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26℃のラーメン

作者: 空超未来一


放課後のチャイム。

校舎中をかけ抜け、自由のおもちゃ箱を配り回る。


「海藤。ぐずぐずしてんといくで」

「……ちょい待ち」


青谷に呼ばれて席をたつ。

これだから生き急ぐ人は嫌いだ。


「今日は何作るんかな?」

「寒いからラーメンがいい」

「それしかいわんやん」


ラーメンを愚行する気か?

イケ麺の前でうそぶくとは言い度胸だ。


一応ラーメンがいい理由でもでっちあげよう。


「ほらもう寒いし。ラーメンでも食べてあったまろうって僕のあったかい気遣い」

「夏は冷やし中華推しだったやつがなにいうてんねん。結局ラーメンやないか」


中華麺を馬鹿にすると痛い目を見るぞ。


そんなこんなで部室に到着。

とはいっても料理研究部の部室は家庭科室なんだけど。


ドアを開けると、むわっと旨みの凝縮された硝煙が顔をおおった。

至福。


「いらっしゃい」


先に来て料理を作っていたらしい佐藤先輩が跳んだ。

よくわからない。


「ほんまにラーメンやんけ!」

「家庭科室界隈から気づいてたけどね」

「さむいんが苦手と言い、お前は猫か」

「まあまあ中にはいりたまえ」


おもむろにブレザーを脱ぎ捨てながら部長が手招きする。


「豚骨ベースですか」

「豚骨みそべーすでてやんでい」

「キャラを統一してくださいただきます(ずずっ)」

「どんだけ好きやねんいただきます(ずずずっ)」


この男、僕のラーメン好きを呵責ばかりするのだが、ラーメンの淫靡な魔力には抗えなかったみたいだ。

はやく楽になればいいものを。


「…………まずっ」

「なんなんこれ。スープはええとしても麺べちょべちょやん」

「そうかいっ!!?」


いつのまにかYシャツも脱いで上半身裸の部長が振り返りざまに僕らを一瞥する。

ボルトとナットを用意しないと。頭のねじもろもろ変えなくちゃ。


「つか佐藤先輩、さむくないんですか?」

「エアコンがかかってるよ。地球にも優しい26℃設定さ」

「にしては寒すぎやねんな、この部屋」

「なんのためのエアコンだと思っているんだ!?」

「少なくとも服を脱ぐためちゃうわ! ベルトに手をかけるな!!」

「…………ずずっ」


スープは美味いのに、もったいない。


「ああっ! 先輩これ冷房の26℃やんけ!! そら寒いわ!!」


冷房の……26℃?


「ねえ、青谷。冷房の26℃と暖房の26℃では何が違うの?」

「…………言われてみれば。なんなんや?」


はた、と思考停止の青谷。

口がぽっかり視線は天井。絵に描いたマヌケずらだ。


しかし、冷房暖房一緒説は不思議だ。


「エアコンって設定した温度にしてくれるんでしょ? だったら結局同じだと思うんだけど」

「それにしては寒いで? この部屋、15度もないんちゃう」


彼の言う通り、この部屋は異常に寒い。


…………もしかすると。僕たちはとんでもない発見をしたんじゃ。


「青谷。ノーベル賞とったら北海道と博多の食べ比べしたいな」

「急になんの話!?」

「古今東西のラーメンを食べたい話」

「そもそもノーベル賞からおかしいしな」


ノーベル賞なんてどうでもいい。

ラーメン将なんてお店ありそうだね。じゅるり。


「でもこれって、俺らの思い込みで体感温度が変わるってことやんな」

「世紀の大発見。今すぐ国会に殴り込み」


窓から飛び出そうとばかりの僕を青谷が止める。


止めてくれるな友人。止めるなら冷房にしろ。意味がない。


「ふっふっふ!!」

「「……???」」


背後から律動的な笑い声が耳に入ってきた。


この剣呑さ……まさか。


「君たちに真実を教えてやろう!!」

「し、真実……?」


青谷がごくりと生唾を呑み込む。


まさか……冷房暖房一緒説の真理を知っている……?


「くっくっく。実はなぁ……」


パンいちの佐藤先輩はためにため、こう言い放った……っ!!



「そのラーメン、焼きそばの麺を使っていたのだよ……っ!!」

「な、なんだってーッ!? だから美味しくなかったのかーっ!!」


驚愕の青谷。


知ってた。

ラーメンマスターの僕を侮るなよ。


「エアコンを冷房設定にしたのも私だ!!」


な、なんだってーッ!?


「どうしての冷房なんかにしたんですか?」

「エアコンってさ、外の空気と部屋の空気を交換する機械なんだよ。夏なんかは部屋の暑い空気を外にやって涼しい分を中に送る」


なるほど、塩ラーメン。

あ、さっぱりってことだから。


「要は冷房は冷たい空気を出して、暖房は温かい空気を出すってわけ」


うーん。まだチャーシューかなぁ。

あ、胸やけするってことだから。胸が苦しいともいう。


「つまり冷房にしても、部屋は温まらんってことか」

「ザッツライッッ!!」


ビリリッ。佐藤先輩はパンツをスパッツのごとく破り捨てた。

そもそも通報しておこう。


……っていうか。


「どうして冷房にしたかの答えになってないと思うんですけど」

「あーソーリーソーリー。トナカイとソーリー。っつてね」


ピポパ。


「焦るなよ海藤少年。なぜ冷房にしたかを知りたいんだね」

「もしもし警察ですか」

「それはだねッ、君たちにラーメンをより美味しく味わってほしかったからさッ!!」

「なんだってーッ!?」



アツアツ出来立てのラーメンは冷えた身体にこそ染みわたる。


そうか……っ!

冷房を使うことで、僕たちの身体を冷やし、より美味しくラーメンを……っ。


「一生先輩についていきます!!」

「俺の速さについてこれるかな?」


凄絶な感情が込み上げてくる。


これが師弟愛……っ!?



高ぶる感情が積み重なり、僕も上着に手をかけた。


その時、


「別に、冷房つけんくても寒いやん」

「「…………」」


僕のスープを熱く煮えたぎらせていた火が消し止められる。


よくよく考えてみればそうだ。

すぅっと冷え切っていくのが分かる。


「…………(ずずっ)」


とりあえず、伸びないうちにラーメンを完食しておこう。

スープは美味い。

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