に
今の私はいわゆる専業主婦、ということになると思う。
井戸から水汲み、なんかは魔石のおかげでしなくていい。
魔法の力はイメージができるか、魔力が放出できるか、などにかかってくる。魔法属性なんかは厳密にはわけられていないけれど、魔法が使えない人でも魔力はあるので魔石に魔力を通すことで水を出すとか、その程度は出来る。
さて。
ここで思い出すのは私の母の職業。
騎士団所属の魔術師。つまり遺伝的にはつかえるはずなのだ、私にも。
後は、根性あるのみだ。
魔物がいるこの世界、絶対に魔法は使えた方がいい。
イメージトレーニングなら新人の頃に点滴や採血の時にさんざんやっていた。ようは必ずできる!って自己暗示も有効だってこと。
さあ、始めよう。私の肉体年齢は18歳。まだまだ十分間に合う。
我が子に教えるには自分も魔法が使えなければ話にならないのだから。
まずは水を出す。球体、手のひら大。
成功。ここまでは以前からできていた。ここからイメージを膨らませていく。
形を変える。円柱。円錐形。正方体。立方体。三角錐。
それから温度。温度計のないこの世界、でも分子運動くらいは同じはず。分子運動を小さくするイメージで氷、大きくするイメージでお湯。ぬるま湯、いい湯加減、熱いお湯、熱湯。
出来た。小さい頃に母に習ったときは出来なかったこと。嬉しくなった私の心が伝わったのか、お腹の子がまた蹴ってきてふらついて。
結果、手のひらから手首にかけて火傷してしまった。
痛いけど、冷やしておけば…いいえ、ここがイメージのしどころなのでは?
熱傷の程度はまだⅠ度くらい。皮膚が治癒していくイメージで、魔力を通していく。…治った。治った!
興奮して立ち上がり、途端に目眩がしてふらつく。焦らない。起立性低血圧? だとしたら足を上げて横になっていれば大丈夫。
横向きで足のしたにクッションをいれて、枕を外して…でも気持ち悪さが、目眩が消えなくて、眠気に逆らえなくなった。
…バカだ。これ、魔力を一気に使いすぎたからだ。
夕飯の支度もまだしてないのに…
眼が覚めると美味しそうなにおいがしていた。義母がスープをいれた器を持ってちょうどはいって来るところだった。
「お義母さま、申し訳ありません」
「何を言ってるの、今日は倒れたっていうじゃない。ムリしちゃダメよ?」
夫と同じ茶色い髪に深い森の瞳が心配そうに揺れている。
「ギルから頼まれたのよ。様子をみてきてほしいって。ネマちゃん、あなた一人の体じゃないんだからもっと頼って良いのよ?」
嫁姑の仲ではあるけれど、そこは幼馴染みの親。自分のおてんばな過去を知られているし、食いしん坊なことも知られている。
素直に頼れるもう一人の母だ。それこそ自分の親に叱られて泣きついた事さえある。
お礼を言ってスープをいただいた。肉団子と細かく刻まれた野菜の味がお腹に温かく染み渡る。もう一口、と口を開けたところでまた蹴られた。
なぜ!?
義母は笑いながら足の形がわかるくらい変形したお腹に手をあてて、
「今食べてるの。落ち着きなさい」
と話した。
「ギルもそうだったのよ、時々食べてる最中に蹴ってきて。自分も食べたかったのかしらね」
…好きな人の子どもなことは本当に嬉しい。でも、そんなところは似なくてもよかった。
それからも毎日、懲りずに魔法の練習をしていた。
少しずつ魔力も増えたのか、たらいに一抱えもある氷をだして小さな真空の刃を使ってカービングをしてみたり。うん、なんだか方向性がぶれてきている気もするけれど、あえてこの道を行ってみる。
だって、攻撃的な魔法の練習は胎教に悪い。
そして、そうこうしているうちに陣痛がきた。
初産だけど、記憶では2回目。大丈夫。大丈夫。陣痛を逃がしながら魔法の手紙をだして義母と産婆に助けを求めた。
人が慌てていると自分はかえって落ち着くのよね。パニックをおこしてムダに右往左往している夫をみてしみじみ思った。