4話【同郷の魔導技師】
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――レイトルテの街を眺めつつ、幾度か総督府の場所を道行く人に尋ねながら、なんとか無事に総督府とやらに到着した。
「ここが総督府か。なかなか立派な建物ではないか」
赤煉瓦のやわらかな色合いに、壁には採光用の窓がいくつも並んでいる。首を限界まで上に向けると、強い風雨にも負けないであろう色鮮やかな三角屋根が帽子のようにかぶせられていた。
「そうだね。イルルが竜になった姿よりもでっかいな」
「……まあ、わしが本気になれば、このような建物など数秒で平らにすることができるがな」
んん?
なんか今、とてつもなく物騒な言葉が聞こえたような気がしたが、聞かなかったことにしてしまうのが正解だろう。
何千年も生きた聡明な竜が、まさか建物と張り合うだなんてことがあろうはずがない。
総督府に入ると、当然のことながら衛兵と思われる人たちに呼び止められた。
自分が稀人であることを告げ、リムリア総督に色々と話を聞かせてほしいので、なんとか会う時間を作ってほしいと伝える。
総督に面会を求めるというのは、日本でいうと、いきなり県知事に会わせてくれとお願いするようなものかもしれない。
うん。かなり無茶だ。
――しかし、おれが稀人であることが、かなり好材料として働いたようである。
舞踏会でも開催できそうな立派な玄関ホールを抜けた先にある応接室へと案内され、しばらく待っていると、扉をノックする音が響いた。
「お待たせしました」
「おうおう! 地球からやって来た稀人がいるってのは本当か!?」
応接室に入ってきたのは、物腰の柔らかそうな女性と、いかにも職人気質な親父といった男性だった。
「わたしはこのレイトルテで総督をしているリムリアと申します。こちらの男性の名前はゲンジさん。実は彼も――」
「おお! その髪色に顔立ち……お前もしかして日本人か!?」
紹介の途中だった男性が、おれの顔を見るなりぐいぐいと距離を縮めてくる。
「は、はい。橘 仁志っていいます。もしかして……あなたも!?」
「おおおお! ひっさびさに日本語を聞いた気がすらぁ! やっぱ故郷の言葉ってのはじ~んとくるもんだなあ!」
豪快に笑うゲンジという壮年の男性は、本名を伊藤 源治と名乗った。
ずっと前に日本で起こった大地震のなか、命からがら逃げ惑っていたゲンジさんは、気がつけばこの世界にいたのだという。
当初はゲンジさんも異世界に来たなどとは思わず、かなり苦労したらしい。
なんとか街にたどり着き、魔力の高い人間と引き合わされ、やっと言葉が通じたことで、ようやく現状を理解し始めたのだとか。
幸いだったのは、ゲンジさんが飛ばされたのがアテナ連合国内だったこと、そして日本で暮らしていた頃には、かなり腕の良い技術屋だったことだ。
驚くことに、ここ最近の魔導機関の発達は、ゲンジさんの協力なしには成り得なかったことらしい。
地球の工業技術と異世界の魔法技術――それらが組み合わさったことで、魔導機関は実用化されるに至ったとのことだ。
「おうよ! 俺はもともとエンジンなんかを開発してたからな。魔導機関の基部構造の設計なんかを手伝ったってわけよ。おかげさまでなんとか飯を食わせてもらってる。今は総督府が管理している研究所に籍をおいてるんだが……まさか、同郷の人間に会えるとは思いもしなかったぜ」
「ゲンジさん。感動の対面を邪魔するようで悪いのですが、わたしにも少し話させてくださいね」
リムリアと名乗った女性は、失礼かもしれないが総督という肩書きが似合っていなかった。
外見を見る限りでは、彼女はおれと年齢がそう変わらないように思える。
美しいブロンドの髪をポニーテールにしているため、余計に若く見えるのかもしれないが。
「あなたは、ゲンジさんと同じ国で暮らしていたのですね。そちらの方とは、この世界に来てから知り合ったのですか?」
新緑のような色合いの瞳が、おれとイルルへ向けられた。
「はい。おれがこっちに飛ばされて、困っているところを色々と助けてもらいました」
……あれ? ちょっと待った。さっきゲンジさんと会話しているとき、おれは普通に日本語を話していたらしい。
それなのに、なぜリムリアさんは会話の内容を理解できたのだろう。
魔力のおかげで、俺が発した言葉がゲンジさんには日本語のまま、リムリアさんには異世界言語に翻訳されて伝わったということか?
