一人暮らし
王都の屋敷にて
あれから一か月と言う時間が流れた。
来る日も来る日もバイトに行き、食事はすべて支給。
そうしてたまったお金は銀貨六百枚。
これで、(庶民が住むにしては)そこそこ大きく、今後の人生を謳歌できる静かな場所を手に入れられるはずだ。
そうして迎えた次の日の朝
俺はリーネと朝食をとっていた。
この屋敷には、あまり使用人がいないし、リーネ以外の偉そうな人間を見たことがない。
ここで、一つ聞いてみることにした。
「ここの屋敷なんだが、やけに人が少なくないか?」
誕生日席に座るリーネにそう言う。
「ああ、そういえば言っていなかったな。ここには持ち主の私以外の家族はいない」
「そうとう大きな屋敷だと思ったが、ふむ、君だけなのか」
「ああ、他の家族は領地にいる。私の仕事は主に王都での報告や、王城での審議などだ」
「なるほど」
頷きながら食を進める。
「なら、ここに長居しすぎるのも悪いな。しごとの邪魔はしたくない。早々出て行くとしよう」
サラっと、今後の予定を押しらせするおっさん。
そんなおっさんに、リーネが驚く。
「も、もう出て行くのか!?」
リーネの慌てように、疑問を抱きながら頷く。
「ああ、今日丁度いい家を買うつもりだ」
その言葉に希望を見出したのか、リーネは先ほどより大きな声で告げる。
「そ、それなら、希望の家を用意してやれるぞ!場所までは無理だが、そのあたりの情報は大方持っている!」
おっさんは、驚きのあまり、ナイフを落とす。
「本当か!それはありがたい。いやー、探す手間が省ける」
一瞬、呆け、笑みを浮かべるリーネ。
「あ、ああ。だから、その、蒼汰殿が希望するような家と、準備資金について聞きたいのだが」
「ああ、分かった」
そうして、珍しく長居するリーネとおっさんに紅茶を出す執事。
そうして、おっさんの希望を聞いたリーネがうねる。
「なるほど。自給自足か…」
「ああ、夢のスローライフってやつだ」
「ふむ、なるほど」
少しばかりうつむくリーネ。
「…一つ、心当たりがある」
「本当か!」
おっさんの顔がスマイル全快になる。
「あ、ああ、だが、期待にすぐわないかもしれない。一度、見てみると良い」
「いや、リーネがそこが良いというのならば、それ以上に良い場所はないだろう」
「む、そうか?」
「まあ、いざとなったら、空き地を買って、家を建てるさ」
「建てる?ああ、何やら出てきたあの建物の事か」
リーネは、前回のアパートを思い出したのか、そう言う。
「まあ、そんな感じだ。あと出来れば、部屋数は多くしてくれ?一応学生の貸し出しもやろうとおもってね」
「む、そうなのか?分かった。ただ、それも含めて、気に入ってもらえると思うがな」
「心強いなぁ。では、任せるよ」
「ああ」
そうしておっさんは食堂を後にする。
食堂に残ったリーネ。
「ふう、何とか彼の所在を近くに置くことが出来たか」
ため息交じりのそのつぶやきは、誰にも聞くことは叶わなかった。
~~~~~~~~~~
翌日
リーネから、家を見せたいと言われついていくと、貴族地域の端に当たる、リーネの屋敷の隣の森林地帯、王城の裏側、そこには大きく質素な家があった。
ふみ固まった土でできた道、塀の中の広い庭。
「ふむ、悪くない」
そうつぶやくおっさん。
夢のスローライフに、家の見た目はさほど求めていなかった。
中に入ると、屋外のベランダが大きく森林地帯を出ていて、少々地形が山なりになっているせいか、王都を見下ろすと、悪くない風景が広がる。
中は三階建ての横ばいになっている。
屋外ベランダの反対側の部屋は、二階分を使て、本が詰まっていた。
トイレは、まあいずれ洋式にしよう。
台所は、魔石を使用する型で、非常に使いやすそうだ。隣には、魔石による冷蔵庫があった。
家からものまで、素晴らしい逸品だ。
ただ、家財道具が一切置かれていい。
その辺りは購入しなければならない。
おっさんは、一通り見終わり、リーネに言う。
「あの本の山はどうしたんだ?」
「あれは、蒼汰殿への御礼さ。なに、王都にある本の余りを貰ったのでついでに、ね」
