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13話【餃子が食べたい】

「――……餃子が食べたい」

「ん? ジンさん、今なんか言ったっすか?」


 おれがぽつりと漏らした言葉を拾ってくれたネイリはお子様なので、この組み合わせはまだ早いかもしれないが……。


「熱々の鉄板で焼き上げた餃子を、しゅわしゅわと泡が立った黄金色のビールと一緒に、腹いっぱいになるまで頬張りたい」

「よしっ。その話を詳しく聞かせるがいい」


 客足が少なくなってきた昼下がり、おれは無性に餃子が食べたくなってしまった。

 ネイリやイルルも、餃子というものがどんな食べ物なのか興味があるらしいので、簡単にだけ説明しておく。


「挽肉と細かく切った野菜を混ぜ合わせた具を、小麦粉で作った薄皮に包んでから、焼いたり茹でたりした食べ物だよ」

「へえ、初めて聞いたっす」

「ふむ。うまいのか? うまいのだろうな」


「おれがもとの世界にいたときに、家でよく作ってたんだ。妹も具を包むのを手伝ってくれたりしてさ。誰かと協力して作ると、食べるときにおいしさが増すみたいな気がするんだよな」


 妹が、自分が食べる予定の餃子に具をいっぱいまで詰め込んだせいで、皮がはちきれんばかりに膨らんでしまい、焼いたときに破れてしまったのは良い想い出である。

 肉と野菜の旨味たっぷりの汁が皮から漏れ出してしまい、焼き上がった餃子はちょっと残念な感じになっていた。


 まあ、それもまた家庭で作る餃子の醍醐味か。

 熱々の餃子と、キンキンに冷えたビールが抜群の相性であることを知ったのは、酒を飲める年齢になった後のことだが――時々こうして無性に食べたくなるのだ。

 羽ブタの肉は市場で手に入るし、ミノタンの肉はまだ冷凍庫に大量のストックがある。


「豚肉と牛肉の合挽きにしようかな。ちょっと脂身もある部位を包丁でよく叩いてミンチにしてやって、野菜もふんだんに入れよう。羽ブタにしてもミノタンにしても、肉の旨味がぎゅっと濃縮されてておいしいのはわかってるし、餃子にしたら絶対うまいに決まってる」


 焼き上げるときに、皮の内側では濃厚な肉汁がしみだし、野菜の旨味が溶け出したスープと一緒にぐつぐつと煮込まれることで、具はとても良い塩梅となるはずだ。

 口の中を火傷しそうなほど熱々の餃子をはふはふと頬張りながら、ギンギンに冷えたビールを一気にごくごくと飲み干す。

 そしてまた、熱々の餃子だ。

 これが、たまらなくうまい。


 餃子、ビール、餃子、ビール――このサイクルで、無限に食べ飲みできるのではないかと思えるほどに、うまい。


「ジンさん……ひどいっす。ネイリがお酒に弱いのを知ってるのに、そんなこと言うなんて。もう酔い潰れてもいいから飲むっす。絶対っす。止めてくれるなっす」


 そういえば、ネイリはビールをコップ半分飲んだぐらいで酔っ払っていたのだったか。

 ここではお酒を飲むのに年齢制限などないらしいが、潰れる前に止めるべきだろう。


「問題ないっす。お酒は飲むことで強くなるらしいっす。ネイリは酔って潰れる毎に強くなっていくんすよっ」


 誰だ、そんなの教えたのは。

 あ……イルルか。

 微妙に格好良いのか悪いのか、よくわからない感じになっちゃってるじゃないか。


「ふむ。わしは大量のビールを仕入れて冷蔵庫で冷やしておくことにするか。その餃子とやらは、こちらの世界にある材料で作れそうなのだな?」

「うん、小麦粉があるから皮を作れるし、餃子の餡――具のほうも、似た野菜がたくさんあるからいけると思う。あ、でも……どうせなら肉餃子の他にも色々と作ってみたいかな」

