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17話【お別れ】

「砦には十分な兵を配備しておいたはずですが、いったい……」


 おれもこの街でしばらく店をやっていたわけだから、やってくるお客から色々と噂話を聞くことが多い。魔導機関の実用化が進んでいるアテナ連合国であるが、その技術が他国へと流出するのは当然よろしくない。


 しかし、交易が盛んであればあるほど、それを完全に防ぐことはできないのだ。

 隣国のファルファトリアに輸出入規制を敷いているものの、多かれ少なかれ技術は漏れているだろう。

 とはいえ、開発国が最先端であることには変わりはなく、流出した技術でいきなり先進的な兵器を作ることは不可能に近い。魔導兵器が配備された国境の砦を一日で落とすとなると、それ以上に高性能な攻城兵器が必要となるはずだが……。


「それが、ファルファトリア側の軍隊は巨大な蛇を操っていたとかで……その蛇には、魔導兵器による攻撃も一切通じなかったそうです」

「なっ……」


 リムリア総督は、ほんの数秒固まっていたが、すぐさま現実を認めて意識を切り替えたようだった。


「この街の防衛にあたっている、隊長位の者に招集をかけるように。わたしもすぐに総督府へ向かいます。砦が落ちたというのなら、次の目標はレイトルテでしょう」

「あ、あの……」


 今まさにゲートをくぐろうとしていたおれは、突然の状況に狼狽えることしかできない。


「別れ際に驚かせてしまったようですが、これは……この世界の問題です。あなたたちは自分の世界へと戻ってください」

「り、リムリア総督っ……」

「ゲンジさん……残念ですが、名残を惜しむ暇はなくなってしまいましたね。わたしはここで失礼させてもらいます」

 急ぎ足で退室していくリムリアさんを、ここにいる誰もが見送ることしかできなかった。


「砦が陥落って……へ、ヘイトリッド隊長は……」

 世話になった隊長を案じているのだろう。ネイリが不安そうな顔でつぶやいた。


「巨大な蛇……そんなもんが暴れたぐらいで、砦が陥落するなんて馬鹿げたことがあってたまるかっ……!」

 横にいたゲンジさんも、吐き捨てるように言う。


「いや……そうとも言い切れんぞ。その大蛇とやらは、もしかすると最古の竜種の一体かもしれん。そうだとすれば、砦にいた兵士が束になって挑んでも、敵う相手ではない」


 イルルは気だるそうに言いながら、ゆっくりと立ち上がった。魔力を使い切るというのは、体にも相当な負担があるのだろう。

 彼女は自分のことを最古の竜種だと口にしていたが、竜種――というからには、イルルのような巨大な竜の姿をしている者もいれば、大蛇のような形をしている種もいるようだ。


「ミドガルズオルム――人間にも、その特徴ぐらいは言い伝えられているだろう。炎や雷撃を自在に操り、この街の防壁ぐらいならば尻尾の一撃で粉砕できるほどに巨大なやつだ」

「な、なんでそんなすごいのがファルファトリアに操られてるんすか?」

「わからんよ。気まぐれかもしれんし、何か他に理由があるのかもな」


 イルルが気まぐれでおれを助けてくれたことを思えば、ミドガルズオルムとやらがファルファトリアに協力しようと、何も不思議なことではないのかもしれない。


「とにかく、さっき言われただろう? これはこちらの世界の問題だ。お前たちはすぐにもとの世界へと戻るがいい。わしがこれだけ力を振り絞ったというのに、それを無駄にするつもりか?」


 たしかに、無理やりこじ開けているようなものだから、ゲートが閉じるのも時間の問題だ。のんびりと話している場合ではない。


「……悪いが、俺はもうしばらくこっちの世界に留まらせてもらうぜ」

 隣にいたゲンジさんが、ゲート発生装置から身を離した。


「俺はな……リムリア総督には返せねえほどの恩があるんだ。あの人がいなけりゃあ、俺はとっくにこの異世界で野垂れ死んでただろう。その恩へ報いるために、俺ができることといえば魔導機関の開発ぐらいなもんよ。もちろん、自分がもとの世界へ帰るためっていう理由も大きかったが、それと同じぐらいにあの人へ恩を返したかったんだ。魔導機関の実用化が評価されたことも総督への昇進に一役買ってるんだろうが……それが原因で戦死でもされたら、寝覚めが悪くって仕方ねえ」