ああ、と思うおっさん。
「さっそく勘定だな。いくらだった?」
聞くと、準備資金のギリギリの値段だった。
と言うことで、わずかなお金と、森の中にある大きな屋敷をゲット。
早々、ここに住むことにする。
「いろいろと、お世話になった。ここ数日は非常にありがたかった。何か御礼をしたいのだが…」
「それなら、そうだな、たまに家に来ると言い。蒼汰殿にはいつでも門を開けておこう。それと、助けられたのは私の方だ。あの時は、本当にありがとう」
改めて、頭を下げられる。
年齢的には娘なのだが、何やら感慨深いものでもあるのか、少し目が潤う。
「困ったときは、いつでも来ていいぞ。ま、やれることには限りがあるが」
「いや、そう言ってもらえるだけでもありがたい。では、達者でな蒼汰殿」
「ああ、まだ十代なのに貴族をやっている君には負けるが、こちらも頑張るとするよ」
そうして、リーネは自身の屋敷に戻っていった。
さて、まずは家財道具だな。
家財道具は、宝物庫の中から出すか、錬金術、どちらかだが、なるべく目だたずに生きていきたいから、錬金術の内職をやろうと思っているため、錬金術の練習がてら、作ってみることにする。
どれどれ
俺は、リビングと思しき暖炉のある部屋の床に座る。
錬金術師
物や液体を合成、作成、精製、錬成、分解、変形させ、ポーションやアイテムを作る職業。
錬成術から進化した者のみがなれる職業。
ふむふむ
なるほど、これも例の如くチートと言うわけだ。
黒いトレンチコートを、暖炉の上の台に置き、ポケットの銀貨一枚を置く。
ええっと、まず、その物体の分解っと。
俺が錬金術を開始するように、想像する。
記憶によれば創造で作ことも出来るそうだが、通常の錬金術師がどうやってやっているのかは明白。
恐らく、普通に分解とかしてるんだと思う。
なので、まず分解・補正する。これにより、少しばかり強度が上がったり、効力をつけやすくするらしい。
次に変形を行う。粘土のような硬さになった銀を、丸めて筒状にする。
結構堅いな。
そうして最後に、付与を行う。
「強度補正」
ちなみに、このような付与は思いが強ければ、魔力によってどんどん付与さえていくらしい。だが、その付与には高位の素材でなければ力に耐えられず、壊れてしまうため、非常にお金がかかるそうだ。
つまり、オーダーメイド。
錬成から分解・補強、変形そして付与。
この一連の技を行うことによって、物質創造や精製を行えるそうだ。
どの作業も、精製や、物質返還、分解を行えなければできない技らしい。
それ故に、そこまでの境地まで達する者は非常に少ない。王国内でも数名とか。
それはさておき。
新しくできた銀の筒を見る。
名前:銀の筒(極小)
強度:強
なるほど、こんな風に見えるのか。
初めて作ったものが筒で話あるのだが、非常に感動したために取っておくことにする。
その日は、一日中錬金術に関する研究で精いっぱいだった。
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翌日
知らない天井、ではないが、体に当たる堅い感触から、床の上で寝たのだと気づく。
さらに言うと、昨日までふかふかなベッドの上だったので、非常に体に負担がかかった。
「痛っててて、腰が、ひざが、首があ~」
これしきの事で体が痛くなったということが、気に食わなかったので、一気に立つと、様々な箇所から姫が上がった。
「これは、塗り薬が必要だ。そう、ボンデリンのような、ピシッと効くやつが…」
俺は、自身の記憶ではない記憶をあさり、そのあたりの知識を引っ張ってくる。
どうやら、異世界らしくハイポーションを飲む、又はかければ五体満足で治るそうだ。
ちなみにハイポーションは金貨五枚、うん無理。
と、言うことは、お湯につかってほぐしたり運動して耐久力を上げる方が安上がり、さらにヨウツウと言う薬草を練って、布で浸すとシップの出来上がりらしい。
ヨウツウ?この世界のネーミングセンス大丈夫か?
