第二話
このフォッセルという街に到着して、一日が経過した。昨日は早朝に到着して以降、事情聴取やら荷台の確認、シルバーボアの売却も含め、何だかんだ時間がかかった。
いや~あのシェフィーナというお嬢様には感謝だ。当面の宿として領主邸の一室を無償で借りる事が出来たのだから。
それに、マシロの事もある。とりあえず俺のローブを着せておいたが、実はあの下、裸である。俺の趣味では決して無い、ただ単純に、気付いた時には既に裸だ。俺の趣味じゃないぞ。
俺は忘れないだろう。マシロが素っ裸だと気付いた時に領主様が向けてきた、あの蔑むような憐れむような、あの生暖かい視線。
右手に持っていた袋をゴソゴソとしながら俺は街を歩いている。この袋の中身は干し肉だ。昨日俺が仕留めたシルバーボアを魔法で乾燥させ、その日のうちに保存食に加工したらしい。凄いぞ魔法。
ちなみにちゃんと代金は支払った。シルバーボア三匹で銀貨三枚。俺は相場を知らないが、実はめちゃくちゃ安いのだという。しかもその保存食、領民に配給されるとか何とか。この街、貧しすぎ問題。金銭による商いよりも物々交換方式に逆行してしまっている。
もう二時間は歩き回っているが、食料を売る店どころか商人らしき人物すら一人たりとも見ていない。
昨日の夜、シェフィーナが夕食時に語った<崩壊戦争>。三大国家が魔物により滅びかけ、分裂し、貴族たちが自らの領地を国と定めた群雄割拠。このフォッセルはその中でも最大国家だった<ラ・グラージュ神聖帝国>に属し、前領主は帝国のトップである皇帝からの信頼も厚かったという。
それがこのザマ。前領主は戦争で死に、この街の軍事力は九割近く削られた。交易ルートも引き裂かれ、生きている主要都市で物資は優先的に回転中。国家とはなんと脆いのか。まぁ一概に全てが脆いとは言えないかもしれないが。
そしてそこに魔物の活性化というストレートパンチ。今の人々がガード出来るはずもなく、思いっきり顔面に入った。農業や狩猟による食料の確保すら危険度が高くなり、八方塞がりとなったわけだ。
もぐもぐ。
もぐもぐ。
う~ん、食べづらい……。
実はちょっと前より、路地裏からこちらを見ている影がある。
小さな影が二つ。身長的に十歳前後の男の子が顔と身体を半分だけ壁から出し、こちらを見ている。その後ろに引っ付いているのは、小さな女の子。兄妹かな。
見るからに痩せている身体。栄養が足りないんだろう。でもこの肉は俺が働いて手に入れた物だ。働かざる者食うべからず。子供であってもその考えはだな…。
…やめてよそんな泣きそうな顔するの。俺はもっとクールな人間の筈なのに崩れるじゃん。
「ガキども~。ちょっとお話聞かせてくれ。そしたら干し肉分けてやる」
仕方ないので情報と交換する事にした。子供の意見というのは大人のものと違って偏見がない。思ったままの、時として人間の精神を抉るような言葉を飛ばしてくる。おっかない。
二人の子供が小走りでこちらに近付いてきた。と思ったら子供の腹から空腹の音。いやだからそんな涙目で俺を見ないでくれ、まだ情報貰ってないじゃん前金必要なのかよ。
俺の手が勝手に干し肉を渡しているのは気にしないで貰いたい。俺はクールなのだ。
「…ほら、先食べて」
渡した干し肉を受け取った男の子が、自分の影に隠れていた女の子に干し肉を渡す。暗い表情だった女の子の顔が一気に明るくなり、干し肉を両手で受け取って口に運んだ。
へぇ、優しいじゃん。多分妹さんなのかな。髪の色とか同じだし。しかしまぁ、結構硬い干し肉なのによく食べる。いやまだ話聞いていないんだけどもう食べてるし。
「あの…」
その視線に気付いたのか、男の子の方が俺に話しかけてきた。よく出来た子だ、褒美にもう一枚やろう。クールさ? 知らん。
追加の干し肉は男の子が食べ始めた。立ったままというのも落ち着かないので、近場にあった噴水(ぶっ壊れてるけど)の塀に座る。子供たちも俺の隣に座る。
「さて、食べながらでいいから俺の質問に答えてくれ。出来る範囲でいいから」
「ん!」
元気な女の子じゃないか~。
でも多分、こっちから有用な情報は聞けないだろう。食っとけ食っとけ。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
「へぇ、じゃあ坊主んとこの親父さんは兵士だったのか」
「うん、兵士っていうか、騎士様に近かったみたい。ジュンキシって言ってたよ」
「ジュンキシ…準騎士か。そりゃすごい」
最初に話したのは、この兄妹の家庭の事。どうやら父親がこの領地の兵士だったらしい。こちらは崩壊戦争で亡くなったらしく、遺品も含め帰ってこなかったという。
