8話【真摯な謝罪】
――とりあえず店へと戻り、気絶した少女が目を覚ますのを待つことにした。
銃は取り上げてあるし、もう危険はないだろう。
待っている間に、イルルに何があったのかは説明した。
あちらは無事に日本酒を発見したらしく、色々な銘柄を飲み比べていたら帰るのが遅れてしまったらしい。
「これって、やっぱり銃だよな……?」
どう見てもフォルムが銃としかいえないものを眺めつつ、少女がこんなものを持っていたことに、おれは改めて驚きを感じていた。
「ふむ……これにも魔導機関が使われているようだな。おそらくこの筒から魔法を撃ち出すような仕組みになっているのだろう」
火薬で鉛玉を撃ち出すのではなく、魔法を撃ち出す魔導銃というわけか。
なんにせよ、物騒なことに変わりはない。
「ん……ぅ……こ、ここはどこっすか?」
やっと目を覚ました少女は、ぼんやりとした声で疑問の声を発した。
食い逃げ強盗犯として街の警備兵に引き渡すのが普通の対応かもしれないが、まだ少女ともいえるこの子を、犯罪者として突き出すのは酷かと思ったのだ。
銃を向けられたときは怖かったが、魔導銃の反射の直撃をくらったこの子が無事に目を覚ましたということは、本当にこちらを殺すつもりはなかったということだ。
どういった対処をすべきか決めるのは、事情を聞いてからでも遅くはないだろう。
「……ふん。ちょっとぐらい優しくされただけでころっといくほど、ネイリは単純じゃないんすよ」
なるほど……名前はネイリ、と。
「ずいぶんな態度だな。まずはジンに何か言うことがあるのではないか?」
「うるさいっすよ。それよりもネイリの銃を返してくれっす。泥棒はよくないっす」
「ほう……」
イルルは騒ぐネイリの首根っこを掴み、ひょいと持ち上げると、「少し隣の部屋を借りるぞ」と言って少女を連れていった。
何をするつもりなのだろう?
――しばしの静寂。
おれは待っている間に、イルルが持ち帰ってきた酒をぺろりと舐めてみた。
色は完全な透明ではなく、ちょっと濁っている。
ほんの少しだけ酸味があり、ふわりと漂う酒の香りはなかなか強烈だ。
料理で使うには申し分ないが、喉ごし爽やかにゴクゴク飲めるほどあっさりはしていない。
ふーむ。これは、どぶろくに近いかもしれないな。
「いや、でもこれはこれで……」
おれがそんなことをしていると、程なくして二人が部屋から出てきた。
「――う、ぇ……ぐす。あの、お金を奪った挙句、銃を向けたりして本当に申し訳ありませんでしたっす」
なんと、ネイリが正座するように座り込み、額を床に擦りつけて謝罪したではないか。
おおぅ、これはもしやジャパニーズ土下座というものじゃなかろうか。
いや、日本人であってもなかなかお目にかかるものじゃないというか、こっちの世界にも土下座が存在するのかという驚きからそんな感想が浮かんだわけだが。
――というか、イルルってば、この子にいったい何をしたんだ?
ネイリの怯えようを見るに、なんだかとても怖い目にあったような気がするのだけれども。
「まあ、その……なんでこんなことをしたのか、事情を話してくれないか?」
「うう……ネイリは、もともと国境近くにある村で暮らしていたんす。でも、ファルファトリアの襲撃に巻き込まれて村が壊滅してしまったんすよ」
国との境目にある村や街なんかが、戦火に巻き込まれることが多いのは、どこの世界でも同じらしい。
「しばらく途方に暮れていたんすが、村を襲ったやつらに復讐してやりたいって気持ちもあって、国境の砦にいる兵士に頼み込んで働かせてもらえるようになったんす」
少年兵……いや、少女兵ってやつか。
「もちろん、最初は雑用係みたいな扱いだったんすけど、銃の扱いとかを教えてくれる人もいて、やっと復讐できると思っていた矢先に……砦を追い出されたんす」
「そりゃあ……なんでまた?」
「なんでも、この街にいるリムリアって総督が視察に来たとき、年端もいかない少年少女には武器を持たせないように指示したらしいっす」
……なるほど。おれだってリムリアさんのことを深く知っているわけではないが、あの人はそういったことを言いそうな気がする。
「下働きとしてなら雇うことはできると言われたんすけど、そのときはカッとなって断ってしまったんす」
うーん。追い出されたというよりは、必死になって銃の訓練をしたのに、それを取り上げられてしまい、怒って飛び出した……という感じか。
「あの銃は、そのとき餞別としてもらったんす」
その餞別というのは、兵士が快く渡してくれたのか、それとも勝手に持ち出してきたのか、ちょっと気になるところである。
「でも……結局ネイリは子供だったんす。銃が使えるとはいっても、誰もこんな子供を傭兵としては雇ってくれないんす。それどころか変なサービスをさせる店に連れていかれそうになるし、お金もほとんど無くなって、空腹と疲れでクタクタになってるところへ、この店からおいしそうな匂いが漂ってきたってわけっす」
変なサービス、だと?