 そう言って、ゲンジさんはにやりと笑った。


「今から慌ただしくなるんなら、魔導兵器の整備ができる人材はいくらいても足りねえぐらいだ。それなのに、この場から俺がいなくなっていいわけねえだろう。まったく……総督も、俺より年下なんだからちょっとぐらい甘えろってんだ」


 リムリアさんがおれと同じぐらいの年齢だとすれば、二十代半ばぐらいか……?

 あれ? そういえば、ゲンジさんって何歳なんだろう。

 食べ物への言動からすると、昭和初期から中期ぐらいの生まれのような気もするが、さすがにもうちょっと若い気もするし……雰囲気が古風なだけでわりと若いのかも……。


「ああん? 何を言ってんだ。俺はこれでもまだギリギリ三十代だぞ」


「「「三十代っっっ!?」」」


 その場にいた全員が驚きとともに大声を上げたことで、せっかくゲンジさんが良い話をしてくれていたというのに、色々と台無しだった。


「……ごほんっ。とにかく、ジンはさっさと地球へ帰れ。俺はまあ、そのうちなんとかすっからよ」

「いいのか? 今回は上手くいったかもしれないが、この次も都合よくゲートが開くとは限らんぞ」

「まあ……今回はたしかに、あんたがいなけりゃ無理だったのかもしれん。いざ俺が帰ろうとしたときに、同じ条件が揃うとも限らねえ。だが……そんときはそんときだ」


 イルルに対して快活に笑ったゲンジさんは、こちらに向き直っておれの肩をポンと叩いた。


「……元気でな」


 いやいや、この状況で素直におれだけ帰れと言われても、はいそうですかと頷けるわけないでしょうに。

 ゲンジさんと比べれば、おれにできることは大したことじゃないかもしれないが、砦を焼け出されて逃げてきた兵士たちに、炊き出しをするぐらいはできるはずだ。

 お世話になったレイトルテの街を守ろうと奮闘しているリムリアさんたちに、温かい料理を差し入れすることだって、小さな手助けになるだろう。


「だったら、おれも残って……」


 そう言いかけたところで、おれの口を問答無用に塞いだのは――イルルの指だった。

 魔力不足のせいで、弱っているのだろう。

 それはいつものような電光石火と呼べる動きではなく、ゆっくりとした動作だったのだが、不思議とおれはそれに抗うことはできなかった。


「……わしには、ジンをもとの世界へと戻す義務があるように思うのだ」

 突然何を言い出すつもりだ、イルルは。


「前に、少し話したことがあっただろう?」

 うん? イルルが腹を空かして森を彷徨っていたら、偶然にもおれと遭遇したというアレだろうか。


「最初はたしかに偶然だと思っていた。しかし……色々と思考を巡らせてみると、別の考え方も浮かんできてな。もしあれが偶然ではなかったとしたら……どういうことか。ジンとて、薄々は察していたのではないか?」


 彼女のそんな問いに、おれは黙り込むしかなかった。

 ……なんとなく、相手が何を言おうとしているのかを、理解してしまったからだ。


 あくまで可能性の話ではあるが。

 あの出会いが偶然ではなかったとすると、何なのか?

 おれ自身は異世界の存在さえ知らなかったわけで、こちらの世界に来たいなどとは考えることすらできなかったのだ。

 もし何者かの意思が介在したというのならば、それはつまり……誰かがおれを異世界に引き寄せたということになる。


 その誰か、とは何者なのか?


