15話【餃子パーティー】
「ぷはぁっ――ごちそうさまでした」
「うむ。あれだけ作ったというのに、一つも残らなかったな」
「餃子とビール……ぎょうざとびーる……ぎょうらとびーゆ……あはは、ジンさんのいうように、たべはじめたらとまらないっす~~」
テーブルに置かれている大皿には、焼き餃子と水餃子がどっさりと載せられていたのだが、今ではすっきりと空になっている。
なんというかもう……手作り餃子はすごくうまかった。
自分の腕を自画自賛するわけではなく、素直にこの世界の食材に感謝である。
基本となる肉餃子は、羽ブタとミノタンの挽き肉をふんだんに使用したため、肉! 肉! 肉! と野性本能を刺激するかのように鮮烈な味わいで、かといってそれが野菜の旨味とぶつかり合うこともなく、噛んだときにジュワッと飛び出る肉汁がパリッパリに焼いた皮と混ざり合った瞬間ときたらもう、こうして思い出すだけで腹がいっぱいなのに涎が出そうになる。
水餃子用の皮はやや厚めのものにしたが、肉汁と一緒になってつるんと喉を通りすぎていく感覚は、実にけしからん。
餡は同じものを使用しているのに、一粒で二度おいしいとはこのことか。
海老餃子は、肉餃子の餡に炒めた海老と香味油が加えてあるのだが、海の幸が陸上に進出してタッグを組むのは反則だと思う。この餃子を明日店に出したら、エレファントタイガーが乱獲されるのではないかと心配するほどにうまかった。
フカヒレ餃子は、初めての試みだったが、こちらは味よりもむしろ食感がすばらしい。基本となる肉餃子のエキスがフカヒレに吸収されることによって、ねっとりプチプチした新食感を楽しめる。
「これなら、自信をもって店に出せるな」
おれは料理のメニューを書き込むボードに、蝋石を使ってカリカリと餃子の絵と簡単な紹介文を書いていく。
日本の飲食店でも、よく店先にこうやって料理の紹介がされていたりするが、あれと同じようなものだ。
「あっれ~? ジンさん、かなりモジがかけるようになっらんすね~」
ネイリもちょっとはお酒に強くなったのか、まだ意識を保っているようである。
おれはイルルから魔力を与えてもらったから、言葉には不自由しないが、文字の読み書きはからっきしだった。
読み書きが出来なくとも意外となんとかなるものだが、やはり不便なことも多いので、現在進行系で暇があるときにイルルやネイリから教えてもらっている。
この世界の……いや、この国の識字率がどれほどかは知らないが、ネイリは村長に読み書きを教わったそうだし、イルルは半端ない人生経験を積んでいるっぽいので、人間の文字も当然熟知していた。
「語彙もそれほど多くないし、まだ単語と単語をたどたどしく結ぶのがやっとだけどな」
えーっと……上質な……お肉をたくさん使った……新作料理。
ビールと……一緒だと……あれ?