いや……うん。深くはツッコまないほうがいいだろう。
レイトルテは大きな街だし、そういった店がないほうが逆に不自然である。
「お腹がいっぱいになってちょっとは落ち着いたんすけど、あんたが稀人ってことで総督に便宜を図ってもらったって聞いて、なんだか急に腹が立ってきて……つい」
この子が砦を出ることになった原因は、悪気はないにしろリムリア総督であり、稀人というだけでその総督から目をかけられていることに憤りを感じたわけか。
自分からは武器を取り上げたのに、なんでこいつだけ……と思うのも、まあ無理はない。
ひとまず、だいたいの事情は呑み込めた。
「話してくれてありがとう。とりあえず、君を警備兵に引き渡すことはしないでおくよ。大変だったんだろうけど、もうあんな真似はしないでほしいと思う」
「……それはありがたいっすけど、約束はできないっす。飢えて死ぬぐらいなら、野盗にだってなる人間も大勢いるんすから」
ネイリはそう言って、置いてあった銃をマントの中へとしまい込み、店を後にしようとした。
ここで少女を見逃し、注意だけするのは、おれの自己満足というものだろうか。
「あ、いい忘れてたっすけど、ここのご飯は最高においしかったっす。ごちそうさまでした」
ぺこりと頭を下げ、どこか気恥ずかしそうに笑ってみせた彼女を――。
「……待った」
おれは、知らずのうちに呼び止めていた。
声をかけられるとは思っていなかったのか、少女はゆっくりとこちらを振り返る。
「よかったら、ここで働いてみないか? 傭兵として働くのが無理だったんなら、そういった選択もありだろう」
「は、はぁ? それは本気で言ってるんすか? ネイリは八つ当たりであんたを突き飛ばして、お金を奪ったんすよ?」
「二階の部屋には空きがあるし、住み込みで働ける場所のほうがそっちもいいだろう。オープンしたばかりで給金はそれほど多くあげられないが、商売が順調にいけば相談にも応じる」
「いや、そうじゃなくてっ……」
「まかない飯も付ける!」
「ぐぬぅ……っす」
しばし黙り込み、なにやら考え込んでいるネイリ。
「ずいぶんとまた、思いきった提案をしたものだな」
傍にいたイルルが、そんな感想を漏らした。
どのみち、料理から配膳までを一人でやるのはしんどかったのだ。
誰かを雇うならば、多少なりとも事情がわかっている相手のほうが良い。それに……。
「一つ質問なんすけど、なんでネイリなんすか?」
そんな当然すぎる質問に、答えはいくつかあった。
事情を聞いて相手のことを少し理解できた。
にこりと笑った顔に愛嬌がある(※客商売ではかなり重要)。
自己満足の続き。
――などなど、色々と浮かんでくるが、一番大きい理由は単純なものである。
「えーと、ネイリが、その……おれの妹にちょっと似てたから」
そんな答えを聞いたネイリは、きょとんとした顔をしてから、面白いことを言われたかのようにクスクスと笑いだした。
「あは、ははは。それってホントっすか?」
下手なナンパのようにも思えるが、実際そうなのだから仕方ないだろう。
そりゃあ、口調なんかは違うけども。
ようやく笑いがおさまったネイリは、小さく咳払いをし、棘が抜けたような柔らかな声で挨拶をしてくれた。
「ネイリ・プルーレです。あの、この口調は癖みたいなもんす……ものなので、よろしくお願いします」
「こちらこそ。タチバナ ヒトシといいます。呼ぶときはジンでかまわないよ」
「わかりました。ジン……さん。えっと、そちらの……」
「ああ、イルルのこと?」
「イルルさんとは、どういった関係なんすか?」
ちょくちょく夫婦ネタでからかってくるが、イルルもおそらく本気ではないだろうし……。
「まあ、色々と理由があって一緒に暮らしている感じ? かな」
「そうなんすか? ネイリはてっきり……」
少女は、おれの耳元でささやく。
「てっきり、ジンさんが奥さんの尻に敷かれているもんだと思ったっす。でも気をつけたほうがいいっすよ。イルルさんは間違いなく元ヤ――――」
そこまで言いかけたネイリは、またまたイルルに首根っこを掴まれ、すごい勢いで隣の部屋に連れていかれてしまった。
――そうして、今度はしばらく部屋から出てこなかった。