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16話【ゲート】

 ――白熱するかのように激しい輝きを放った感応石は、以前に見た通り、いやそれ以上に勢いよく砕け散った。

 それはもう、見事なまでに粉々である。


「な、なんじゃこりゃあぁぁぁ!」

 驚きを露わにしているのは、その光景を目の当たりにしたゲンジさんだ。

 おれはもう二回目となるため、さして驚くことはない。


 圧縮炉に大量の魔力を送り込む必要があるという話を聞き、なんとかできるかもしれないと伝えたところ、こうしてイルルが桁外れの魔力を持っていると証明することになったのだ。


「こ、こりゃあ、ひょっとするといけるかもしんねえぞ。あんたいったい何者……いや、いらん詮索はしないほうがいいな。もとの世界に帰れるのなら、それだけで文句はねえってなもんだ」


 興奮冷めやらぬといった感じのゲンジさんは、圧縮炉から伸びている回路の先にあるものを指差した。


「全部が上手くいきゃあ、あそこに別世界への扉――つまりは、地球へと繋がるゲートが開くはずだ。今すぐにでも試してみたいところだが……」


 イルルの魔力量が膨大だとしても、果たしてどれぐらいの魔力が必要になるのかわからないし、圧縮炉の耐久性の心配だってある。

 もしもゲートが開いたなら、有無を言わさず飛び込むべきだ。


 そうなると、やはりお世話になった人たちにも挨拶をしてからのほうがいいだろう。

 心の準備、身辺整理などなど。

 ゲンジさんにしても、リムリア総督に報告とかしないといけないだろうし。

 え、というか本当に帰れるのかな? なんだかあっさりしすぎていて実感が湧かない。


 なんというか、もとの世界へ帰るという希望が一気に現実味を帯びたことで、妙に浮かれた気になっている。

 こんなに早く戻れるのなら、もっと異世界を堪能しておいても良かったかもしれない。

 なんというか、旅行から帰るときになって、もっと遊びたかったと感じる気持ちが強まったかのようだ。


「そんじゃまあ、決行は明日にするか」

「ええ、おれも店のことがありますから、一旦戻ることにします」




 ――店に帰り着くと、ネイリが店内を綺麗に掃除してくれていた。

 使った食器などもきちんと片付けられ、床から窓までピカピカである。


 もとの世界へ帰れるのなら嬉しいが、ちょっと心苦しいのは、従業員として働いてくれていたネイリのことである。

 行く場所もなく、困っていた少女に住み込みで働いてみないか? と誘いをかけて雇ったというのに、こちらの都合でいきなり解雇することになるのだから。


 ここは慎重に言葉を選ばないとな。

 どう言ったものか……ああ~悩む。


「お前はクビだ。もう明日から来なくていい」


 ちょっとぉぉ!?

 イルル、それ一番選んじゃいけない言葉ぁぁ!


「な……なんすかアネゴ!? 来なくていいって……ここの二階で寝泊まりしてるんすから、来るも来ないもないじゃないすか!」


 ツッコミどころも微妙に違う気がするんだけど!


 ……どうやら、おれが言いにくそうにしていたため、イルルが背中を押してくれたらしい。背骨が粉砕されそうな勢いの背中押しだった気もするが、おかげで話を切り出しやすくなったのはたしかだ。



