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18話【おにぎりと三人の兵士】

 ――時は少々遡り、アテナ連合国とファルファトリア聖教国の国境にある砦にて。


「むぐ、もぐ……おお? 当たりだな。こっちは牛肉の佃煮が入ってた」

「こっちだって、ツナマヨがぎっしりと詰まってるぞ。これさえあれば他には何もいらないな。街に戻る機会があったら、このマヨネーズとかいうソースをそのまま飲みたいぐらいだ」

「二人とも……いいなあ。こっちは梅干し入りだよ。俺はどうにもこの酸っぱさに慣れないっていうか……好きな人は好きらしいんだけど」


 これから夜間の警備につこうとしている兵士三人が、砦にある食堂で仲良くおにぎりを食べていた。

 自分の好きな具を選んで食べることができるのだが、兵士の間では、中に何が入っているのかわからない状態で食べるという行為がはやっているらしい。


「にしても、このおにぎりってのは優れもんだよな。米ってのがこんなにうまいとは思わなかったよ。色んな具が楽しめるし、小麦のパンより安いんだろ?」

「ああ。なんでも、リムリア総督が色々と手を回してくださったそうだ」

「り、リムリア総督ってすんごく素敵だよな。美人で頭が良くて、俺たち兵士のこともしっかりと考えてくれててさ。魔法だって使えるエリートなのに、偉そうにするわけでもなく、前の総督とはえらい違いだよ。はぁ……結婚してぇ」


「「あきらめろ」」


「ぐっ……ところで、ファルファトリアのやつらはいつになったらあきらめてくれるんだろうな。どんな神様を信じていようとかまわないが、こっちのことを異教徒と決めつけるのは乱暴すぎるだろうに」

「まあな。でも、ここ数日は静かじゃないか?」

「いつ悪さをするのかわからない相手を警戒するのは、それはそれで神経をすり減らされるけどな。しかしまあ、この砦には新型の魔導兵器も設置されてるし、うかつに手出しできないと悟ったんだと思いたいね」

「だといいな。もう、国境近くの村を襲うだなんて悲劇は起こさないでほしいもんだ」


「そういえば……村の生き残りとかいう女の子が、こないだまで砦にいたっけな。あの子ってどうしたんだ?」

「ああ、ネイリちゃんだろ? 隊長が色々と面倒をみてたみたいだけど、いつの間にかいなくなっちまったな」

「ああ。あの子も可愛かったなぁ。普段はちょっとツンツンしてる感じだったけど、たまに見せるあどけない笑顔がなんともいえない癒やしを与えてくれるっていうかさ。はぁ……結婚してぇ」


「「あきらめろ」」


「ぐっ……お前ら、さっきからそればっかじゃないかよ」

「当たり前だろう。お前とあの子じゃあ、いくらなんでも年が離れすぎてる。っていうか、お前の守備範囲広いな」

「いや、たしかに緊張した毎日が続いてるせいか、癒やしが欲しいっていう気持ちになるのはわからないでもないけどな。俺だって休暇をもらえたら、多少は羽目をはずしたい気分だよ」

「休暇か……」


 新たな砦の建設も進んでいるため、今よりも国境の防衛が盤石になれば、ファルファトリア側の活動も沈静化されるかもしれない。

 そうすれば、砦にいる兵士も交代で休暇をもらえるはずだ。


「もし休暇がもらえたら、どうする?」

「そうだなぁ……噂で聞いたんだが、レイトルテの街に珍しい店が出来たそうだ。なんでも、稀人の料理人がおいしいものを食わせてくれるんだってよ。このおにぎりも、その料理人が考案したもんだって話もあるぐらいだし」

「へえ。じゃあ、そこで腹いっぱいになるまで飯を食いたいな」

「そうか? 俺は稀人の見慣れない料理より、懐かしい故郷の味を存分に味わいたいね。だいたい、異世界の料理が俺たちの舌に合うかはわからないじゃないか。おにぎりだって、本当にその料理人が考えたものか怪しいぞ」