「……なあ、“相性”とか“組み合わせ”って、どんな単語だったっけ?」
「むにゃむにゃ……え? なんれすか? もうお腹がいっぱいで、おかわりはムリっすよぉ。ひっく…………いひ」
これはもうダメだな。
読み書きの先生が酔い潰れてしまわれた。
「その表現なら、この単語が妥当だろうな。人間同士の相性というより、食べ物としての組み合わせが好ましい場合は、こちらを使う」
おれが持っていた蝋石をひょいと取り上げ、ボードに文字を書き込んだイルルは、丁寧に説明しながら教えてくれた。
餃子がなくなったにもかかわらず、まだビールをぐいぐい飲んでいる姿は男気に満ち満ちているが、彼女は――やはり女性である。
蝋石を持つ指は細く、そのしなやかな動きは無骨な男のものとは違うし、こうしてすぐ傍で読み書きを教えてくれているイルルの横顔は、とても綺麗だ。
ん……あれ? もしかして、おれは今かなり酔っているのだろうか。
瞬きをすると、彼女の長いまつ毛がふわりと揺れて、思わず見惚れてしまいそうになる。
目元から視線を少しだけ下にすると、形のよい唇がわずかに動き、こちらに何かを喋りかけているようだった。
「――とまあ、そういうわけだ。ん……? なんだその間の抜けたような顔は。まさか、わしの話を聞いていなかったのか?」
この世界に来たばかりの頃、おれは魔力を分け与えてもらうという名目で、イルルと口づけをした。いや……というよりかは、強引に奪われた。
あのときは、突然だったし、驚きという感情がほとんどを占めていたわけだが――
「先程から、いったい何だというのだ? わしの顔に何かついているのか? そのように凝視されては酒が飲みにくい。言いたいことがあるのなら、はっきりと言え」
「あ、いや……」
そこで、おれはようやく我に返った。
酒の勢いというものは、実に恐ろしい。
勢いに任せて変なことを口走ってしまえば、とても変なことになってしまうことだってあり得るのだ。
照れ隠しという意味もあったのだろう。
おれは視線をイルルの口元から外し、慌ててどうでもいいようなことを口走ってしまった。
「あ、その……今日作った餃子には、ニンニクが入ってたから、もし匂いが気になるようだったら、イルルやネイリは明日店を休んでもいいよ」
餃子は、たしかにうまい。
しかし、翌日までニンニク臭を引きずってしまうことが最大の難点である。
本場の中国でも、餃子そのものにニンニクこそ入っていないものの、タレにすりおろしたニンニクを加えたりするため、結局は口臭から逃げることができないのだ……という豆知識は今どうでもよいわけで。
おれの言葉を聞いたイルルが、そこでピタリと動きを止めた。
「わしの顔をじっと見ていたときに、そんなことを考えていた……と?」
ぐぐいっと、こちらの息遣いを感じられるほどの位置にまで顔を近づけた彼女は、くんくんと匂いを嗅ぐように鼻をひくつかせる。
「ふむ……気にするほどの匂いとは思わんが?」
「そりゃあ、お互い餃子をたらふく食べたからさ。ニンニクを食べた者同士だと、それほど気にならないっていう――――」
イルルが、言葉の途中でさらに一歩距離を縮めた。
息遣いがわかるほどの位置から……さらに一歩。
「――なるほどなるほど。たしかに、少しは匂いがあるかもしれんな。だがまあ、明日は客も同じものを食べるのだろう? これほど接近することもなかろうし、問題はないと思うぞ」
彼女はそう言って笑いながら、酔い潰れてしまったネイリを抱きかかえるようにして階段を上っていった。
その場に残されたおれは、すっかりと酔いが覚めてしまったようで、明日のための仕込みをもそもそと開始する。
……なるほど。
たしかに、あれほど客と接近することはないだろう。
おれは、自分の唇を指でなぞるようにして触れた。
「というかイルル……お客と接触したら、匂いとか以前に大問題でしょうよ」
――翌日。
ありがたいことに餃子は飛ぶような売れ行きで、作るほうが追いつかないぐらいだった。
「うめぇぇぇ! 肉餃子に海老餃子、それにフカヒレ餃子も全部うめぇぇ! お代わりをじゃんじゃん持ってきてくれ!」
毎日のように通ってくれているゲンジさんは、何を食べてもうまいと言ってくれているが、本人曰く、本当においしいから仕方がないとのことだ。
嬉しい限りである。
「すみませんが、今日はもう材料がなくなっちゃったので、それが最後なんです」
「なにぃ!? くそぅ……まあ、今日は俺も来るのがちょっと遅かったからな」
遅かった……とはいっても、昼飯時をやや過ぎた頃なので、まだまだ外は明るい。
「ゲンジさんが遅れるだなんて、珍しいですね。何かあったんですか?」
「ああ、この前ジンからもらった竜鱗があっただろう。いやなに、あれをどこで手に入れたかを聞くなんて野暮な真似はしねえ。お互いもとの世界へ帰りたいと願ってんだ。そんな疑問を持つ暇があるなら、せっせと開発に勤しめってなもんだよな」
ゲンジさんの、竹を割ったかのような職人気質なところを、おれはとても尊敬している。
あの竜鱗をどこで入手したのかと聞かれても、イルルにもらったなどと答えられるはずもない。
「正直、あれは驚異的な代物だった。オリハルコンより強度が高く、魔力伝導性にも優れた物質なんて存在しないと思っていたからな。腕の良い鍛冶師から、古竜の亡骸が掘り起こされたって話は聞いたことがあったが、まさか生物の鱗がこれほどの強度を有するだなんて誰が想像できるよ」
イルルのほうをちらりと見やると、とても誇らしげな顔している。
いや、あれは当然だと言わんばかりの表情……だろうか?
