鬼女と生贄の話 1/3
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鬼女と生贄のお話 1/3
昔々ある所に、それはそれは恐ろしい鬼女が出ると言う山があり、麓にある村から大変恐れられていた。
しかし、その山は村にとって薪を集めるために必要なものだった。
薪を集めるために、山へ入った若者がいつ襲われるか分からない。そんな恐怖を毎日のように味わっていた。
そこで村人達の間で、“生贄”を差し出し、鬼を宥める事が決められた。
今夜は、その生贄を山へ送る日だ。
「…で、おぬしがその生贄か?」
暗い山道の中、その問いに少年は震えながらうなづいた。
今、その少年の目の前には鬼女がいる。
額には長いツノ、地につきそうな程長い髪。そして、鮮やかな着物に身を包んでいる。
「そうかそうか…おぬしが生贄か」
鬼女はその少年へ向かい、大きな口を開け…
ため息をついた。
(生贄が欲しいなど、一言も言っておらんぞ?なぜあの馬鹿どもは、いきなりこいつをよこしたんじゃ)
鬼女は生贄の事を全く把握していなかった。
しかし、心当たりはある。
「…」
鬼女は少年を軽く見回してみる。すると、服にふくらみを見つけた。
「おい童。隠している物を出せ」
「…っ!?…ぇ…ぁ…」
「はよう出せ。喰ってしまうぞ」
脅された少年は、服の中から小さな“脇差”を取り出しす。鬼女はそれを奪うように手に取る。
「ふん…やはりのぉ。生贄を装いうちに近づき、殺すつもりであったのだろう?」
「ぁ…ぅ…」
唯一の武器を取り上げられ、企んでいた事を見破られ、少年は絶望した。
小さな体で鬼に敵うはずがない。何も抵抗出来ずに喰われてしまう…と。
だが、鬼女は呆れていた。
「…どうせ、村の者にそう指示されたのであろう?」
「…」
少年はボロボロと泣き、ガタガタと震えながならうなづいた。
(…そんなこったろうと思うたわい。どうせこの脇差も…ほれ、中の刀身はボロボロじゃ)
鬼女がその脇差を抜いてみると、中からはほとんど崩れ落ちてしまっている刀身が現れた。
それを村の大人から持たされたとなれば、その理由は1つ。
この少年は、大人に騙されて“間引き”されたのだ。
「所詮はあの馬鹿どもが考える事じゃのう…」
それが、口減らしによるものなのか、それとも本当に鬼女を宥めるためなのかは分からない。
だが、村の者がこの少年をよく思っていない事は、明白だった。
「ふん…つまるところ、うちを襲わせ、逆上したところでおぬしを喰わせるつもりだったのだろうな」
「…ぇ…?」
それを聞いた少年は、そう声を漏らした。
「分からぬか?村の馬鹿どもは、わざとおぬしにこーんなボロボロの脇差を渡したんじゃ。これは、おぬしに死ねと言っているようなものじゃろ?」
少年によく見えるよう、抜いた脇差をつき出す。それを見て少年は驚いた様子を見せた。
「…そんな…」
「おぬしは騙されとる。そもそも、鬼を退治するならば、童の力では無理じゃろうて」
少年はそれを聞き、崩れ落ちた。まさか自分が既に見捨てられていたなど、夢にも思っていなかったのだろう。
(しっかしまぁ…ボロボロな童じゃのう。まるで、ろくな生活もさせてもらえなかったようじゃ)
少年の服はあの脇差に勝る程ボロボロで、少年自体かなり汚れている。所々には怪我が放置されたような跡もあった。
髪は伸び放題、体は痩せ細り草履すら履いていない。
「…なるほどのぉ」
それを見て、鬼女は1つの考えが生まれた。
崩れ落ち、声も上げずに泣き続ける少年へ話しかける。
「さて…騙されていたとは言え、おぬしはうちを殺すつもりだったのよなぁ?ならば返り討ちにした今、それをどう扱おうとも文句はあるまい?」
「…ぁ…」
少年の顔から血の気が引いていく。鬼女は両手を広げてにじり寄った。
「くくく…頭から喰ろうてやろうか?それとも、生きたまま体を刻んでやろうかのぉ?」
「…ひっ…」
少年は逃げようと踵を返して走り出す。だが、腰が抜けてしまっているのか、その場で転んでしまった。