「――というわけで、もしかすると明日にはもとの世界へ帰ることができるかもしれないんだ」

「そうなんすか!? やったじゃないすか。今日は祝杯っすね!」

「あ、ありがとう。でも……いいのか? せっかくここで働くのに慣れてきたのに……」

「気にしなくていいっすよ。稀人であるジンさんには、それが一番大事なことじゃないっすか」


 ぐぅ……なんていい子だ。


「突然クビにされたって、ネイリはちっとも気にしないっす。ちょっと死ぬほど苦労するかもしれないっすけど、頑張ればなんとか生きていけるっすから」


 にこにこと祝杯の酒を注いでくれたネイリは、笑顔でそんな言葉を述べる。

 ……ですよね~。


 うーむ……こっちで稼いだお金はどうせ向こうでは使えないし(※金、銀は貴金属としての価値はあるかもしれないけども)、イルルとネイリに全部渡しておこうかな。

 そうすれば、当面の生活費に困ることはないだろうし。


「わしには必要ないぞ。全部ネイリにプレゼントしてやるといい」


 同情からの施しと思われると、少女を傷つけることになるのではないかと心配しつつも、おれはそんな提案をしてみた。


「ええ!? そんなの悪いっすよ。ジンさんには今まで面倒を見てもらったのに、そこまで甘えるわけには……」

「そうか。じゃあ――」

「――でも、こんなか弱い少女が厳しい世界で生きていくのは何かと大変っすから、もらえるものは何でもいただくっっす」

「……え?」


 こちらが言葉を続ける前に、ネイリはかぶせるようにしてそう言った。

 ……うん、たくましい子だ。


 こちらの世界では、未成年の少女がふらふらと歩いていても、公的な機関が保護してくれるわけではないのだから、これぐらいのガッツがないとね。保護してくれるのは悪いオジサンばっかりだからね。

 いや、それは向こうも同じか……って今はそんなことはどうでもいい。


「それはそうと、ジンさんも帰る準備は大丈夫なんすか? 忘れ物とかないように気をつけないと」


 と言われても、着の身着のままでこっちに飛ばされたわけだし、そんなに大事なものは持っていない。

 財布にスマホ、時計……後はリュックに着替えぐらいか。


「うわ……というか、帰ったらオーナーにめちゃくちゃ怒られるだろうな。下手したらクビかも」


 オーナーから支店を任されることになり、その準備でウキウキしていたところを、こっちの世界に飛ばされたのだ。

 おれがどういう状況にあったかを説明するにも、


『異世界に転移していたせいで、支店の開店が遅れました。申し訳ありません』

 なんてことを言えば、運が良くてもゲンコツ百発だろう。

 下手をすれば、病院に連れていかれるかもしれない。


「ぐぅ……なんかちょっとだけ帰りたくない」


 テーブルに突っ伏すようにして頭をぶつけたおれは、イルルやネイリが祝ってくれているのを横目にしながら、しばし苦笑していた。




 ――翌日。

 店には臨時休業という札をかけ、ゲンジさんのいる研究所へ。


 ゲートを開くためにはイルルの力が必須であるのだが、ネイリも見送りとして一緒に来てくれていた。

 圧縮炉が設置されている研究室には、ゲンジさんの他にリムリアさんの姿もある。


「お久しぶりです。元気にされていましたか?」

「ええ、あのときはお世話になりました。おかげさまで店も順調だったのですが、もしこれが上手くいけば、お返しすることになると思います」


 リムリアさんから特別に借り受けた土地付き建物も、おれが帰ってしまえば持ち主に返すことになるだろう。


「昨日、ゲンジさんから話を聞いたときは驚きました。完成するまでには、まだまだ時間が必要だと思っていましたから。失礼ですけど……そちらのイルルさんは、それほどに並外れた魔力をお持ちになっているのですか?」


