司らしいともいえるが……
『導司様』は俺たちの好奇心を、余裕ある笑みでしかと受け止め――しかしすぐに、教え導く者としてあるまじき言葉を返してきた。
「理由など知らぬし、どうでもよい。大事なのは、これが私を導司様にしてくれるということだ。愚昧な村人を導く導司様にな」
思いの外あっさりと本性が現れた。
俺の防音がなきゃ、いつ村の誰かに聞かれるとも限らねえのに――しかもこいつは防音のこと自体を知らないはずなのに――浅はかなやつだな……
タネがばれることを恐れつつも、話が通じそうなやつが来てテンション上がってるんだろうか。
それならそれで、もう少し実のある会話をしてほしいもんだが、
「そうか、知らねえんなら仕方ねえな」
俺はあっさりと諦め、右手で軽く手招きした。
「じゃあとっととジャンクよこせ」
「さっきから黙って聞いていれば、たかだかノームが生意気な口を」
アドザから漏れる侮蔑の気配に、片眉が上がる。