とまあ、試す前から否定するのはダメだよな。
良し、今日は薬草を探そう。
俺は、意気揚々と家を出たところで気が付く。
「朝食食べてないぞ」
そう、昨夜はそのまま寝てしまったため晩御飯を食べていない。さらに、朝食まで抜くのは、命の危機に等しい。
「…まずは、食事処に行くか」
町に降りるのも結構な一苦労であった。
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夕日が沈むころ。
木の椅子や木の皿、木の机、全て木材だらけの部屋で一人、食事をとっていた。
木に布で座るところの付いたロッキングチェアで二階のバルコニーで、お茶を飲みながら昼を過ごす。
今日でお金は使ってしまったが、新たに錬金術を使えるようになったので、今日取ってきた薬草をハイポーションにして、冒険者ギルドで卸すつもりだ。
そうして、新たな生活の一日目が始まった。
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朝
まだ夏には遠い時期の為か、王都には朝日が出る少し前の時間帯には少量の霧が立ち込めていた。
そんな朝早くからでも冒険者ギルドはやっていた。
いや、真夜中でも遠征から帰ってきた冒険者が受付を利用できるように、一日開いているのだ。
そこへ、黒いロングコートを着た、黒いスーツを着込む、堀の深い顔を持つ男が来た。
彼は、手ぶらのまま受付に来ると、受付嬢に話しかけた。
「朝早くからすまん。ポーションの買取りをしている場所を教えてくれ」
少々お待ちください。
と、朝早くからの来報にもかかわらず、営業スマイルを浮かべる受付嬢は、プロなのだろう。
しばらくして、何やら髪を渡してきた。
しかも、全て日本語だった。
「失礼、この言語はこの世界全体で使われているのか?」
「いえ、これは王国の言語ですが、いかがしました?」
ふむ。
何故この国で日本語が使われているのかは分からないが、まあいいや。
面倒なことを後回しにする日本人であった。
「ここに、納品する品と、名前をお書きください」
そう言われて、名前を書く。
品は、ポーションっと。
「これでいいかな?」
「はい。では、品の納品を」
そう言って、木箱を用意する。
男は、どこからともなく木製の容器を取り出し、受付嬢の目の前に置く。
それは、樽を半分に切った程度のサイズだが、受付嬢を驚かすのには非常に容易なものだった。
「こ、この量をですか!しかも、これ、ハイポーションじゃないですか!」
いきなり受付嬢が大きい声を出すので、先ほどまでギルドのフロアで寝てた冒険者の何人かが起きる。
「な、なんだ?」
「頭いてー」
「まだ眠いって」
そうんなことを気にも留めづ、問題の男に言う。
「これ、全てあなたが作ったものですか?」
「ああ、まあこのくらいしか作れないからな」
「そんなッ」
余りにも驚愕の事実に、少しばかりフリーズし、少々お待ちください、と言って奥に入っていく。
その間、暇になった男は、懐から筒を出し、おもむろに火をつける。
それを口にくわえ、ぼーっと突っ立ったまま待っている。
しばらくすると、奥から別の女性が来た。
「失礼。私はここでギルドマスターをしている者だ。ハイポーションを卸したいというのは、あなたの事かな?」
「ああ、そうだ。で、買い取ってくれるのか?」
「ああ、何分不足気味だったものでね。ところで、これは興味本位なのだが、これらのハイポーションは、この量を毎日作ることはできるのか?」
そう聞かれ、男はしばらく黙る。
「そうだな、その容器四つ分ならできるが」
「嘘っ!」
驚愕する受付嬢。
そんな彼女を置いて、ギルドマスターは交渉に入る。
「ならば、それを金貨三百枚で買い取ろう。その代わり一か月ほど、うちだけで卸してくれないか?」
ふむ。
「少し、高い気がするが?」
「何分、戦時中でね。いくらあっても足りないくらいだ」
「なるほど…」
どうやら、戦争の影響で高値で売買されているらしい。
「わかった。三百枚でいいだろう」
「それはよかった。では、納品用紙を」
そう言って、納品書にサインする。
「よい出会いが出来て良かった」
「そうだな」
金を受け取ると、その男は後ろ手に腕を振りながら出て行くのだった。
「…彼は何者なんだい?」
ギルドマスターか、男が出て行ったのを確認して、そばの受付嬢に聞く。
「その、少し前から日雇いのバイトだけを受けるおっさ…方でして」
「ふむ、まあ、今はいいか」
そう言って、ギルドマスターはまた奥に戻るのだった。
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家にて
「ひゃっほーう!思わぬ収入だ!」
彼、佐々木蒼汰は非常に喜んでいた。
「まさか、ここまで売れるとはなあ~」
そうつぶやきながら、バルコニーで椅子に掛け、帰りにかってきたサンドイッチと、紅茶を飲む。
「まあ、これぞスローライフって感じでいいか」
そう言っていると、王都の端から朝日が昇っていくのが見えた。
「……絶景だな」
そうつぶやき、椅子を前後に揺らすのだった。