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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

出会わざるべきもの 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一遍。


あなたも共に、この場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 あらら、またあそこにできたお店、潰れちゃったのか。

 昔からさ、あのスペースって飲食店が立つんだけど、そう長くは持たずにテナント募集の張り紙がされちまう。よくもったところで、一年半だったか。

 二つ前くらいに入っていたラーメン屋は、なかなか美味かったぜ。結構、ひいきにしていたのに、それでも店をたたんじまう所を見ると、自分の力のなさをひしひしと感じるな。俺を含めた特定の人の貢献なぞ、大局的には微々たる援助にしかならん、という結果のせいでよ。

 気に入った場所や、印象に残った場所。そこが唐突になくなっちまうっていうのは、時間を置かねえと、理解が追いつかないこと、しばしばだ。

 突然の消失に関する昔話。最近仕入れたんだが、聞いてみないか?


 むかしむかしのこと。

 戦によって先祖代々の土地を奪われた彼は、幸い、別の村で受け入れられて、開墾不十分な新しい土地を耕ししつつも、狩猟を行うなどして生計を立てていたそうだ。

 いまだ慣れない山野の中、朝から獲物を追っていた彼は、ふと気がつくと、自分が地理を把握していない森の奥まで入り込んでいることに気がついた。

 帰り道がわからない。木立や茂みの中をしゃにむに分け入っていくうち、やがて森の中にそぐわない雰囲気を持つ、やや広めの屋敷にたどり着いた。


 木の板でできた塀に囲まれ、開かれた木戸の奥に見えるのは、土壁を持つ一軒の家屋。大きさは今現在、彼が暮らしている家よりもやや小さめといったところ。

 木戸の前には、簡素な槍を携えた男がひとり立っている。鎧兜を身に着けていない小袖姿で、ものものしさは感じない。

 すでにのどが渇き、腹の虫が鳴り始めた彼がふらふらと近づいていくと、案の定、槍の男が立ちふさがった。


「このようなところに、何用か」


「猟を生業なりわいとしているものだ。このあたりにまだ慣れていないゆえ、迷い込んでしまった。あつかましくて恐れ入るが、休ませてもらえぬだろうか」


「――少し、待っていろ」


 槍の男は、草履を引きずるようにして音を立てつつ、奥の屋敷へ引っ込んでいく。ほどなく戻ってきて、彼は奥へ上がることと泊まることを許されたが、二点、条件を出される。


 双方、相手の身の上については、一切の詮索をしないこと。

 もしも、現在、留守にしている主人が帰ってきたならば、時間を問わずに出て行ってもらうこと。


 これさえ守ってもらえれば、あとはゆったり羽を伸ばして構わない、との話だった。

 奥の屋敷へ通された彼は、髪をすっかり白くした、60前後と思しき老女と顔を合わせる。その後、四畳半ほどの小さい板の間へと案内された。

 飯を用意するので、少し待っていて欲しいと告げる老女。その間、周囲を見回す彼だったが、見事に何も置いていない。

 自分の腰あたりまでを板、その上を土で固めた四方の壁。

 窓もなく、壁が途切れるのは自分と老女が出入りした口のみと、窮屈なつくり。立ち込める、ほのかな木の香り以外に、生活の気配を感じなかったらしい。


 出された飯に関しても、玄米と魚の切り身の入ったすまし汁。それに白菜が少々という質素なもの。

 老女に関しても、飯を持ってきた以降で顔を出したのは、明かりが必要な否かと尋ねてきた時だけ。あとは姿を見せない。

 どことなく、よそよそしくて、得体が知れなかった。。

 逃げようと思えば、今からでも開けっ放しの出入り口から抜け出せるだろう。

 しかし、室内の暗さはだいぶ増してきていたし、どこからかオオカミの遠吠えも聞こえてくる。帰り道も分からないと来れば、自殺行為だ。

 彼は護身用の小刀を腰に帯びたまま、上着を掛け布団の代わりとして、横になる。

 物音には敏感な性質たちだ。ちょっとでも怪しい気配があれば、飛び起きる。その自信があったんだ。

 

 だが、彼の警戒をよそに、何事もなく一夜が明けた。

 自分で起きた彼は、早々に支度をして辞去する。別れ際、老女が教えてくれた道の通りに進むと、あっけなく自分が済む村の裏手に出ることができたらしい。

 迷っていた時には思いもよらないほど、屋敷はここから近い場所にあった。彼は一日、ほっぽりっぱなしにしていた田畑の仕事を終えた後、知り合いに昨夜のできごとを話してみたが、全員が口をそろえて「その屋敷のことは知らない」と答える始末。

「ならば」と彼は覚えている道筋をたどり、一緒に存在を確かめに行くことを提案したが、これもまた全員が、もろもろの事情で断ってきた。


 自分よりも長くここに住んでいる者たち。それが、こんな近場にある屋敷のことを知らないはずがない。翌早朝、彼は朝飯前の仕事とばかりに、記憶に新しい道を逆流してみたんだ。

 ところが、あの屋敷があった場所には、だだっぴろい地面が広がるばかり。あの時に見た、塀の一部分すら残っていない。

 ただ、屋敷の敷地内だったと思しき場所は土がむき出しだが、それよりも外側は、世界が変わったかのように、うっそうと草が茂っていたそうだ。


 ――狐に化かされたなら、一面の草原でもおかしくないはず。それがどうしてわざわざ、屋敷の気配を残した?