母は衣類の職人だという。だが最近は原料が届かず、今着ているものの修繕のみ。当然収入は減る。そして最近は病魔に侵されているらしく、母の言いつけであまり近くに寄らないようにしているという。病気が移るかもしれないから、だそうだ。世知辛い。
「それにね、お父さんは“鉄機兵”の操者だったんだ!」
「アーレス?」
聞き慣れない単語が出てきた。こういうのが出てくるから、子供との会話でも油断が出来ない。結構重要だったりするし。
「おっきなよろい!!」
男の子の隣で干し肉を頬張っていた女の子が元気に言う。おっきなよろい。大きな鎧。この時点で実は理解出来た。鉄機兵という存在がどんなものか。
なにせ俺も“所有”している。この事はまた後日に。
「この街には、それが八つあったんだ。お父さんの他にも、領主様やシルヴィアお姉ちゃん…シェフィーナお姉ちゃんのお姉ちゃんも乗ってたんだよ」
フォッセル家の家族構成が話の中で見えてきた。昨夜も少し聞いたが。
現在のフォッセル領主であるシェフィーナ・ファン・フォッセルに親族は居ない。父である前領主<ヴァンレイク・ファン・フォッセル>、姉である第一子<シルヴィア・ファン・フォッセル>、両名は崩壊戦争で他界している。そして母親である<ヴィヴィアン・ファン・フォッセル>はシェフィーナが小さな頃に病気で。
ぱっと見た感じ、シェフィーナは領主に向かない。優しすぎるし、覇気もなかった。俗に言うあれだ、箱入り娘だ。全ての争いから遠ざけて育てられた、温室育ちとも言える。
なんかもうあれだな。この国詰んでる。目の前の兄妹には悪いけど、もう飢餓状態が始まってるし、何より魔物の存在もある。せめて防衛戦力があれば状況は変わるかもしれないけど。
「…領主様もシルヴィアお姉ちゃんも、お父さんも帰ってこなかった…。しばらくしたら、野菜とかお肉とか、お魚を売りに来ていたおじちゃんたちも来なくなっちゃった…」
「ってことは、もう年単位でこの状況か…」
少しだけ前言撤回。よく踏ん張っている。まぁ限界はあるだろうけど。
あと、俺の服の裾をさっきから引っ張っている女児よ、おかわり希望なのは分かるけど直接的すぎやしませんか。いやまぁあげるけどさ。
商人の撤収は良い判断だ。周囲が魔物だらけで兵士も少なく、有事の際に自分たちを守ってくれる存在は皆無ときた。それなら安全な領域を優先して商売をした方が利益も上がるし安全だ。
商人が多く集まるという事は、その領地はまず間違いなく潤う。住民も兵士も増えるだろう。順調に格差が生まれていく。争いの種もそろそろ芽を出す頃合いかもしれない。
「おいこらそこの不審者!!」
おっとどこかに不審者がいるらしい。びっくりした様子で周囲を見る兄妹を尻目に、ちょっと警戒モードへ。
「君だ君! なんでもうフラフラ動き回ってんの!」
噴水の塀に座っている俺が影に覆われた。視線を上げたら、そこには緑色の短髪が目立つ軽装備の女性が仁王立ちしていた。
おいちょっと待てなんで俺が不審者。幼気な子供たちに食料を分けていた聖人そのものじゃないか。
「…なにその不服そうな顔」
「実際不服なんだが?」
なんで睨みつけてくるんだよこの女。
こいつは<リタ・ハーヴェン>という。この領地の兵士、その中でも数人しか居ない騎士の一人。歳はシェフィーナお嬢さんよりも上で一七。小生意気な性格だが腕は確からしく、昨日の俺の取り調べ中も会議室の中に居た。ずっと俺を睨んでた。超怖い。
「…お姉ちゃん、この人悪い人じゃないよ?」
「ああ、こんな小さな子を籠絡するなんて…」
「言い方、言い方」
干し肉を食べていた女の子が、そんなリタに抱きつきながら弁護してくれた。リタは涙目でその娘を撫でながら可哀想にとか言ってる。しかも籠絡とか言ってる。言い方を考えてほしい。
「ほら、今日はもうおかえり。明日の朝、広場で配給をするってお母さんに伝えてあげて?」
「本当!? 分かった!」
男の子も女の子も、配給という言葉に反応し嬉しがっていた。大した量ではないにしても、食料が配られるのが嬉しいのだろう。
「じゃあねお兄ちゃん! お肉ありがとう!」
「ありがと!」
「おう、こっちこそありがとうな」
手を降って噴水から離れていく兄妹。ちょっと気恥ずかしいが、小さく手を降って返礼する。なんだかんだと結構な量の干し肉を消費した気がするが、まぁ情報料と納得しておこう。決して子供に弱いわけではない。
「…君、子供に甘いよね」
「いいえ違います」
甘いわけでは、ない。
決して、ない。
ホントダヨ。