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21話【お仕置きタイム】

 ――――――――



 ――――



「――……さん――……ジンさん! 大丈夫っすか!?」

「――ぐ……」


 意識が一瞬飛んでしまったようだが、誰かが呼ぶ声で目を覚ました。


「ネイリ……か。そっちは、無事か?」

「はい。ジンさんが咄嗟にかばってくれたおかげで、大した怪我はしてないっすよ」


 宙に浮かぶ、ふわりとした感覚というのは異世界につながるゲートで味わったが、クルマごと地面に激突する衝撃は初体験である。

 魔導車はバラバラに壊れてしまったようで、辺りには部品が散乱していた。


「痛っっ――」


 体を起こそうとすると、全身が痛んだ。

 肩に激痛が走り、腹の奥のほうから何かがこみあげてくるようで、こらえきれずに咳をすると、真っ赤な液体がべチャリと地面に吐き出される。


「こりゃあ……本当にヤバイな」


 ネイリをかばったときにしこたま打ったようで、頭も割れるように痛い。

 というか、心臓の鼓動に同期するようにして、頭部から血がどんどん流れ出ていっている。

 なんか……またもや意識が朦朧としてきた。


 そんなおれを、爬虫類のような縦長の瞳孔をした竜――ミドガルズオルムが見下ろしていた。


「ネイリ……なんで逃げないんだ? いつもなら、お先にどうぞって、背中を押すのに……」

「それ……本気で言ってるんですか? ここでそんなことをしたら、ネイリは本当に恩知らずなバカじゃないですか」


 ん……? なんか、喋り方が……。


「ジンさんには、感謝してますから」

「ああ……ヘイトリッド隊長のことか?」


 ここに来たのも、彼の無事を確かめたいとネイリが言ったからだ。


「それもありますけど……その他にも色々です。店で雇ってくれたことや……おいしいものをたくさん食べさせてくれたり……それに、ネイリを家族みたいに扱ってくれました。ジンさんみたいなお人好しは、きっと街中探したって見つかりませんよ」


 そう言って、ネイリは腰のベルトに差してあった魔導銃を引き抜く。


「だから、ここでジンさんを置いて逃げるわけにはいきません」

「おい、やめ……ろ」


 ミドガルズオルムを相手に、そんな銃が効くはずもない。

 下手に攻撃すれば、ネイリにまで怒りの矛先が向いて命を危険に晒すだけだ。


「バカなこと……するな」


 おれは必死に止めようとするが、少女はにこりと笑って引き金に指をかける。


「さっきのネイリの話、聞いてましたか? 意味がないかもしれなくても、ここでジンさんを守るために何もしないのは――――それこそ、バカなことなんすよ」


 ガチリッ、と引き金が絞られた。




 ――ああ……おれが悪かった。

 頼ってばかりで悪いとか、自分にできることをするとか……そんな格好つけたことを言って、もとの世界に帰る機会すら無駄にして……結局はこのざまだ。


 おれは、格好悪い。

 今このときに、助けを求めるのが最高に格好悪くて情けないと言われても、その通りだとしかいえない。

 だから、頼む。



 ――――助けてくれ。



 ――――――――



 ――――



 ――ネイリの銃から魔法弾が撃ち出され、それが大蛇に命中した瞬間――その巨体が大きく揺らぎ、轟音とともに吹っ飛んで地面にめり込んだ。


「えっ――」


 撃った本人であるネイリが一番驚いているようだったが、おれは倒れたままの姿勢から上空を見上げる。


 ああ……本当に、来てくれたのか。


 大きな翼が風を切るような重厚な音が響き、ズズンッと超重量級の体が地面に降り立った。

 美しい鱗に覆われた立派な体躯は、最初に会った頃と何も変わっていない。

 いや、食事が改善されたせいで、あのときより心なしか艶があるんじゃないだろうか。


「……ありがとう。イルル」


 彼女はおれの状態を目に留めて、ピタリと制止した。

 鏡がないため、自分ではよくわからないが、おそらく相当に酷い状態なのだろう。

 骨がいくつも折れてるみたいだし、血を吐いたってことは内臓も……というか、気を抜くと意識が飛んでしまいそうだ。


 ――刹那、世界が停止しかねないほどの咆哮が天を衝いた。

 それは地面から這い出してきたミドガルズオルムさえ例外ではなく、その巨体がビクリと固まるほどだったと言っておきたい。


 本当に……とても情けないことであるが、おれはイルルがそれほど怒りを露わにしてくれたことが、ちょっとだけ――嬉しかった。



◇◇◇◆◆◆◇◇◇



 ――何が起こった?


