夢うつつ
PCオンリーのブラウザゲー『Another Seven』。領地の開拓、施設の増設、武器・農具の開発。人口を増やし、潤った大地から回収するマナを捧げることで神の恩恵を得る。よくある町づくりのゲームだ。
携帯端末非対応のため、家に篭もれる人間が自然と有利になる。その差を埋めるのは大人の力──課金しかない。とはいえ、俺は息抜きにと始めただけで、特にこだわりを持たない。朝起きてすぐと、帰宅してから寝るまでの間に簡単な指示を出す程度である。
それでも、こつこつと育て上げた冒険者を魔物の巣窟に派遣したり、新たに開発した雨降らしの魔術で農地に水をやったり。やれることは限られるものの、ものを作る行為自体は嫌いじゃない。得られる利益を町の発展に費やし、着々と地盤を固め、歩みは遅いが、目に見える成果にそれなりの満足を覚えていた。
そんなある日の朝である。
「町長、大変でございます!」
けたたましい音とともに、頭部の禿げあがった初老の男が、俺の寝室の扉を開け放って叫んだ。
「──え! お前、誰……?」
飛び起きた俺は異様な雰囲気を前に怪訝な顔をした。
「オークの群れがこの町に押し寄せております! 指示を下さいませ!」
あぁ、なんだ夢か。今日は休みだから昨夜は遅くまでプレイしていたんだっけか。その延長の指示を夢の中にまで求められるとは困ったものである。
「冒険者を向かわせたらいいでしょ。オークくらい余裕なんだから」
俺は驚いた拍子に跳ねあげ、散乱してしまった布団を拾い上げ被り直す。
「冒険者は現在クエストに向かわせて不在です」
そうだっけか? そういえば、大量の鉱石を集めるために全ての冒険者を鉱山に向かわせた記憶がある。
「じゃあ傭兵でも募集したら?」
臨時に雇う傭兵は割高で、自らが育てた冒険者に比べれば見劣りするが、それなりの働きをしてくれる。稀に、町から町へと移ろう猛者が混じっていることもあり、交渉次第ではお抱えの冒険者として雇うことも出来る。
「あいにく、前夜の馬鹿騒ぎで酔い潰れておりまして……」
そうだった。住民の信頼値というものが設定されており、この値が高いほど内政に反映される。それを上げるために昨夜は祭りを開き、食料と酒を全住民に施したのであった。
「ということは……」
「はい、町長自らが出張るしかないかと」
「そうなるよね。まぁオーク相手なら問題ないか」
町長と呼ばれてはいるが、プレイヤーは魔術師という職が与えられている。この世で魔術とは、限られた者しか扱えず、捧げたマナの多寡で神から授かる神秘の力とされている。
「で、オークの規模は?」
「五十はいるかと」
「他の領主の嫌がらせかな? それにしては投資する額が少なすぎるけど」
領地を繁栄させるとともに、他の領主を出し抜く。いずれは七つの大陸に名を轟かせることがこのゲームの目的であり、邪魔となる者には魔物を送り込むことも可能である。
「ゴブリンよりちょっと強いくらいのオークが五十匹程度、これで落とせる領地なんてないでしょ」
「普通落ちます……」
「魔術師がいなければの話でしょ?」
俺は壁に立てかけてあった先端に赤い水晶の嵌められた杖を手に取り、先導する老人の後に付いていった。そんなに慌てなくてもすぐ終わるって。そう声を掛けるも、老人は気が気でないといった様子だ。
町をぐるりと囲った石壁の上を伝い、一際高く組まれた物見櫓へと場所を移す。
「あれでございます」
物見櫓は半径五km圏内の索敵が可能となる。おおよそ町から三km先に、件のオークの行軍が目に留まった。マップが表示されないのは不便だな。メニューコマンドが何ひとつない夢の中で、俺は目視した対象に向けて杖をずいっと突き出した。
「ファイアストーム」
燃え盛る炎がオークを中心に渦を巻く。手斧や錆びた剣、中には鎧を装備した個体。そのいずれもが、たちまち火炎の餌食になる。運良く致命傷を避けた者には個別でファイアボールをお見舞いしていく。装備が弾け飛び、肉も爆散していった。
「お見事でございます」
「うん。それじゃ、そろそろ寝るね」
「はい。あと数時間もすれば冒険者たちも戻ってくるでしょう。後始末はお任せ下さい」
「頼むよ」
俺は自室に戻り、再び夢の世界へと旅立った。夢の中の夢とか不思議な感覚だ。しかしそもそも、夢に整合性を求めるべきではないだろう。
そして翌朝。
「町長大変でございます!」
目を覚ました枕元には、一通の手紙が置かれてあった。
「大変って何が?」
俺は辺りを見回し、本来の自室ではなく、昨日訪れたゲーム内の自室であることに戸惑いを覚えた。
「その手紙に押された刻印は、女神を象徴する薔薇十字の紋章。おそらくは女神様からのメッセージかと」
薔薇十字……? 確かこのゲームの運営会社はクロスローズといったか。得心のいった俺は封を破り、中から便箋を取り出した。このタイミングで運営からの手紙とか、嫌な予感しかしない。
『拝啓 西田悠里人様
いつもAnother Sevenをご愛顧頂き有難うございます。クロスローズの朝宮と申します。今回はAnother SevenのVR化につきまして、お詫びと報告をさせて頂きます』
VR化? そんな話聞いたことがないぞ。まさかこの世界は夢じゃなくて……。
『弊社の扱うVR作品におきまして、西田様が以前に登録された個人情報がそのまま適用されるという手違いが起こり、現在西田様はAnother Sevenの世界を独断先行するという事態に陥っております』
やっぱりか! それにしても独断って表現はどうなの? 俺が勝手に来たみたいな言い草じゃないか。
『つきましては、お詫びと致しまして、10連ガチャ券を同封させて頂きましたのでこれからの旅にご活用下さいませ。何と、ウルトラレアのキャラが必ず一体は排出される貴重なガチャとなっております。紛失のないようお気を付け下さい』
それだけー?
