いち
初投稿です。よろしくお願いします。
道を歩いているとき、不意にお腹を蹴られた。中から。かなりの衝撃でおもわずうずくまってしまった。痛い。でも、暫く休めばおさまるし、これは幸せな痛み。お腹の子が元気な証拠。
お腹に手をあてて少し暴れないでくれるよう頼む。
いい子だから、おうちに帰るまで待ってね。
まわりの視線が恥ずかしいけれど、お腹の子が蹴ったから、と説明すると元気な子だと微笑まれる。
あー、恥ずかしい。この子、生まれた後もこんなに元気なんだろうか。大変そうだけど、良いこと、よね?
そう、元気で生きてくれてさえいれば、それでいい。あの子みたいに元気で…
あの子?
頭痛とともに、意識を失い、それでもお腹はかばって倒れた私はしっかり母親なのだろう。
眼が覚めると自宅の寝室。だれかがしらせてくれたのか、夫が私の手を握っていた。騎士だというのに、仕事をほっぽってきても良いのかと思いつつ、その気持ちが嬉しい。そう、とても優しい人。だから、私自身混乱しつつも声をかけた。
「あなた、心配かけてごめんなさい」
深い森のような濃い翠の瞳に私が映った。
「ネマ、どうしたんだ? 何があったのかわかるか?」
私はお腹の子が元気すぎて時々しんどいこと、今日は特別ひどく暴れたことを話した。
「ギルバートの子だもの、元気で当たり前なのよね。でも、これからは気をつけるわ。帰ってきてくれてありがとう」
私のお腹に手をあてて、夫…ギルバートが微笑みながら囁いた。
「二人の子なんだ、暴れん坊なのは仕方ないさ。おい、やんちゃしすぎるなよ、腹から出たら暴れかたを教えてやるからな?」
「…ギル?」
笑いながらもにらむと夫は何故か嬉しそうに私の髪をすいた。
「すこしくらいやんちゃな方が俺たちの子どもらしいだろう?」
二人でしばらく笑って、夫は職場に戻っていった。
夫は父の友人の子だった。幼馴染みの私たちは親から決められた婚約者だったけれど、自然にお互いへの想いを育み、今では誰よりも愛しあっていると周囲からもいわれている。結婚して、もうすぐ一年半。結婚してすぐに私の両親は仕事中に魔物から街を守って亡くなった。愛情深く育ててくれた両親の死にしばらくたちなおれず、泣きくらした。父が騎士として、母が騎士団所属の魔術師として、この街を守ったのはわかっていても、心が追いつかなかった。大好きだった、いえ、今でも大好きな両親。
親の愛情というものを教えてくれた人たちだった。
全部覚えている。
その上でよみがえってきた記憶。
日本という国で生まれ育ち、看護師として働きながら子どもを女手ひとつで育てていた。両親は物心つく前に事故で他界。養護施設で育ち、心の空白を埋めたくて結婚。うまくいかずに離婚してから妊娠に気づき、一人で育てた息子はそれでも愛しくて。でも、ある日酒酔い運転の車にひかれて、大学に行く前に死んでしまった。
人の死は仕事がら身近にあるものだった。
でも。
息子の死だけは受け入れたくなかった。割りきれなかった。
そのあとの記憶は曖昧だ。
恐らくはそれほどながくは私も生きてはいなかったのだろう。
そして、息子がお腹の中にいたときと同じ痛みを感じてよみがえってきた記憶。
これは、もしかしたら私にもチャンスがめぐってきたのかもしれない。
鏡のなかの前世とは似ても似つかないプラチナブロンドの髪とアイスブルーの若い女に笑いかけてみた。