「――いや、休暇をもらえたら、ぜひその店に食べに行ってみるといい」


 三人の兵士が談笑しているところへ顔を覗かせたのは、彼らの直属の上司ともいえるヘイトリッド・バウ隊長だった。

 短い金髪が精悍な顔つきにとても似合っている彼もまた、お腹を空かせて食堂へとやって来たのだ。


「「「こ、これはバウ隊長! お疲れ様です」」」

 三人は椅子から立ち上がり、敬礼する。


「ヘイトリッドでかまわんよ。もう長い間、この砦で顔を突き合わせているわけだからな」

「あの……ヘイトリッド隊長は、さっきの話にあった店に行ったことがあるのですか?」

「ああ。総督府へ定期報告をするために街を訪れたとき、ちょっとな」


 あのときはオムライスなるものに舌鼓を打ったのだが、後日に振る舞ってもらったミノタン焼肉は、今でも思い出すだけで涎が出そうになる。

 凶暴なミノタンの肉をたった一日で手に入れてくる手腕といい、炭火を用いた網焼きという異世界の料理技術といい、実に素晴らしい。

 出来ることなら、毎日だって通いたいほどだ。


 そんなヘイトリッド団長の話を聞き、三人の兵士たちはゴクリッと喉を鳴らした。


「そんな話をされては、行かないわけにはいきませんね」

「ああ、ぜひ行ってみるといい。いや、休暇をもらえた暁には、そこで皆に飯でも奢ってやるとしようか」

「「「ありがとうございます!」」」

「うむ。辛いかもしれんが、励めよ」


 兵士たちはヘイトリッド隊長に礼を言ってから、食堂を後にした。


「稀人が作る料理かぁ……なんていうか、隊長の話を聞いたら俄然食いたくなってきた」

「そうだな。故郷の味も捨てがたいが……珍しい料理ってのも食べてみたい」

「ああ、ヘイトリッド団長。ご自分が一番大変なはずなのに、俺たちみたいな一般兵にまで気を遣っていただいて……なんて優しい人なんだ。はぁ……結婚してぇ」


「「あきらめ――なんだと?」」


「ん? え……あ――」

「お前……オールラウンダーだったのか……もう守備範囲っていうレベルじゃないぞ」

「まさか、こんなところでカミングアウトされるとはな」

「いや、ちがっ、今のはつい勢いで言っただけで、本気でそう思ってるわけじゃ――」


「言っとくが隊長は妻子ある身だからな。無茶な真似だけはしてくれるな」

「この間も、長い休暇がもらえたら家族に土産を持って帰るって話してたからな。愛妻家なんだよ、あの人は」


 そんな話で三人が笑い合っていると、一人が遠い目をしながらつぶやいた。


「……家族か。皆には黙っておこうと思ってたんだけど……俺、休暇がもらえたら村に帰って結婚するんだ」

「おい、そういった危険な発言はやめろ」

「野郎、ぶっころしてやる」

「え、何か変なこと言ったか、俺?」

「いや……別に変なことじゃないが、そういったことは胸の内に秘めておいたままのほうがいいっていうか――」


 ――そのときだった。


 新たに砦へ設置された警報装置が、けたたましく鳴り響いたのは。



◇◇◇◆◆◆◇◇◇



 ――どうしよう。


 地に足がつかない宙に浮かんだような感覚に包まれていたおれは、あることを決心した。

 なんとかして、あっちの異世界へ戻ろうと。

 このまま何もせずじっとしていれば、たしかに地球へ帰ることはできるかもしれない。

 しかし、あの状況でおれだけ逃げ出すようにして姿を消すというのは、どうにも後味が悪い。

 いや、悪すぎる。


「こんのっ……!」


 もがくようにしてみるものの、そう都合よく逆行できるはずもなく、そもそも前進しているのか後退しているのかさえ判然としない。

 あ、焦るな……こういうときこそ、冷静になろう。

 このゲートを開くことができたのは、圧縮炉の増幅効果があったとはいえ、イルルの莫大な魔力のおかげである。