封筒を漁り出てきたのはガチャ券10枚。虹色の装飾がされたいかにも高級そうな手触り。他には何もなく、先程読んだ便箋は一枚きり、今後の対応がまるで記されていなかった。
ガチャ券なんて貰っても……。それよりここから出る方法はないのかよ。途方に暮れる俺は、暫く呆然としたのち、ガチャ券に何らかの救済方法が秘められているのではと思い至り、強く握り締め、使用するよう念じてみた。すると。
10枚のガチャ券は円を描くように浮かび上がり、くるくると渦を巻くように俺の周囲を回り出した。
『10連ガチャはじまるよー!』
どこからか幼い女の子の声が響き渡る。現状を鑑みるに、滑稽と言わざるを得ない緩い空気に俺は溜息をついた。そんな俺の意志とは関係なく、高速で回転するカードの中から、一枚のカードが捲りあがった。
『スーパーレア! 俺の名はジェームズだ! よろしくな!』
傍らには筋骨隆々の背の高い戦士の男が立っていた。俺の雇う冒険者はレアしかいないので戦力が大幅に増強されたことになる。って違う。そんなの今はどうでもいい。
次の一枚が捲りあがる。
『レア! ワシはセルバス。よろしくですじゃ』
禿頭の老人……。こいつ、俺を起こしに来る奴と一緒じゃねーか。ただの町人かと思ってたけど一応レアなのね。口調に今まで「じゃ」なんてなかった。無理やり言わされてる感があるな。
次の一枚。
『スーパーレア! 私はノインよ。迷宮の罠なんて解除してあげるわ』
肌の露出が多い盗賊タイプの女性。これは迷宮探索がはかどるな! さすが運営直々に手渡されたガチャ券だぜ。ヒャッホー! って違う!
次。
『レア! ワシはセルバス。よろしくですじゃ』
またお前か! 起こす以外に何が出来るんだよ!
次だ次。
『ウルトラレア! カサンドラだ』
虹色の光が瞬き、現れたのは暗黒騎士。こいつさえいればダンジョン攻略が余裕と言われる最強キャラの一人だ。素直に喜べないのが悲しい。現実世界なら飛び跳ねているところだ。
次。
『スーパーレア! 火竜の杖!』
おぉ! 欲しかった杖じゃないか! 魔術師専用装備で火属性魔法が大幅に強化される。喜んでる場合じゃないけどこれはちょっと嬉しい。
よし次!
『レア! セルバ……』
はい次!
『レア! フランです。よろしくね。キャピっ』
花妖精のフランか。こいつがいると農作物の収穫が早くなるから便利なんだよな。なんと言っても可愛いし。俺的にはスーパーレアの価値があるな。
次!
『レア! 三連弩!』
びみょー。
次! これで最後か。
ウルトラレアは既に出ているけど、大抵の場合、確定枠は最後に来る。これはワンチャンありまっせー!
『確定枠だよー! ウルトラレア!』
きたきたー!
虹色の光の奔流が、俺を祝福するかのように弧を描く。
どうせこの世界からすぐに出られないなら、役に立つ人材が欲しい。欲を言えば内政系のヴリトラがいい。能力が抜きん出ている上にめちゃ色っぽいしな。
そんな俺の思惑を馬鹿にするように排出されたのは。
『帰還の書!』
──は?
『これを使えばすぐに現実世界に戻れるよ! やったね!』
手紙に同封しろよ!