 わけもわからず、地面から這い出ると……そこには怒りの咆哮を上げている竜の姿があった。

 可視化しそうなほどの魔力の奔流が渦巻き、こちらを牽制するかのようにぶつけてくる。

 間違いなく、自分と同じく太古の昔からこの世界に息づく竜種だ。


「ちょ、ちょっと待てよ。何をそんなに怒ってるんだ? いきなり殴りかかるなんて」

「……黙れ」


 その一言で、心臓が凍りつきそうになった。

 なにを怒っているのか知らないが、きちんと話せばわかってくれるだろう。


「お前……そこにいる人間――ジンに何をした?」


 そこの人間というのは、地面に転がっている男のことだろうか。

 こいつは、おそらく竜の生き血をすすったことで魔力を得た人間であり、問い詰めたら罪を認めたかのように逃げ出した。

 妙な乗り物で逃げ切ろうとしたようだが、そうはいかない。


「ボクは欲深い人間が嫌いでね。天罰を与えてやったのさ。ちょっと尻尾で弾いてやっただけで、もう虫の息に――」


 ――その瞬間、自分の喉元寸前で何かが空気を切り裂いた。


「なっ……」


 目の前にいた竜が一瞬で間合いを詰め、その鋭い爪を振るったのだ。

 咄嗟に身を引いていなかったら、危うく喉を切り裂かれていたところである。


「いきなり何をするんだ!? ちょっとはボクの話も聞けよ!」


 相手はこちらの話に聞く耳を持たず、口から炎のブレスを吐き出した。

 とんでもない熱量が込められているようで、火炎や雷撃を得意とする自分でさえ、まともに喰らえば無事では済まなさそうだ。


 長い体をよじるようにして躱したが、その炎は意思を持っているかのように追いかけてくる。

 まったく、とんでもない相手だ。


 こちらを追尾してくる炎を避けきることができず、鱗がジュワッと音を立てて焼け焦げた。

 なおも肉を焼き尽くさんばかりに燃えているため、たまらず土中に逃げ込むようにして穴を掘った。

 土中を勢いよく突き進み、炎が消えたと同時に脱皮することで焼け焦げた部分を一瞬で再生させる。


「いい加減にしろ!」


 このまま一方的にやられるわけにもいかず、地中から身を出すと同時に雷撃を繰り出した。

 天より放たれる稲妻に匹敵するほどの威力を持つ雷撃は、命中すればいかに強靭な竜の鱗で守られていようとも、まとめて消し飛ぶ――……はずなのだが。


「や……やったか?」


 その竜は雷撃を物ともせずに突っ込んでくるではないか。


「――なにやら、ムズムズするな」

「ば……かな……ぐっ」


 強靭な腕で首を掴まれ、どうにも身動きがとれない状態になってしまった。

 なんとか身をよじり、尻尾の先で相手の横腹を突き刺してやったのだが……まったく動じる気配もない。

 いかに竜鱗が固くとも、自分とて竜なのだ。

 ミドガルズオルムの強靭な尻尾の一撃は、古代に栄えた文明の中で生み出された超硬金属――オリハルコンでさえ容易に貫くことができる。


 だというのに……。


「お前は……竜、なのか?」

「それ以外の生き物に生まれ変わったつもりはないな。最古の竜種といっても、その種類は色々とある」


 長き時を生きる竜の中でも、ミドガルズオルムはかなり強力な竜に分類される。

 太古からの歴史を振り返ったとしても、上位の存在といえるのではないだろうか。

 それを相手にして、これほどまでに圧倒的な力で蹂躙することができる存在など、極々限られている。


 そんなことができるのは……。

 この世界が創造されたときに生まれたとされている、原初の始竜。

 その血を受け継ぐとされている――


「――……ティア、マット……?」

「安心しろ。殺しはしない…………たぶんな」


 目の前で、巨大な竜がグバァッと顎を広げていく。

 そこからは――もう一方的だった。


 ……いや、最初から勝負にすらなっていない。

 灼熱の炎のブレスが、何度も何度も体を焼いていった。


 数発どころの話ではない。

 数十発――数百発のブレスが身を焦がし、もう焼くところがなくなったのではないかと思えた頃に、ようやく解放される。


 ゴミを投げ捨てるかのようにブンッと地面に叩きつけられ、心の底まで響きそうな冷たい声でこんなことを言われた。


「……何か、言うことがあるんじゃないのか?」

 と。


「あの、なんというか……本当にすみませんでした」

「……」


 ――無言。

 それがたまらなく怖い。


「……脱皮しろ」

「え?」


 何を言われたのか、一瞬わからなかった。


「お前は、脱皮することで再生するのだろう?」


 紅い眼の中にある琥珀色の瞳孔が狭まるように細くなり、こちらを睨みつけている。


「謝る相手を間違っているようだから、お仕置きの再開だ」

「いや、だって、なんのことか……」

「わからないのだろう? だから――」


 ボクは、このときの恐怖を絶対に忘れないだろう。

 そして、絶対にこの竜の機嫌を損なうような真似はしないでおこうと……そう思った。


「わかるまで――焼いてやる」

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