 となれば、魔力を発することで、ゲートに何らかの影響を与えることができるのではないだろうか。


 おれは、体内にある魔力を全身に巡らせるように意識を集中させた。

 冷蔵庫やコンロに魔力を補充していた感覚を思い出し、全身に巡らせた魔力を一気に放出する。

 イメージとしては、薄い魔力の鎧をまとった状態だ。

 放出しようとした魔力が押し戻されそうになったが、そこは気合でなんとか乗り切る。


「ふんぬぅぅぅっ」


 おれに魔力を与えてくれたのは、いったい誰だと思ってる。

 世界の壁に風穴を開けた……張本人なんだぞ。

 なんとか魔力で体を覆うと、今度は鉛の海を泳いでいるかのようなズンッとした重たい感覚に襲われる。

 腕を一本動かそうとするだけで、ギギギッと錆びた鉄の腕を無理やり折り曲げようとしているみたいだ。


「これぐらいで……バテてるようじゃ……重たい、鉄のフライパンなんか……毎日のように、振ってられる……か!」


 本当に逆行できているのか定かではないが、おれは必死でもとの場所へ戻りたいと願いながら、何度も何度も宙を掻いた。


 ――次の瞬間。


 目に飛び込んできた光に反射的に瞼を閉じると、ふわふわと浮いていた感覚が消失し、重力に引っ張られるようにして床にぶつかった。


「ここ……は?」


 もしや日本に帰ってきたのだろうかと辺りを見回してみたが、そうではないらしい。

 ごちゃごちゃと様々な物が置かれているのは、間違いなくゲンジさんの研究室だ。


「んん? なんか物音がしたような気が……って、おいぃぃぃぃ! なんでジンがそこに転がってんだよぉぉ! お前、無事に日本へと帰ったんじゃなかったのか!?」

「あ、あはは……なんていうか、戻ってきちゃいました」

「ああん? 戻ってきたって……っつーことは、ゲートをくぐっても日本に着けなかったのかよ?」

「いや、それはわからないんですけど、こちらに戻ってこようと頑張ってしまって……それより、他の皆はどこに行ったんですか?」


 さっきまで、イルルとネイリもこの場にいたはずだ。


「いや、あの綺麗な姉ちゃんはジンがゲートをくぐった後に倒れちまってよ。魔力を使い切ったのが、よっぽど応えたんだろうな」

「倒れた……?」


 どうやらイルルは、おれを見送った後に意識を失ったらしい。

 店で休ませるためにネイリが運んでいったらしいのだが……ゲンジさん曰く、あれから半日ほど時間が経過しているとのこと。

 ゲートのような超常現象に身を投じているわけだから、いまさら驚くこともないのだが、おそらく時間にわずかなズレが生じているのだろう。


 戻ってきたはいいものの、ミドガルズオルムに街が滅ぼされていた――とかいう事態になっていなくてよかった。

 とにかく、一旦店に戻ることにしよう。


「ジン、お前……何で戻ってきたんだ」

「ゲンジさんも言ってたじゃないですか。リムリアさんに恩があって、自分にできることがあるなら、やっとかないと寝覚めが悪いって。おれだって……それは一緒ですよ」


 世話になった人たちが酷い目に遭うのを、知らん顔で暮らせと言われても無理がある。

 料理人であるおれにも、何かできることはあるはずだ。


「そうか……それもそうだな」


 ゲンジさんは頷き、ガラクタのような物が乱雑に置かれている場所をがさがさと漁るようにして、何かを拾い上げた。


「ほら、これを持っていけ」

 投げ渡されたきらりと光る小さな物体は、どうやら鍵のようだ。


「クルマの運転はできるか? なぁに、こっちのだって、魔導エンジンが積み込まれているだけで操作方法はほとんど変わらねえ。なんかの役に立つだろ」

「は、はい。ありがとうございます!」

「おうよ。そいつをどう使おうと自由だが、いよいよ危なくなったら全速力でどっか遠くに逃げろや」


 それだけ告げると、ゲンジさんは魔導兵器の整備に向かうと言って走っていった。


