1.不思議少女と導司様① 俺は待ちくたびれていた。
◇ ◇ ◇
太い枝を伸ばす木の上で、俺は待ちくたびれていた。
「こんなことなら、街中で済ませときゃよかったな」
聞き手がいないのに声に出したのも、要は退屈しているということだった。
軽く後悔しながら、身を乗り出して下をのぞく。枝に引っかけてあるザックが揺れて、葉を鳴らした。
色合い鮮やかな草木に囲まれたこの街道は、今では利用する者も少ない。もうひとつの、馬車道が整備されている街道が好んで使われているからだ。
かくいう俺だって用がなければ、こんな寂れた街道で暇を持て余したりはしない。
「もうそろそろだと思うんだけどなー。馬車道の方だったか? いやでも聞く限りだと、馬車持ってるような感じもしねえし、乗合馬車はねえはずだし……」
ぶつくさつぶやき、深く座り直して天を仰ぐ。
雲ひとつない青空の下、ぽかぽかとした陽気では、自然とまぶたも下りてくる。
眠気と必死に闘っていると――
――きゃあぁっ……
「っ⁉」
風に乗って聞こえてきた悲鳴に、俺はがばっと跳ね起きた。
声のした方に目を凝らすが、木々の枝葉が邪魔でよく見えない。
俺は枝伝いに移動して視界の確保を図った。すると、悲鳴の主らしき人物が近づいてくるのが見えた。
ザックを背負った、軽い旅装姿の若い女だ。年は俺と同じくらい――十四、五歳ほど――で、側頭部から灰褐色の双角を生やしている。やや小ぶりではあるが、有角者のツノとしては極めてオーソドックスなタイプだ。
種族は判別できない。この距離ではさすがに、瞳の色が確認できないからな。
女はセミロングの茶髪をはためかせ、時折後ろを振り返りながらこちらへと駆けてきている。
女の視線を追って後方に目をやると、ナイフを手にした男がふたり。
まあ、分かりやすい構図ではある。
「逃がすかよ!」
ふたり組の片割れ――スキンヘッドの男が、走りながら腕を突き出す。ナイフを手にしていない方の腕だ。
お? もしかしてあいつ……
俺の考えを裏づけるように、スキンヘッドから生える双角が発光する。
次の瞬間には、男が突き出した手から氷の刃が飛び出し、前方の女を襲った。
「きゃあっ⁉」
女はがくんと、つんのめるように身を投げ出した。右足のブーツだけを残して。
どうやらかかと部分の飾りに刃が刺さり、靴が地面に縫いつけられているようだった。
女はすぐさま起き上がったが、男たちとの距離を見て、逃げられぬと踏んだらしい。追っ手と向き合ったまま、じりじりと間合いを探っている。
「逃げんなよ。出すもん出してくれりゃあ殺しはしねえ」
「お前には他にも使い道があるからな」
下卑た笑みを浮かべる男たち。
……さてさて、どうしたもんか。
と、絶望でもしたのか、祈るように天を仰いだ女の目が、こちらを捉えた。
やべ。
と思う間もなく女が声を張り上げる。
「たっ、助けてください!」
「なんだぁ?」
男たちは女の視線に導かれるようにして顔を上げ、ようやく俺の姿に気づいたらしい。あんぐりと口を開けている。
「なんだてめえ、そんな高い所で。馬鹿なのか?」
実際馬鹿を見るような目で見上げてくる男らを見て、俺の心は決まった。
ひょいと枝から飛び降り、ちょうど女と暴漢(?)ふたり組の中間に着地する。飛び降りた拍子に目深にかぶっていたフードがずれて、真っ赤な髪があらわになった。
前方の男たちの視線が、俺の頭に突き刺さる。が、鮮やかな髪色に目を引かれたわけでもないだろう。
ふたり組は数秒ほど俺の頭を見つめると――はっ、と小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「こいつはお笑い草だな。助けを求めた相手が、流族の上にツノなしかよ」
そう言うスキンヘッドも片割れの刈り上げ男――こちらは額から、短い一角が生えている――も、眼孔にはまっているのは灼眼だ。
つまりこいつらは焰族ってわけで、そうなると俺を蔑むのは当然ともいえる。なんてったって流族かつ無角者という、侮蔑要素ダブルパンチな存在だからな。
俺は構わず、後ろ手に女を下がらせながら、スキンヘッドに尋ねた。
「お前、《ユーザー》なんだな」
「ああそうさ。だからこっからでも、てめえなんざイチコロだ」
自信満々な口調。
確かにさっきの氷刃を見た感じでは、魔力のダウンロードに手慣れているようだったが……
「じゃあやってみろよ」
「あん?」
片眉を上げるスキンヘッドを、俺はちょいちょいと指で招き、
「やれっつってんだよハゲ。示威行為なのかしんねえけど、ツノに彫り絵なんか入れちゃってよ。馬っ鹿じゃねえの? その分魔力の集束精度が下がるって、どうしてちょっとばかりの思考力を総動員して考え至らなかったのかね。ま、どうせ最後はてめえらが這いつくばって終わるんだ。だからとっとと巻いてこーぜ」
「んな⁉ なめやがって! 望み通り速攻で殺してやるよ!」
スキンヘッドが右手を前に突き出す。同時、先ほど同様側頭部のツノが輝いた。
男がかざした手のひらの前に、炎の球が出現し――突如きゅぼんっとかき消えた。
「なにっ⁉」
動揺の声を上げる男。
俺は右手を大きく振りかぶった。そこに現れるは炎の球。
「おら返すぜ!」
投石の仕草さながらに、男が失ったのと同じ炎球を投げつける。
ぎゃあっ、と潰れたような悲鳴を上げるスキンヘッド。
素早く対処したのは刈り上げ男だ。炎上するスキンヘッドを蹴り倒し、そのまま何度も蹴転がし、ようやっと消火が終わった時には――所々に火傷を負ったスキンヘッドは、完全に気を失っていた。