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鬼女と生贄の話   作者: ゴウタ
一章
3/3

鬼女と生贄の話 3/3

前回の続きとなります。


「あ、ああ…なぜじゃ…なぜじゃ…」

「…師匠…無事、ですか?」


 大雨の中、鬼狩りと称して攻めて来た村人。

 それを屠り、村へと押し返した鬼女の目に映ったもの。

 それは自分を庇い、腹へ矢を受けた少年の姿だった。


 倒れている少年の元へ駆け寄り、抱き上げる。しかし、その体に力は入っておらず、だらんと腕が地へ落ちた。


「な、なぜ…うちなんかを庇ったんじゃ…」

「…体が…勝手に動きました…でも、師匠が無事なら…」


 少年は無理に笑顔を作って見せた。

 だが、直後に大量の血を吐いたその様子から、長くは持たないと悟らせる。

 山の奥深くに、ここまでの重症を治療できる道具などない。薬どころか、包帯すらもだ。


 それを理解した鬼女は、少年を抱き上げたまま両膝から地へ落ちた。その拍子に泥が跳ね上がる。


 そして、心の底から悔やんだ顔を見せた。

 それは少年にとって、初めてみた鬼女の表情だった。


「すまぬ…すまぬ…許してくれ…」

「…」

「うちはなんて事を…全て、うちのせいなんじゃ…」


 鬼女は少年を抱えたまま、後悔の言葉を繰り返している。そんな彼女へ、話しかけた。


「師匠…最期に聞かせてください…」

「ぬ!?さ、最期など…そんな事…」

「師匠」


 少年はまっすぐ彼女の目を見つめる。鬼女は黙り込んだ。

 黙り込んだ彼女へ、少年は尋ねた。


「…なぜあなたは、鬼なのですか…?」

「っ…」

 

 少年の知る“鬼”とは、人を食し、人に害し、決して優しさなど持ち合わせていない化け物だ。

 だが、彼女はそれとは全く違う。むしろ、かつて自分の身の回りにいた人間よりも人間らしい。


「…なぜ…そんな事を…」

「…聞かせてもらえませんか?」


 鬼女は進まない表情だったが、頼みを受け入れ話し始めた。




 今から数十年前、とある村にとある夫婦がいた。どこにでもいるような仲の良い普通の夫婦で、毎日平和に過ごしていた。


 しかし、その村は日照りが続いていた。土は乾き、畑の作物は全て枯れてしまう。


 そんなある日、夫が山へ出たまま帰って来なかった。山で獣に合い、殺されてしまう事はよくある話。

 当然妻は心配し、村の男達へ助けを求めるが、なぜか男達に取り合ってもらえない。


 次の日、妻は自ら山へ向かった。


 夜は月明かりだけを頼りに山の中を探し回る。

 だが、三日三晩かけても夫を見つける事は出来なかった。

 もしかしたら、家に帰ってるのかもしれない。そう思った妻は、なんとか村へと帰り着く。


 そこで、妻は男達の会話を聞いてしまった。


「おい、あの女は?」

「ああ、夫を探して山に入ったっきり帰って来てないぞ」

「…まぁ、俺達からすればその方が都合がいいけどな」

「そうだな。もうあいつの夫は土の中だからな」


 村中に女性の叫び声が響き渡った。


 何事かと駆けつけた村人達の目に映った“何か”。その“何か”は、大量の涙を流しながら手当たり次第に周りの村人へ襲いかかった。



 妻は気がついた時、泣きながら山の中を走っていた。

 足を止め、周りを見渡す。すると、山の麓に村があるのを見つけた。おそらく、自分が住んでいた村だ。

 

 何があった?どうしてここにいる?


 それは、すぐに鮮明に思い出した。

 

 自分の夫は、日照りが続いた事により人柱にされてしまっていたのだ。

 それを知ってしまった自分は、その場で暴れ回り村人達を…


 それを思い出したその瞬間、突然全身が焼けるような熱さ、そして喉が砂で出来ているように感じる程の渇きに襲われる。


 喉を抑え、必死に水を探した。

 どれほどさまよっただろうか。目の前に池が現れた。太陽光を反射し、目が眩む。


 なぜ、日照りが続いているのにここだけ無事なんだ?川すら干上がってしまうほどだったのに。


 そんな疑問が頭に浮かぶが、燃えるような熱さと喉の渇きに耐えられず、その水へ口をつける。

 いくら飲んでも渇きは癒えない、熱は冷めない。

 妻はただひたすらに水を飲み続けた。


 ふと気がつき、水を飲むのをやめた時にはあれほどあった水は、ほんの少しの水たまり程度まで減っていた。

 明るかった周りはすっかり暗くなり、満月が雲から見え隠れしている。

 その時、ようやく熱さも喉の渇きも収まっている事に気がついた。

 

 だが、それとは別の違和感を感じる。


 雲から満月が顔を出し、辺りを照らした。足元にわずかに残った水溜りに自分が映り込む。


 そこにいたのは、醜い鬼の姿へと変貌した自分だった。

 

 

 それからというもの、妻…いや、鬼女は山の中で暮らした。

 鬼女の体では、人間の時との違いが多くある。

 大岩をも持ち上げる凄まじい力を手に入れた。空を飛ぶ鳥に勝るほど早く走れるようになった。どれだけ時が経とうと老いる事は無い。

 

 そして…あれほど流していた涙が一雫も出なくなった。




「…どれほど後悔しても…どれほど孤独を感じても…目から涙が出る事は無かった…」

「…」

「うちは…心まで鬼となってしまったのじゃ」


 自分の過去を打ち明けた鬼女は、うつむき少年から目を逸らす。


「じゃが、そんなうちの前におぬしが現れた」


 鬼女と少年の顔が向き合う。その鬼女の表情は穏やかなものだ。


「おぬしは…呪いをかけられたと分かっていても、明るく…暖かく、とても優しい子じゃった…」


 しかし、そう言った鬼女の顔が後悔の表情へ変わる。


「うちはそんなおぬしを利用しておったんじゃ…おぬしと言う存在で、孤独を紛らわせていた…」

「…」

「すまぬ…うちがおぬしに呪いなどかけなければ…こんな事には…」


 すると、悔やむ鬼女へ少年は微笑みかけた。

 それを見た鬼女は困惑する。


「な…なぜ笑えるのじゃ…?うちがかけた呪いのせいで…」

「…師匠、僕の勝ちですね」

「…勝ち…?」


 少年は震える手を伸ばし、鬼女の頬に添え、言った。



「そんな呪い、とっくの昔に解きましたよ」



 その時、少年の頬を雨ではない一雫の水が濡らした。


               ー 終


 

以上で完結となります。

読んでくださった方々、ありがとうございました。

このお話は、言わば私の練習作です。近いうちに異世界もののお話を投稿しますので、よろしかったらそちらもよろしくお願いします。

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