2.ぺんぺん村の夜明け④ あなたは哀れなツノなし人。
ミスティの心中は分からねえが、俺が黙っているのはファルファの言葉を待っていたからだった。
しかし当のファルファは一言も発さず、値踏みでもするように俺たちをじろじろと見下ろしている。途中燭台を棚に置いたが、動きらしい動きはそれだけだ。
なんなんだ一体? 気色悪いな……
待てども一向に口を開く気配はない。
もしかして、俺らがなにか言うのを待ってるのか? だとしたらどんな理由があって……
……ああ、めんどくせえ!
俺は業を煮やして――だけど表面上は余裕を装って――口を開いた。
「賊が侵入したってのに、導司様は現れねえのか?」
「この程度のこと、アドザ様の手を煩わすまでもありません。アドザ様の神聖な眠りを妨げないよう、私が対処いたします」
俺の小馬鹿にするような物言いに、淡々とファルファが答える。
ってことは導司様は、これだけの騒ぎがあったってのに進行形で夢の中なわけか。なんかすげえなおい。
神聖云々への突っ込み以前に、導司様のあまりにもずぶとい神経に半ば感心しながら、俺は続ける。
「じゃああんたは、俺らをどうする気なんだ?」
「そうですね」
ファルファは考え込むように虚空を見上げたかと思いきや、すぐに視線を戻してきた。
「お金がなくて生活に困っているというのであれば……住み込みの召し使いとして受け入れてもらえないか、私がアドザ様にお伺いを立ててあげてもよいですよ」
「たかが侵入者に、なんだってそんな情けをかける?」
「彼女の方はともかく、あなたは哀れなツノなし人。それゆえの現状であれば、慈悲だってかけましょう」
「余計なお世話だっつったら?」
「この先を生きても惨めなだけですから、罪人として処刑してあげましょう。それもまた慈悲です」
にっこりと微笑むファルファ。
それは確かに慈悲深い笑みだったが、底知れない薄気味悪さを内包しているようにも思えた。
「あのー……」
おずおずと、ミスティが声を上げる。
「その場合、私の処遇は?」
ファルファは肩をすくめた。
「ご自由に。彼と運命を共にしたいのであれば、一緒に処刑してあげましょう。生き延びたいというのであれば、召し使いとしての待遇を、アドザ様に伺いましょう。いずれにしろあなた次第です」
特に気負わず言うファルファを見て、俺は――
「処刑だぁ?」
はんっ、と鼻で笑った。
「あんたなんかに俺が処刑できんのかよ」
「ちょ、ちょっとウィルさん。なにも挑発しなくても……」
「どうせ口だけだろ。たかが小間使いに、そんな度胸も力もあるはずがねえ。逆立ちしたってできねえよ」
縛られたまま詰め寄ってくるミスティを肩口で押し返し、強気に吐き捨てる。
ファルファは俺を見つめると、あくまでただの事実とばかりに端的に告げてきた。
「できますよ」
「じゃあやってみろよ」
「では遠慮なく」
言葉とともにかざされた手の前に、光の球が現れる。ばちばち帯電しており、触れれば最後、一発であの世行きだろう。
強烈な照明で数段明るくなった室内で、ファルファは迷いもなく俺に光球を向けた。が、それはすぐにかき消える。
「な……⁉」
薄闇が戻る一瞬前に、ファルファの驚愕顔を拝むことができた。
あーこれこれ。こうやっておちょくるのが楽しいんだよな。
ひとときを楽しみながら、俺は奪った魔力で炎を繰り出し、己をいましめる縄の一部を焼き切った。
無論ファルファを制するのも忘れちゃいねえ。炎と同時に出現させておいた鋭い氷柱を喉元に突きつけ、動きを封じてある。叫ぼうもんなら一突きだ。
「捨てるのももったいねえし、再利用すっか」
これ見よがしに伸びを挟んで、ほどいたばかりの縄を手にファルファに近づく。そして恨めしげに見てくるファルファを手早く縛り上げた。
「うし、こんなもんか」




