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鬼条さんは血が足りない  作者: 加藤 忍
2/2

屋上

 ポカポカと日差しが差し込む昼間、数学の教師の授業の退屈さと日差しの心地良さが相まって凄い眠気に襲われる。遠退きそうな意識を取り戻すため自分の頬をつねる。思いの外つねり過ぎたのか手を離した後もジンジンと痛む。


 教室内は教師の声以外ほとんど聞こえない。寝ている生徒、紙を回す生徒、ノートをしっかりとっている生徒、皆それぞれに数学の授業を過ごしている。中には教科書を立ててスマホをいじっている生徒もいるが気にしない。教師も面倒なのか見て見ぬふりをしている。


「・・・で、ここの答えがこうなるわけだ。」


 問題を解き終わると丁度いいタイミングでチャイムが鳴る。寝ていた生徒も含め皆が席を立ち、学級委員長の合図のもと、数学の教師に礼をすると教師はスタスタと教室を後にした。


「裕二、一緒に飯食おうぜ」


 授業が終わるや否や弁当箱を持って俺に声をかける男子生徒の方を見る。


「悪い、今日弁当ないから購買行ってくる」


「そっか、買ったら戻って来いよ」


「ああ」


 クラスの友達にそう言うとカバンから財布を持って一階の購買に向かった。


 本校は三年が一階、二年が二階、一年が三階にクラスがある。なぜそうしたのかはわからない。何かしらの理由があるとは思うが聞くほどのことでもない。


 階段を二段飛ばしに降りると購買付近には長蛇の列が出来ていた。高校の購買といえば漫画などで描かれるのような戦場を想像するのだが、この学校は規則正しいようで学年関係なく来た順に一列に並んでいる。


 四月の初めは近付く勇気すらなかったのだが、五月に入り友達と数人集まって来た時からこうして一人で行くことが増えた。


 入学してもう二ヶ月か、と浅い高校生活の記憶を思い出していると順番はすぐに回って来た。


「何買う」


 購買のおばさんが笑顔で言ってくる。カウンターにはプラスチックの長細いケースの中に色々なパンが入っている。メロンパンやクリームパン、購買では王道の焼きそばパンやカツサンド。他にもカップケーキや自販機にはないジュースも売られている。


「メロンパンとあんパン、ナタデココのジュース一個ずつ」


「はいよ・・・はい、410円ね」


 頼んだ品が入った袋とぴったりお金を交換する。


「ありがとうね」


 笑顔を再び作ったおばさんに軽く一礼しながら列を外れた。俺の後ろにもさらに多くの人が並んでいる。中にはさっきまで授業を教えに来ていた数学の教師すら生徒に混じって並んでいる。


 買ったばかりのジュースを一口飲んでから階段を上がって行った。



 三階に上がり終えると足が止まった。このまま右に曲がればすぐに教室に着く。多分友達も待っているだろう。


 でもそれ以上に気になったことがあった。


「この先って屋上だっけ?」


 誰もいない階段で質問を投げかける。もちろん誰も答えてはくれない。校舎は三階建てで、この上はすぐに屋上になる。行ったことはないが立ち入り禁止とも聞いたことはない。


「行ってみるか」


 興味本位で上に上がる階段に脚を向ける。友達には「購買に人多くてさ」って遅くなった理由を言えばいい。


 屋上に向かう階段は途中からすこし埃ぽかった。隅には埃の塊すら見える。あまり人が来ないようだ。


 扉の前に着くと周りを少し見渡した。しかし立ち入り禁止の看板やそれに近い警告の標識は見つからない。


 一通り見終わると目の前のグレーの扉のドアノブを握る。少し回して扉を開けると開いた隙間から外の風が中に入って来る。その風で足元の埃が階段のほうに飛ばされて行く。


 高い金属音を響かせながら開いた扉の向こうには緑色のフェンスに囲まれた屋上と青い空が目に入った。屋上には人気はなく、温かい風が吹き抜ける。ドアノブを放すと扉は自然と閉じていった。誰もいない屋上を歩いてフェンスに近付く。フェンスの向こう側には海といつも見ている街並み、それらを囲むようにそびえ立つ山々が広がっている。


「なんかいいな、こういう景色も」


 いつもならこんな高い場所から街並みを見ることがないからかとても新鮮味がある。


「そろそろ戻るか、待ってるだろうしな」


 次はここで昼食をとるのもいいなと思いながら校舎に戻ろうとしたときドタッと何かが倒れる音がした。視界には倒れるようなものは一つもない。じゃあどこから?

 

 扉の横にはフェンスとの間に少しのスペースがあった。可能性は扉の横だけだった。


 ドアに近付くと人が倒れているのが見えた。いつからいたかわからないが一人の女子生徒が胸あたりを苦しそうに抑えていた。


「大丈夫!?・・・って鬼条さん?」


 入学式の時に顔を見ただけで話したこともない彼女の名前がぽつりと口から出る。なんで鬼条さんがここにいるのかわからなかったが、今はそれどころではないことは理解している。


「保健室連れて行こうか?」


「・・・血」


「え!?」


 かすれた彼女の声が聞こえた。彼女の体全体を見るが怪我をしている様子はない。聞き間違いだろうか?もう一度聞こうとすると彼女が口を開いた。


「欲しい・・・血が欲しい」


「え!?ちょっと!」


 急に飛びかかって来た鬼条さんに押し倒されるように地面に倒れた。彼女は俺の上に馬乗りになっている。


「赤い、目・・・」


 俺の上に乗る鬼条さんは俺の見たことある彼女ではなかった。確かに見た目は彼女そのもの。だけど開いた目の色が違う。虹彩が赤く染まっていた。その眼はまるでおとぎ話の吸血鬼のようだった。


「血、ちょうだい」


 彼女はそう言うと俺のワイシャツを引っ張って首筋をあらわにさせる。そこにゆっくりと顔を近づける。


「鬼条さん、待って!」


 彼女の肩をつかんで力強く押し返そうとするがそれでも彼女との距離は縮まるばかり。全力で抵抗しているのに彼女はそれ以上の力で首筋を狙ってくる。


「もう・・・無理」


 抵抗していたものの彼女はゆっくりと口を開けると俺の首筋に噛みついた。


「いっ!」


 声にもならない声が出た。首筋に注射針を二本同時に刺されたのではないかと思うほどの痛みが走る。彼女は出てきた血を吸っているようで皮膚が吸われている感覚がある。血を吸われているからか視界が徐々にぼやけてきた。瞼も重くなり、意識も薄れていく。


 俺はそのまま彼女に血を吸われながら意識を失っていった。


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