ろく
遅くなりました。
それでも読んでくださる方に感謝を。
ぎゅっと抱きしめられると、胸の柔らかさと直接伝わってくる鼓動がたまらなく私を安心させてくれる。
前世が私たちと同じ日本人だったと話していたことを疑いたくなるほどストレートに愛情を伝えてくれる。
意外と笑い上戸で時々タキや私のなんでもない仕草がツボにはまってずっと笑っている。
薄い水色の目にプラチナみたいな髪の毛。爪は短く切っていて、髪もせっかくキレイなのにいつもまとめている。
おばあ様は違うから、騎士爵の嫁はこうあるべき、みたいなことでもないみたい。オシャレも最低限でむしろ私たちの方がクローゼットのバリエーションは多いと思う。
でもキレイ好きでいつでも清潔にしているし、お風呂も毎日入らない家が多いらしいのにうちは必ずと言っていいほど毎日わかしてくれる。
手料理も全部美味しいし、手作りのお菓子なんて友だちにジマンしてあるけるくらい。
タキが帰ったとたんになにかあった? って訊いて、その日は友だちとケンカしてた、なんて事まであったから、実は心が読めるのかと思うくらい、私たちのことをよくみてくれてる。
名前を呼ばれるのも好き。その声だけでカッコで(大好き)って言われてるみたい。
怒るときは怖いけど、その悪いことだけを怒って、最後にはなんでか私の全部に対して愛情を伝えて終わるから、もう自分でもわかんないくらいやったことが恥ずかしくなるの。
しかも、わざとやったこと以外、怒らない。失敗したことだったら、絶対フォローしてやり直させてくれる。わざとやったことですら、本当は甘えたくてやったことなら見抜いちゃうんだもの。
自分で自覚してるし、隠そうとしてるけどタキだってけっこう重症なマザコン。
騎士団付属の学校がある。基本的な読み書きや計算、魔力が多い子はその使い方を教えてくれるのが、3年間。
その上の学校もあって、街の子ども達は働き始めるかそっちに行くかわかれる。8才から9才で働くなんて最初は驚いたけど、ようするに家の店やなんかの手伝いとかやりながら覚えるってことらしい。
私やタキは上の学校に通ってる。騎士団の団員の子どもも多い。
そこで必ず習うのは、魔物がなぜか数年から数十年に1度凶暴化して大繁殖すること。氾濫と呼ぶのだという。
前回の氾濫は私たちが生まれる前だったけれど、その時に後遺症の残るような大ケガをおって、引退した人達が学校の教師として働いている。
体験談だからこそ心に響くし、危機感も持てるからだとか。
剣の授業、魔法の授業。
その合間の氾濫の話の時に、魔力枯渇した後も剣で闘い、街の門を守りきって立ったまま亡くなった女性魔法師の話があった。
剣を使っても騎士顔負けの腕前だったとかで、群れを深追いして街から騎士団が離れていたため、その人が居なければこの街はもしかしたらもうなかったかもしれない、と。
英雄だ、と他の男の子が言った。
先生は、英雄なんかじゃない、と言った。
氾濫の規模がもう少し小さかったら、騎士団がもっとはやく帰ってきていれば、あるいは深追いするときに部隊をわけていれば、今も生きていた。
その人も犠牲者の一人なんだ、と。
どんなに言葉を飾っても、その人を亡くした家族は今も傷を癒せてはいない。
静かに話す先生の表情に、私たち生徒はなにも言えなかった。私たちが生まれる前。けれど、身近に遺族はいて、すぐ前にその時の後遺症で騎士を引退せざるをえなかった人がいる。
遠い昔の話じゃなかった。
魔物は毎日の食卓にならぶ、いわば前世の家畜のような存在だと思っていた。牛やブタ、鶏。スーパーやコンビニにならぶどこか生命を感じさせないそんな食材。
食材は、人に襲いかかったりはしない。
母様の言っていた、死が日本よりも身近な世界なんだ、ここは。
日本では、考えられなかったような危険と隣り合わせに私たちは生きているんだと、否応なしに教えられる。そんな言葉に導かれるように、私たちは毎日の剣の、魔法の一つ一つを身につけていく。