 ――リムリアさんと初めて会ったとき、稀人は、地震や津波といった天災に巻き込まれて異世界に飛ばされてしまうケースが多いのだと聞いた。

 だからこそ、それに匹敵するほどのエネルギーを発生させるため、ゲンジさんは高出力を発生させる魔導機関の開発に勤しんでいたのだ。


 だが――もしも、そのような装置を必要とせず、独力で世界の壁を穿つほどの力を持つ者がいるとしたら……?

 そのような存在を、おれは一人だけ知っている。

 魔力を測定する感応石を爆散させてしまうほどの規格外の魔力量を誇り、圧縮炉という増幅装置を使用したとはいえ、実際にこうして世界の壁に亀裂を生じさせ、無理やりゲートをこじ開けてしまうほどの、災害級の力を有しているのは誰か。


 ……そんなのは、決まってる。

 言葉を発しようとしないおれに、イルルはどこか申し訳なさそうにしながら頷いた。


「ただの偶然と決めつけるよりも、余程可能性は高いだろう。もっとも、そのときと同じことをしろと言われても難しいがな。死の淵にいたわしの……まあ、火事場の馬鹿力のようなものかもしれん」


 そこで彼女は、「なるほど……」と何かに納得したふうに微笑を浮かべる。


「ジンはたしか、家族を結びつけるために、無意識的に自分が料理をすべきだと感じた……そういう話だったな」

「ああ……そうだ」

「わしもまた、心のどこかで、独り寂しく果てるのは嫌だと感じたのかもしれん」


 悠久の時を過ごしたせいで、生きることに疲れてしまい、自らの意思でその命を終わらせようとしていた――孤独な竜。


 だからこそ、無意識的に自分の寂しさを埋めてくれるような相手を、この世界に引き寄せたということなのだろうか。

 ついでに言えば、餓死しそうなほどに腹が減っていたため、それも同時に解決してくれそうな人物を望んだのだろう。

 だとしても、おれが引き当てられる確率はどのぐらいだったのか。


「は、はは。これは、運が良かったっていうのかな」


 料理が好きで、相手が自分の作ったものをおいしそうに食べてくれる姿が好きで――その上で、イルルとの相性が良いという条件をクリアできたのは……きっとおれだけだったのだと、今はそう思いたい。


「――だからこそ、ジンが今ここにいるのだろう」

「……ああ、そうかもしれない」


 イルルの言葉を受けて、おれはゲートの傍から離れようとした。

 帰りたいという気持ちはなくなっていないが、それはきっと、もうちょっと後でもいい。

 だが、彼女はそれを塞ぐようにしてこちらの正面に立った。


「な、なんだよ?」

「……言っただろう。だからこそ、わしにはジンをもとの世界へと戻す義務があるのだ」


 そっと、優しく胸のあたりに手が添えられる。


「ちょっ、ちょっと待て。おい、イルル――」

 とん、と体を軽く押された。


「あっ――」

 それだけで、おれはあっけないほど簡単に、黒く染まった穴――ゲートへと吸い込まれていく。

 この世界へ初めて来たときと同じように、足場が急にフッと失われるような喪失感。

 目の前の人物が何かを言いかけ、それを聞き終えるより先に、感覚が遮断されてしまった。

 天地が逆転したかのように奇妙な感覚に包まれながら、おれはつぶやきを漏らす。


 ――薄々は察していたのではないか――……だって?

「言われるまでもなく……その通りだよ……バカ」


 最後まで聞き取ることはできなかったが、彼女が言おうとしていた言葉が、聴覚が遮断されて静謐に満ちた頭の中で木霊するかのように響く。

『短い付き合いではあったが、とても満たされた気分だった。ありが――』


「……あんな弱ってんのに、同じぐらい強いかもしれない相手に勝てんのかよ。というか、最後まで格好良すぎなんだよ」

 目元が緩んでしまいそうになるのを必死でこらえ、おれはそんな悪態を吐くぐらいしかできず、宙に浮いたようなふわふわとした感覚に身を任すしかなかった。

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