2.ぺんぺん村の夜明け③ なんなんだこいつらは。
◇ ◇ ◇
夜が静寂に満ちるのを阻止するかのごとく、虫たちの合唱が外から聞こえてくる。もしかしたらその中には、先ほど見た虫も交じっているのかもしれない。
月明かりがわずかに差し込む、薄暗い部屋の中。心を落ち着かせてくれるような虫歌に、俺は耳を澄ませていた。
……縛り上げられた状態で。
「私たち、情けないですねえ……」
「てめえのせいだろっ!」
とほほな顔で気の抜けるような声を出すミスティを、俺は横から怒鳴りつけた。
掃除道具や古びた家具が置かれた、物置のような部屋である。捕まった後ここに入れられた。
その壁際で俺はあぐらをかいて、ミスティは脚を山形に折って、あっさり終わった侵入劇のハイライトを振り返っているわけである。
「それについては謝ったじゃないですかぁ。とっさの行動ゆえの過ちを、そんないつまでも責めないでくださいよ」
「そうだな仕方ねえよな! うっかりだもんな俺の短剣をとっさに奪って暴走したのは!」
明かり取りから侵入した俺に続こうとしたミスティが、うっかり盛大な音を立てながら窓から落ちたのは、まあアホではあるがとがめはすまい。
直後駆けつけてきた男に対峙した俺の手から、とっさに短剣を奪い取ったのもこの際許容しよう。
その後テンパりながら俺に刃を向け突撃してきたのは、あまりにも罪深いっつーか斬新過ぎるクソさだろう。
俺はいまだ血を流し続ける肩口を、見せつけるようにミスティへと突き出した。傷自体は見た目ほどひどくはないのだが、当然痛むし、血が失われるのは単純に良くない。
自分でやっておきながら、俺の傷を見るとミスティはうっと顔を背けた。
「だって人に刃を向けたことなくて、怖いから目をつぶってて。だからウィルさんだって分からなかったんですよぅ」
「目を閉じれば刺せるって考えの方が怖いだろ! てめえが馬鹿なことしなけりゃ、少なくとも俺はその場を切り抜けられたんだよ!」
「少なくとも俺はって……仲間なのに薄情じゃありません?」
「仲間を刺す畜生に言われたくねえよ!」
「てめえらいいかげんにしろっ!」
割り込んできた第三の声に、俺とミスティは声のした方――部屋中央を振り向いた。
中年の男が腕組みをして立っている。
俺らを捕まえたのはこいつで、ぱっと見でも分かるほどの偉丈夫だ。室内唯一の光源で浮かび上がった表情は、怒りつつも困っているようだった。
そしてその光源である燭台を手に、あのファルファとかいう女が男の横に立っている。光量が物足りないのか、燭台と暗い部屋の隅とを交互に見ていた。
「ったく、なんなんだこいつらは。ひとりはノームだしよ……やっぱ低俗な――」
「サンドリーさん」
持て余すように言う男の言葉を、ファルファの事務的な声が遮る。
「悪党といえども、そういった観点で蔑むのはアドザ様の教えに反します」
「あ、いや俺は。別にそんなつもりじゃ――」
「ともあれ、侵入者を捕まえてくださりありがとうございます。あとは私ひとりでも大丈夫ですから、お戻りください」
「――っと、それなんだけどよ」
と、ここでサンドリーが下卑た笑みを浮かべ、ファルファの肩へと手を置いた。
「お前も一緒にどうだ? アドザ様もおっしゃってるだろ、俗欲の適度な解放も大切だって。わざわざ屋敷に、憩いの間まで設けてくださってるくらいだぜ。ヘレナやソライアが駄目ってわけじゃねえが、たまにはノーム以外のやつとも――」
「サンドリーさん」
ファルファが再び遮る。サンドリーの手から逃れるように身を引くと、
「私は純粋に、アドザ様の教えを乞うためだけにここにいます。色事に興味はありません」
「そ、そうか。まあ無理強いはしねえさ」
サンドリーは懐の深さを示すかのごとく、大きくうなずいた。動揺がにじんでいるのは、ファルファの目が軽蔑に染まっているのを、この心もとない視界でもはっきりと確認できたからだろう(なんせここからでも分かるくらいだ)。
その後気まずさに負けたのか、サンドリーは「それじゃ」と片手を上げて、そそくさと部屋から出ていった。
残された三人の間に沈黙が続く。