いやいや、それでもゲンジさんが喋った日本語までは自動翻訳されないだろう。
「それは、わたしも“あなたと同じく”魔力を有しているからですよ」
にこりと、リムリアさんが微笑んだ。
「な、なにぃ! お前、なんで魔力なんて持ってんだ!? 俺なんてすんごく苦労して、やっとこっちの言葉を少し喋れるようになったってのに」
おれが魔力を持っていることに、ゲンジさんは驚きの声を上げる。
自分が必死になって習得したものを、他人が簡単に手に入れていたら、多少は恨めしくもなるだろうが、ゲンジさんはただ単純にびっくりしているだけのようだった。
「それほど驚くことではないだろう。この世界の人間にしても全員が魔力持ちというわけではない。むしろ魔力を有しているのは、ほんの一握りの者だけだ。そこにいる総督のようにな」
イルルが、すかさずそんなフォローを入れてくれた。
「だとすれば、そもそも数が極めて少ない稀人の中で、今まで魔力を持った者が確認されていなかっただけとも考えられる」
「むぅ……たしかにそう言われると、そうなのかもしれねえけどよ」
「あちらの世界では魔力という概念がないのかもしれないが、潜在的に稀人が魔力を持っていたとしても、不思議ではないということだ」
ゲンジさんが静かになった隙に、おれは気になっていたことを尋ねた。
「あの、リムリアさんに聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」
「ええ、構いませんよ」
「もとの世界に帰る方法は、ないんでしょうか?」
漂い始める、重苦しい沈黙。
これと同じような空気を、ついこないだ味わった気がする。
「せっかく訪ねてくださったのに、お力になれないのは心苦しいのですが……それはわたしにもわかりません」
「てやんでい! そんな簡単に帰れるのなら、俺だってとっくに帰ってらぁ」
やっぱり、そう上手くはいかないか。
だが……こうして同郷のゲンジさんと知り合えただけでも収穫かもしれない。
「ただ、ゲンジさんの話にもあったように、大きな災害に巻き込まれ、いつの間にかこちらの世界に来てしまったという稀人が多いようです。記録を調べても、津波や大嵐に呑み込まれて海を漂っていたらこちらに流れ着いた――という稀人の記述がいくつかありました」
そう……なのか。おれは災害に巻き込まれた覚えはないが、ひょっとすると大地震でも起こる直前だったのかもしれない。
そう考えると、もとの世界に暮らしている家族が心配になってきた。
「今はまだ理論の段階ですが、魔導機関に膨大な魔力を注ぎ込み、それを一気に解放することで、一時的に同じような現象を起こせないかと考えています」
世界の境界に対して、強引に亀裂を発生させるというのは、なんだかちょっと格好いい。
「ですが、現在の魔導機関にはそれに耐えられる強度はありませんし、必要な出力を生むことも難しいでしょう」
「まあ、俺が必死こいて魔導機関の開発に協力してるのは、生活のためだけじゃなくて、自分がもとの世界に帰るためってのが大きいな。もっとも、まだまだ時間がかかりそうだがよ」
がっはっは、と快活に笑うゲンジさん。
「それに、仮にそんだけのスゴいもんを作れたとしても、無事にもとの世界へ帰れるとも限らねえ」
たしかに、偶然が重なってこちらの世界に来てしまったのなら、たとえ同様のエネルギーを発生させたとしても、もとの場所へ帰れる保証はどこにもないのだ。
「だが――何もしないよりはずっといい。そうだろ?」
グッと親指を立ててサムズアップする姿は、素直に格好いいと思えた。
にしても、これはかなり有用な情報を教えてもらえた気がする。
もし手がかりが得られなければ、この街で軍資金を貯めて世界各地を回ろうかとも考えていたが、ここはゲンジさんの開発が順調にいくよう手伝うのが一番かもしれない。
とはいっても、おれにできることは限られているが。
「今度はこちらから質問したいのですが、あなたは、もとの世界でどのようなことをしていたのですか? 先程の話にあったように、魔導機関の実用化にはゲンジさんの協力がとても大きかったのです。そのため、わたしは稀人の持つ知識や技術にとても興味を持っているのですよ」
「おれは、もとの世界では料理人でした」
ゲンジさんのように、魔導機関の開発に役立つような技術は持ち合わせていないが、食べることは人間にとって大事なことだ。
きっと、役に立てることはある。
「おお! 料理人ってのは嬉しいねえ。こっちに来てから日本の食事が懐かしくってしょうがねえんだ。自分で作ろうにも、俺はカカアに家のことは任せっぱなしだったから、台所に立ったことなんて生まれてこの方なかったしよ!」
どうやら、ゲンジさんには奥さんがいるらしい。
早く帰りたいという気持ちは、きっと俺以上にあるのだろう。
「なるほど……稀人の料理人、ですか」
「できれば、この街でしばらく商売をさせてほしいのですが」
「リムリア総督! こいつに街の一等地で商売させてやってくれよ。俺は毎日だって通うからよ」
街で料理屋を営む許可を求めたところ、ゲンジさんも乗り気で、リムリアさんに交渉してくれた。
「もちろん、街で商売をする許可は申請してもらえれば出せます。それと――」
リムリアさんは、何か良いことを思いついたとばかりに両手を胸の前でポンと叩いた。
「もし、わたしが悩んでいる事案の一つを解決してくれれば、街の一等地にある場所を無料で貸し出しましょう」
「え……でも、おれは料理人ですよ?」
隣国との小競り合いが多い、国境近くにある大きな街――レイトルテ。
そこに総督として滞在している彼女が抱えている事案は、なんだか荒事の匂いがした。
「そう身構えなくても大丈夫ですよ。稀人の料理人だからこそできることが、色々とあるでしょうから」