「そんでまあ、もらった竜鱗をなんとか加工して圧縮炉を作ったわけだ。今日はそいつの稼働実験をしてたせいで、こんなに遅くなっちまった」
「そ、それで、上手くいったんですか?」
もしかしたら――という希望が膨らみ、やや前のめりでゲンジさんに問いかけた。
「……強度的には問題ねえ。この前みたいにぶっ壊れないだけでも、かなりの進歩って言えるだろう。ただ……魔力を増幅させる機構がちょっとな」
そこまで口にしたゲンジさんは、研究所へ見学に来ないかと誘ってくれた。
「圧縮炉の開発に協力してもらったわけだし、リムリア総督からの許可も下りるだろう。さすがにここだと、あんまり詳しい話はできねえからよ」
完成を楽しみにしているため、見学させてもらえるならぜひ行きたい。
まだ店を閉めるには早すぎる時間かもしれないが、材料がなくなってしまっては、今日はもう店を閉めるしかないだろう。
「行ってきたらいいんじゃないっすか? 締め作業はネイリが全部やっとくっすから」
締め作業とは――簡単にいえば、清掃と片付けである。
けっこう骨の折れる仕事なのだが……少女の心遣いに感謝しながら、おれはゲンジさんと一緒に研究所へと向かった。
◆◆◆◇◇◇◆◆◆
「――ここだ」
連れてこられたのは、煉瓦造りの四角い建物だった。
研究機関の実験棟というのは、なんだか四角い箱みたいな建物が多いような気がするのは、おれの思い込みかな。
「なるほど。これは……衝撃に強い構造になっているのではないか? なかなかよく考えられている」
はい。こういう喋り方をするのは、おれが知っている人物の中でも一人だけです。
当然のようにイルルも見学に来ているわけだが、いいのだろうか。
「かまわんさ。俺が認めた人物なら見学を許可するっていう、リムリア総督のお墨付きだからな。なんつーか、ほれ、あの御仁はジンのアレなんだろ?」
……ドレですか?