すかさず、鬼女が少年の着ている服の襟の部分を掴み、持ち上げた。
「決めたぞ…うちの命を狙う愚かな童はこうじゃ!」
突然、少年の視界が塞がれる。鬼女の手が、彼の顔を覆ったのだ。
「…!…!」
「じっとしておれ、すぐに終わる」
その言葉通り、少年はすぐに解放された。
特に怪我もなく、掴まれた頭部も無事だ。困惑する少年へ、鬼女は言った。
「くくく…おぬしには呪いをかけた」
「そ…そんな…」
少年は再び絶望した。自分にかけられた呪いとは一体…
「ある程度うちから離れると、死んでしまう呪いじゃ」
「…ぇ?」
「ほれ、うちが離れれば…」
鬼女はそう言いながら、後ろへ歩いて少年から距離を取っていく。
「…ぅぐぅ!?」
すると、少年が激しく苦しみ出した。その場でうづくまり、苦しそうに悶えている。
「そして、近づけば…この通りじゃ」
鬼女が少年へ近づくと、その苦しさが消えていった。
それを見て、鬼女はニヤリと笑う。
「おぬしのような童を喰っても、肉は少ないし不味くて敵わん。じゃから、10年後…成長したおぬしを喰ろうてやろう」
「…うぅ…」
「じゃがその間、ただ待つのも退屈というもの…」
そう言うと、鬼女は人差し指を立てた。
「うちと1つ勝負をしよう」
「…!」
「これから10年間、おぬしはうちから妖術を学べ。もし、その間にうちを勝る妖術を身につけられたのなら…その呪いを解き逃げるでも、もう1度うちに挑むでも自由にせい」
「…」
「じゃが、もし身につけられなかったら…その時は、残酷な方法でおぬしを喰ろうてやるからのぉ。分かったか?」
少年は黙ってうなづいた。
「くくく…良いぞ。その呪いはおぬし自身でしか解く事が出来ぬからな…せいぜい足掻いてうちを楽しませよ」
しかし、鬼女は何かに気がついたような様子を見せ、顎に手を当てた。
「…じゃが、これではあまりにおぬしが不憫じゃな。…ほれ、も1つ呪いをかけてやろう」
鬼女が再び少年の頭へ手を乗せる。すると、少年の様子が変わった。
先ほどよりも顔が若干赤い。それを見て、鬼女は再び笑う。
「こんなに醜い鬼へ、人の子のおぬしが心惹かれてしまう呪いじゃ。さぞ、屈辱よなぁ」
「…!?…?」
「じゃが、10年間恐怖を抱く相手と過ごすのは難儀じゃ。心惹かれているとなれば、少しはマシじゃろうて」
少年は先程まで…いや、今も恐怖を抱いている鬼へ対する感情に困惑した。
「くくく、喜べ童よ。これから10年間、心寄せる相手と1つ屋根の下で過ごせるのじゃからな」
「…」
「…じゃが、その愛は偽物じゃからな。決して忘れるでないぞ」
そう言い、鬼女は山奥の方へ振り返った。
「ほれ、行くぞ童。あまり離れると、本当に死んでしまうからの」
「ぁ…あの…」
「なんじゃ?」
歩き出した鬼女を、少年は呼びとめる。少年には、疑問に思う事があった。
「な…なんで…すぐに食べない…ですか?」
それは、“なぜ自分は生かされたのか”だ。
鬼女の言う通り、自分は彼女を殺すのが目的だった。
だが、彼女はそれを知っても、一切報復することもなく自分を生かした。
“呪いを解くため、妖術を学べ”と言うのも、なぜそんな回りくどい事をするのか…それも、10年と言う長い期間だ。
“不味いから食べない”と言っても、そんな長い期間を待つ必要はあるのだろうか?
「…なんじゃ?おぬしは今すぐに喰われたいのか?」
「ぁ…ちがっ…」
「…そうじゃのぉ…」
鬼女は少しの間考える様子を見せた。
そして、妖しく笑い応えた。
「…単なる暇潰しじゃ」
鬼女はそう言い、再び歩き出した。少年は慌ててその後を追いかける。
「…」
だが、少年はもう1つ疑問を持っていた。
先程の彼女の『あまり離れると、本当に死んでしまうからの』、そして『その愛は偽物じゃからな。決して忘れるでないぞ』と言う発言。
少年からしたら、その発言はどこか自分の身をあんじているかの様に感じられた。
その微かに感じられた優しさ、それを鬼女の背を見ながら考えるが、その答えは出なかった。
暗く風の音と獣の鳴き声がどこからか響く山の中。1人の鬼女と1人の少年が、誰にも見られる事なく歩いていった。