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優しさの形  作者: みそR
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中学最後の正月

人間なんて、生きた自己満足の固まりに過ぎないのかもしれない。

当時、小学生4年生だった佐藤聡は、目の前で起きたイジメを見て、他人事のようにそう考え、視線を手元の漫画へ戻した。


 一月一日、午前2時15分。年越し早々の極寒の中、神社へ続く長蛇の列が既に何十メートルも出来ていた。その列の一人である佐藤聡は、ふっとこう思った。寒い寒いと言いつつガヤガヤと五月蝿く並んでいるこの群衆は、ただのキチガイの集まりなんじゃないかと。もしくは、寒すぎて帰りたいとかマジで死ぬと言っているそばからその苦行に耐え忍んでいるあたり、もしかして聖人を目指しているのか余程のマゾヒストなのかもしれない。それか忍者の末裔か。耐え忍ぶ者と書いて、忍者。だとしたら、日本人のほとんどは、忍者と呼んでも過言ではないのかもしれない、と。

「聡、まだ神社つかないのかよ。マジさみーよ。死ぬー」 

隣にいる幼なじみ、馬場 元気(ばば げんき)がそういいながら聡の腕に抱きついてくるが、彼は腕を乱暴に振り払い、その腕を引きはがした。そして、確信的な一言を告げる。

「んなの、半袖短パンなんだから当たり前だろうが」

「あぁぁぁ。ぬくもりが、人のぬくもりが恋しいっぃぃぃぃぃぃ」

「だから、ちゃんと服着てこいって言っただろ」

 そういう聡は、これでもか、というぐらい服を着込んでいた。人間要塞と比喩出来る程で、外見が体格の二倍にまで膨れ上がっていた。「これから、冬将軍を倒しにいくんだ」っと言われても、まんざら可笑しくない姿だ。

「なら、せめて服を貸してくれよ」

「嫌だ」

「ホント鬼畜だよあんた」

「優しさが本当の優しさとは限らないだろうに」

 そういうと、聡は自分の胸に両手を当て、どこぞのB級俳優の如く感傷に浸り演じ始めた。

「そう。俺はさ、お前にこの身をもって知って欲しいんだよ。人類の英知、服ってのは大切なもんなんだって。それを疎かにしたお前が悪いって。あぁ、ライオンが己の子を谷に落とす気持ちとは、こういうことなのか」

 あまりにも白々しい言葉に、眉をあげる元気。

「実際のとこは?」

「俺以外の事なんかどうでもいい」

「やっぱり、ただの鬼畜じゃねーか!」

 前年も、そう言えばこんな会話をしていたな、っとふっと思い返す二人だった。

元はと言えば、神社に行こうと誘ったのは、元気からの方だった。除夜の鐘が鳴り終わり、なんとなく気になってた特番を見終わってた聡が、コタツから出て自分の部屋で寝ようとしたとき、チャイムの音が響いた。コタツの反対側にいる父、剛に視線をやるが、空の缶ビールに囲まれて寝息を立てている。面倒だと思いつつも、サウナ状態に近いコタツから重い足を引っこ抜いて、なんとか立ち上がった。

 「どちらさまですかー」

ドアを開けて見えた顔は、いつもの見知った顔だった。

「よっ!」

 開けた扉を閉める。始まりがあれば終わりがある。そんな当たり前な事のように、聡は扉を閉めた。さて、寝るかっと。外にいる友人、馬場元気の事など気にもせず、何もなかったかのように寝室に向かうが、ドアの向こう側からかすかに声が聞こえる。

 「お前、本当にこのままでいいのかよ」

力を入れて拳を作り、ドアにそっと触れて、念じた。頼むから、届いてくれっと。部屋にいる聡はそれに対して、何故シリアス口調なの?っと、ただ元気の空気に置いてかれるばかりだった。

 「中学最後の年越しが、なにもなく、ただ呆然と過ぎてく。時間ってのは、ただでさえ容赦なく通り過ぎていくものなのに、あまりにも膨大過ぎて、実感が湧かない程の量で重なり連なる。それは、有限が、無限なんじゃないか?って勘違いしてしまうぐらいにな。人間の悪い癖って奴なのかな。大事なもの程、見落としちまうってのは」

 いつまで続くのこれ?そう思いながらも、しばし興味本位でドアの前で立ち止まる聡。呆れながらも、何故かこの言葉に心引かれるのは、中二病臭い台詞が、聡の心の隅を刺激していたからだ。

ドアを挟んだ元気の演説は、まだ続く。

「青春まっただ中である俺達のこの時間なんて、振り返ればほんの一瞬なんだろうな。きっと、思い出すのもやっとなぐらいに薄まってる。大人ってのは、忙しい生き物だから仕方のないことなのかもしれない。いつまでも、昔の事考えかまけてる暇なんてないからよ……、そんなのわかってるんだけどよ、俺は、そんな大人になりたくない!そんなになるなら、どうせなるなら、ゆっくり生きていこうなんて、そんな堕落した生き方なんてしたくねーんだよ!だから、俺は言うよ、お前に。今、この瞬間を、忘れられない日にしたいから。一緒にいれば、そんな日に出来ると信じてる親愛なる親友に。これでもかって気持ちを込めて」

 どくんと、聡の体内に音が響いた。脈があがったのか、それとも心臓の音なのか。秒刻みに、いや、その心音は上限知らずに早くなっていく。

ああ、本当は最初から分かっていたんだ。これは、そんなちっぽけな音なんかじゃないって。これは生きる鼓動だ。心が熱く燃えている音だ!魂の呼吸なんだ!!そう、聡が気付いたときだ。目の前のドアから、コツンコツンっと、優しく暖かな音色が飛んできた。拳に念じた想いは、確かに、綺麗な音色っとなって、親友の心に届いたのだ。

 「さーとーる君、遊びましょう」

 あぁ、今行くよ。彼は、想うがままに答えた。偽りのない、童心の心で。

 「いいよ」

 一時間後、極寒の外で長蛇の列に並ばせられ、冷静になった聡はこう思うのだった。

 その場の流れだけでお参りに行くのだけはやめようっと。


 

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