 感応石が爆発するという、インパクトのある光景を見ていないリムリアさんからすれば、個人がそれほどの力を有しているというのは信じがたいのだろう。


「総督がそう考えるのも無理はねえ。まあ物は試しって言うからな。実際にやってみればわかることよ。危なそうなら緊急停止させるから、いっちょ思いっきりやってみてくれ」

「……よかろう」


 圧縮炉へと連結されている大型の魔導石へ近づき、表面に手を触れたイルルは――静かに目を閉じた。

 パリパリ――と静電気が走ったかのような感覚が肌を通り抜けていった次の瞬間、目の前にある圧縮炉がウォンウォンと唸り声を上げながら動き出す。


「ぬぅ……こりゃあ本当にすげえぞ。圧縮炉内のエネルギ―がものすげえ勢いで増えていきやがる。放散係数はそれに反比例して下がっているし……こりゃあいける!」


 ゲンジさんが手元で機械を操作し、空洞の門のようになっているゲート発生装置へとエネルギーを流し込んだ。


 ――が、装置の中心にパリパリと稲妻のような青白い光が走るだけで、それらしい異次元へのゲートは発生しない。


「くっそっ! あともう少しのはずなんだ! ありったけの魔力を注ぎ込めぇ!」

「このっ……人使いの――荒いやつだ!」


 ゲンジさんの怒声のような叫びに、やや疲れの色が見て取れるイルルも、残りのありったけの魔力を注ぎ込んだようだ。

 圧縮炉内部が一際強い輝きに包まれ、限界まで増幅されたエネルギーの奔流が装置へと流れ込んでいく。


「……あ」


 ――突然、装置の中心に黒い穴が音もなく現れたため、おれは間の抜けたような声を出してしまった。


 あれが……もとの世界へと帰るためのゲートなのだろうか。

 それは映像で見たことのある、ブラックホールというものに似ていた。

 奥を覗こうとしても、虚無という言葉がぴったりの黒一色の穴は、なんだかちょっと不気味な感じがする。


「や、やったぞ。成功だ!」


 ゲンジさんが喜びの声を上げ、さっそくゲートへと走り寄っていった。

 イルルは魔力を使い切ったせいか、額に汗を浮かべながらその場に崩れるように座り込んでしまう。

 彼女がこれほどに疲労した姿というのは、初めてみたかもしれない。


「だ、大丈夫か? イルル」

「……ああ、少し休めば回復するだろう。まさかここまで魔力を消費するとはな。さて……これでジンともお別れか」

「ああ。本当に、色々とありがとな。イルルが助けてくれなかったら、こうしてもとの世界に帰ることもできなかったよ」

「そのことなのだが……いや、なんでもない」

「なんだよ。言いたいことがあるなら言ってくれ」


 何かを言いかけて止めるというのは、イルルらしくない。


「うう。ジンさん、本当にこれでお別れかと思うと、なんだか泣けてきたっすぅ~」


 涙と鼻を垂らしながら、ネイリがおれの胸にしがみついてきた。


「おわっ、いきなり抱きつくなよ」


 せっかく洗濯して綺麗になった日本の服が、涙やら何やらでグショグショになっていく。


「向こうで妹さんと再会したら、ネイリのことも時々は思い出してくださいっすぅ~」


 おれは、ネイリのことを妹と似ていると言った。

 もしかすると、あいつもおれが行方不明になったことで、これぐらい悲しんだのだろうか。


「おい、ジン! 早くしないと、ゲートが閉まっちまうぞっ」


 ゲンジさんの急かす声に、おれはネイリの頭を優しくぽんぽんと叩いてから体を離した。


「それじゃあ、リムリア総督……色々と世話になったがこれでお別れだな。あんたには感謝してるぜ」

「ゲンジさん……わたしは、あなたを技術者として尊敬していますよ。ジンさんも、どうかお元気で」


 この場にいる全員と挨拶を交わし、おれとゲンジさんはゲートの前に立った。

 真っ黒な真円は、本当に地球へと繋がっているのだろうか。


「んなもん、飛び込んでみなきゃわからん」

 たしかに、こればっかりは誰か他の人に飛び込んでもらうわけにもいかない。

「だがまあ、俺を信じろ」

 にかりと笑ったゲンジさんの言葉に押されるようにして、おれは一歩、また一歩とゲートに近づいていった。


 ――そのときだ。

 研究所の室内に、騒々しい声が響いた。


「り、リムリア総督! ここにおられましたか。大変です!」

 兵士の格好をした男が、リムリアさんに急ぎ何かを報せたいようだった。


「どうしたのですか。焦らずに、きちんと要件を述べなさい」

「そ、それが……それが……国境にある砦が――」


 国境にあるロウスイ砦は、ファルファトリアとの争いにおける最重要拠点である。

 おれも詳しくは知らないが、リムリアさんは非常に優秀な総督のようで、砦にも頻繁に視察へ赴き、軍備の増強に積極的なのだと、ヘイトリッドさんは言っていた。

 彼女が総督になってからは、魔導機関を武器に転用した魔導兵器の開発も進められ、砦の防衛力はさらに盤石なものとなってきているのだとか。


 ――だからこそ、そのような頑強な砦に何かあるなど、本来ならあり得ないはずなのだ。


「ロウスイ砦が、ファルファトリアの手によって陥落したとのことです」

「なん……ですって……」

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