 もののけの気まぐれ、と考えるには、やけに手が込んでいる。

 彼はむき出しの地面を数回足で踏みにじり、しっかりとした感触がそこにあるのを確かめると、我が家へと取って返したんだ。

 それから、ひと月の間。村にはこれまでめったに姿を見せなかった侍の一団が、やって来るようになる。

「検地を実施する」という建前で、田畑の測量をしていく一団。それは数日間の泊まり込みで行われる入念なものだったが、彼は侍たちの一部が、毎日、ひっそりと屋敷があった森の中へ姿を消し、時間をおいて戻ってくるのを、目に留めていた。


 ――やはり、あの場所には自分の知らない何かがあるのでは。


 あの時に出された飯の味を思い出しながらも、彼はもう一度、その場へ向かおうとはしなかった。

 侍たちに割れているのであれば、村の皆におおっぴらに屋敷のことをしゃべってしまった自分も、警戒されている恐れが十分にある。

 村にとって自分は新参者。ここはうかつに藪をつついたり、尻尾を出したりせず、自重の一手だ。

 そして検地が終わり、侍たちが村を去って10日後。戦のための人手を捻出するようにというお達しが、村にやってきたんだ。


 このような時、彼のような年季が浅い者は、出兵の圧力にさらされる。

 よそ者で、元からいなくても構わなかった存在。その弱い立場を幸いに、村の生産力を守るための、鉄砲玉とされるんだ。

 彼は槍を手に、戦場へと向かう。彼のついた軍は野戦で大勝し、その勢いのままに敵城へと突進したようだ。

 

 彼は果敢に戦ったが、身体に何本か矢を受け、混乱に乗じて退こうとしたらしい。

 その時、横合いから大上段に刀を振りかぶって突進してきた雑兵のひとりに、肩から先の左腕を献じることになった。

 昂っているためか、その場での痛みはなかったそうだ。彼は猛然と組みかかり、押し倒した後、腰の小刀を首へ一気に突き立てて、雑兵を絶命させる。

 仕留めた相手を満足に見やることなく、彼は戦線を離脱。大樹の幹へよりかかって左腕の止血に努めつつ、いまだ騒ぎが止まない、城の方を向く。

 いくつかの矢倉から火の手が上がっているのが分かり、攻め手の勢いが増しているのが見て取れたという。


 その日のうちに城は落ち、彼は失った腕の痛みが湧いてくるのに耐えながら、帰路に着く。応急処置はしたものの、じばらくは家でゆっくり静養したかった。

 ところが村へ戻った彼は、たちまち村人たちへ囲まれ、詰問される。


「お前は一体、どうやって屋敷を隠した? そして、なぜ今になって隠すのを止めた?」と。


 屋敷のことを村人たちが知らない、というのはウソだったという。

 あそこはかつて殿様に仕え、暇を出された乳母がひっそりと住むところ。同時に、殿様を含めた侍たちが、しばしば集まる場所でもあったらしい。

 それが、彼の話があってより、屋敷ごと煙のごとく消失してしまって、今日まで行方が分からなくなっていたんだ。検地に来た、侍たちも確認している。


 もうこの時点で、彼への疑いは強いものになっており、出兵のお達しがあと数日遅ければ、私刑による拷問も考えられていたとか。

 話によれば、彼がちょうど腕を失った辺りの時間に、屋敷がなくなった時と同じように、ふっと現れたらしい。その瞬間を見た者によれば、瞬きする間に現れたとのことで、木戸の番人も、中の元乳母である老女も無事。

 ただ彼らにとっては、いなくなっていた間の記憶がなく、すでにひと月以上の時間が経っているにも関わらず、あの彼を泊めたのは昨日のことだと口にして、ゆずらなかったらしい。


 彼はけが人であるにも関わらず、村長宅の地下牢に軟禁され、尋問を受けたが、自分にとってもわけがわからず、答えることができない。

 それを強情と取られ、死ぬ一歩前まで、彼は痛めつけられたそうだ。

 翌日。更に事態は彼にとって悪いものとなる。

 彼が攻め落とすのに貢献した城。あれが夜明けと共に、ぱっと堀ごと消えてしまったという報が届けられたんだ。


 もう、村人たちは止められなかった。彼は敵勢の間者であると決めつけられてしまい、ズタボロの姿のまま、殿様の元へ引き出されることに。

 あまりに話が荒唐無稽なため、侍は彼を処刑せず、獄につなぐことを決定したそうだ。

 殺すつもりはなかったそうだが、戦で疲れ、腕を失い、拷問され続けていた彼に、もう体力も気力も残っていなかった。

 数日後に、彼は獄死を遂げてしまう。その死が確認されるのとほぼ同時に、消失した城が突然、現れ出た。

 中にいた兵たちも、自分に何が起こったか分かっておらず、数日が経ったことを自覚している者はだれ一人、いなかったという。


 彼が何者であったのか、それは彼自身にも分からず、答えは出なかった。

 ただ少なくとも、あの屋敷や城に出会うべきではなかった者だ、とこの事件を知る人はうわさしたのだとか。



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気に入っていただけたら、他の短編もたくさんございますので、こちらからどうぞ!                                                                                                  近野物語 第三巻
― 新着の感想 ―
[一言] せっかく生きて帰ってこれたと思ったら、そんな……。 出兵の圧力……。このあたりの事情は本当に何とも言えない気持ちになりますね。 けれど、判断としては間違っているとは言えず……難しいものです。…
[良い点] 説明できそうで、説明できない。理不尽な怖い話で、読後感が最悪です(最高です!笑) ホラーは書くのが難しいといいますが、その点、微妙なバランスで話が構成されていて、無理なく世界観に入り込めま…
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