「あの人も……たいがい男前だよな」




 ――おれは、さっそく研究所前に停めてあった魔導車のエンジンを始動させ、自分の魔力で燃料を満タンにしてからアクセルを踏み込んだ。

 さすがに街中でそれほど速度は出せないが、徒歩よりは断然早く店へと戻ってくることができた。


「――って、ジンさんじゃないっすか!?」

 扉を開けると、ちょうど階段を下りてきたネイリが驚きの声を上げた。


「なんで……え、もとの世界に帰ったんじゃ……」


 ゲンジさんと同じ質問をしてくるネイリを伴いながら、まずは二階のベッドで寝ているというイルルの様子を窺う。

 彼女は、スースーと寝息を立てて眠っていた。

 苦しそうな表情を浮かべているわけではないが、深い眠りについているようで、声をかけた程度ではまったく反応がない。


「アネゴが全然起きてくれないもんすから、ネイリはずっと傍で見守っていたんすよ。でも、ジンさんがこうして帰ってきてくれたんで、心置きなくいけるっす」

「いくって……どこに?」


「この街にファルファトリアが攻めてくることを想定して、街から離れた平野にいくつも防衛ラインが敷かれたんすよ。陥落した砦からなんとか逃げてきた兵士たちも、救助されてその近くにいるらしいんす。だから、ヘイトリッド隊長が無事なのかを確かめようと思って……」


 ネイリにとっては、あの人こそが恩人なのだろう。

 命からがら砦を脱出したのなら、きっと体は疲れきっているはずだ。


「ちょっと待った。ネイリ」


 ……いつも、イルルに頼りっぱなしというわけにはいかない。

 おれは、今のおれにできることをしないと。


 ――一階の厨房へと足を運び、おれは寸胴鍋やら必要な調理器具を積み上げていく。

 魔導コンロなんかも……うん、頑張ればなんとかクルマに詰め込めそうだ。

 たしか……イルルが日本酒の樽を買ってきたときに、一緒にアレも持って帰ってきていたはずだ。


 軽く火で炙って、日本酒と一緒に食べると美味だとか、完全に酒呑みな発言をしていたと記憶しているが――


「ああ、あったあった! まだ残ってたよ――酒粕」


 もう全部食われてしまったかと心配したが、きちんと冷蔵庫の中にそこそこの量が保管されていた。


「あの……ジンさん? いったい何をするつもりなんすか?」


 おれが何をするつもりなのか、まだよくわかっていないネイリが声をかけてきた。


「うん。ヘイトリッド隊長の無事を確かめにいくんだろ? どうせなら、温かい食事でも作ってあげたら喜ぶんじゃないかと思ってさ」


 大きな寸胴鍋に、酒粕とくれば――作る料理はアレしかない。


「すぐに出発するから、表に停めてあるクルマへ荷物を運ぶのを手伝ってくれ」

「は……はい! でも、クルマなんてどうしたんすか?」

「ゲンジさんが貸してくれた。自由に使えってさ」

「うわぁ……太っ腹っすね。魔導車なんて所持してるのは、ほんの一握りの人だけっすよ」




 ――そうして、炊き出しに必要な物資を積み込んだおれとネイリは、街の門を通り抜けて外へと向かう。

 街中では速度を落とさなければならなかったが、こうして街道に出てしまえば速度制限をかける必要もない。


「行きましょう。ジンさん」

「ああ。飛ばすから、喋ると舌を噛むぞ。しっかりと掴まってろ」

「あ、あれ? なんだかジンさん、いつもよりワイルドな感じになってません? なんというかちょっと性格が変わったっていうか――」


 おれは目的地へと早く到着するべく、猛る鼓動のままにアクセルを強く踏み込んだ。



「ちょっ、ジンさん! 飛ばしすぎっす! これじゃあ到着する前にネイリたちが無事じゃなくなる――って……舌噛んだぁぁぁ! 痛いっすぅぅぅ――――――…………」

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