わりと言葉遣いが荒いほうであるゲンジさんが、御仁などという敬称を使うのは、おそらく冷やかしの気持ちを含んでいるのだろう。
そのことについては華麗にスルーすることにして、おれたちは研究所の中へ。
実際、イルルが一緒に来てくれるのは心強い。
圧縮炉の強度不足だって、彼女の鱗によって解決してしまったのだから。
「あれが圧縮炉だ。見た目はそんなに大したもんじゃないだろ?」
ゲンジさんが指差したのは、金属の丸い球体のような物体で、大きさは店にある冷蔵庫ぐらいだ。
「竜鱗は、炉の最内部をコーティングするのに使わせてもらった。外装の金属は前に言った通りオリハルコンとミスリルの特殊合金だ」
圧縮炉からはケーブルのような管がたくさん伸びており、正直なところ何がなんだかわからないが……きっと魔力の伝達回路みたいなものだろう。
「簡単にいえば、その通りだ。圧縮炉に魔力をどんどん蓄積させていき、炉内で増幅させてから外部へと出力するんだからな。だが……ちょっと困ったことになってんだ」
ゲンジさんは、機械に詳しくないおれにもわかるよう言葉を選びながら話してくれた。
――つまり、こうだ。
圧縮炉に接続してある大型の魔導石から、魔力を炉に送り込むことになるのだが、魔力の蓄積量が一定量を超えると、放散現象――エネルギーの一部が外へ外へと逃げ出そうとする現象がみられるのだという。
「一時的に増幅はされてるんだが、これじゃあ、目標としているエネルギー値までもってくのはまず不可能だ」
「放散現象っていうのは、圧縮炉の強度不足が原因で起こるんですか?」
「いや……これは強度不足ってわけじゃなく、圧縮炉で魔力を増幅させるときの反作用みたいなもんだ。外へ逃げようとするエネルギーを無理やり炉内に押し込めておくと反応が不安定になっちまうから、安全弁を開放して安定化させてやったんだが……今度は出力不足ってわけさ」
なんだか、話がちょっと難しくなってきたぞ。
「安全弁を閉じたままなら、出力は上がるんですか?」
「んん? ……そうかもしれんが、圧縮炉が不安定なまま稼働させ続けりゃあ、いくらこの研究所が衝撃を吸収する構造になっているとはいえ、吹っ飛ぶことになるだろう」
ですよね、失礼しました。
「そうですか……色々と難しそうですね」
「なぁに、方法はいくつかある」
「と、言うと?」
「一つは、エネルギーを逃がすことなく、圧縮炉内の反応を安定化させる方法を模索することだ。これにはかなり時間がかかるだろうが、まあ不可能だとあきらめたらそこで終いよ」
そうだよな……あきらめたらそこで試合終了だもんな。
「二つ目は……ちょっと非現実的かもしれねえが、放散現象によるエネルギーの流出を超えるほどの魔力を、一気に圧縮炉に送り込むって方法だ」
「ふむ……そんなことをすれば、反作用とやらが大きくなって、結局は外へと逃がすエネルギーも多くなるのではないか?」
そろそろおれの理解の範疇を超えてきたわけだが、イルルがなにやら的確っぽい意見を口にした。
「ところがそうじゃねえ。ちょっとずつ魔力を蓄積させた場合のほうが、失われるエネルギー量は多いんだ。やるならドカンッってわけだな。しかしまあ……そんな常識を外れたような魔力量の持ち主なんて、どこを探したっていやしねえだろ」
一定以上のエネルギーを加えると、そこを境にして一気に圧縮炉内の反応が進むということかな? 色々と実験を繰り返してきたゲンジさんが言うのだから、間違いないのだろうが。
「では、圧縮炉を連結させたらどうなのだ?」
そんな提案に、ゲンジさんはガッハッハッと豪快に笑う。
もちろん、おれの案じゃない。
「なかなか面白いことを言うじゃねえか。たしかに、そうすれば最終ラインにある炉内にはドカンッと魔力が注がれるかもしれねえが、増幅装置を連結させるのは危険なんだよ。ほぼ確実に魔力融合爆発を引き起こすからな。まあ……地道に反応を安定化させる方法を探すのが、一番の近道ってところだろう」
やだ怖い。
魔力融合爆発ってなにさ?
そろそろ考えることを止めそうになっていたおれであるが、会話の重要ポイントだけは何とか拾ったつもりである。
要は――常識を外れたような魔力量の持ち主がいれば、可能性はあるということだ。
おれだって、ネイリにそこそこの魔力量なのではと言われたことがあるが、おそらくゲンジさんが必要としているのは、そんな常識の範囲内の話じゃない。
魔力に応じて光ることで、その人の魔力量を測定する感応石――そんな測定機器を爆発させて壊してしまうぐらいの、常識から逸脱した存在。
――そのような人物を、おれは知っているではないか。
ゆっくりと、視線を隣の人物へと向ける。
向こうもこちらを見ていたようで、ばっちりと目が合った。
「なんだ? ジン。また、わしの顔に何かついているのか? 言いたいことがあるのなら、言うといい。聞いてやるとも」