「ほう……どんなものだ?」

「レイトルテは海が近いから、海産物も豊富だし、何か海の幸を使った餃子を作ってみるのも面白そうだなぁ、と」


 明日はまた店が定休日なので、色々と試作してみるのも楽しそうだ。

 皆で餃子を作るところを想像すると、なんだか気分が盛り上がってくる。

 おれにとって餃子パーティーは、焼肉パーティーと同じぐらいにテンションが上がるものなのだ。


「もちろん、ネイリも手伝うっす。ふふふ。自分が食べる分の餃子は、具を限界まで包み込んでやるっす。特別製っす」


 盛大なフラグを立てているネイリには申し訳ないが、おれはそれを黙って見ていることにしよう。

 なんというか……とても懐かしい光景を見れそうだから。




 ――翌日。


 早朝に市場を訪れ、港から運び込まれた荷が積まれている店を覗いてみた。

 木箱の中には新鮮な海産物が詰め込まれているはずだが、心なしか普段よりも量が少ないように思われる。


「すまないが、今日はどれも小ぶりなのばかりでねぇ。もし時間があるのなら、フェリシア港までそう距離も遠くないことだし、直接見に行ってみるのもいいかもしれないよ」

「うーん、そうですか。ありがとうございます」


 レイトルテからフェリシア港までは、乗り合い馬車を利用すればそう遠くない。

 実をいうと、荷揚げされたばかりの海産物が飛び交う港の市場というものには、前々から興味があったのだ。

 良い機会だし、フェリシア港を見物に行くのも悪くない。


「うう……こんな朝から港に行くんすか? ネイリはまだちょっと眠いんすけど」

「なら、ネイリはこの街で休憩しとくか? せっかくの休日だし」

「いや、でも餃子は皆でワイワイ作るから楽しいんすよね? だったら、食材集めから手伝わないとダメッす。食べるときには最高の状態で食べたいっす」


 ごしごしと瞼をこするようにしたネイリは、自らの頬を軽くパンッと叩く。


「アネゴ、目を覚ますためにいつものアレをお願いします」

「いいだろう」


 真剣な眼差しを受け取ったイルルは、こくりと頷いてからズイッと手をネイリに近づけた。


「――あ……つぶれる、つぶれちゃう……アネゴ、もうちょっとだけ優しく」


 もしかして、意外とアレ……気に入ってるのかな?

 ぷらんぷらん、と片手で吊るされているネイリを横目に、おれはフェリシア港で何を買おうかと考えていた。




 ――フェリシア港に到着し、おれたちはさっそく荷揚げ場の近くにある市場に足を運んだ。

 ……のだが、思っていたよりも活気が少ない。


「この近海にメガロシャークの群れが来たもんでよ、漁場が荒らされちまってな。今はそいつらの退治で手一杯なんだよ。悪いが品揃えは良いとは言えねえぞ」


 メガロシャーク――大きいもので体長が一〇メートル、重さは二~三トン。

 ボスを中心とした群れで行動し、性格は獰猛で危険。肉食のため、漁場が荒らされることが多い。人が襲われることも稀にある。

 ――らしい。


 ……なるほど。そんな鮫が近海に来ているのなら、漁獲量も減ってしまうわけだ。

 それでも、レイトルテの市場よりかは色々と売られている。


「あの、このでっかい海老はなんていうんですか?」

「ああ、それはエレファントタイガーっていうんだ。驚くほどでっかいだろ? でも、味のほうは繊細で甘みがあって、身もプリップリ! もうたまらないうまさだぜ」


 木箱からはみ出るようにして並べられている姿は、なんとも豪快だ。

 直立させれば、体長はおれの腰ぐらいまであるんじゃなかろうか。


 ……じゅるり。

 甘みのある大海老をぶつ切りにし、油で炒めて旨味を閉じ込めてやったら、それを餃子の具と一緒に皮で包み込む。

 炒めたときの海老の香味油も加えてやれば、極上の海老餃子の完成だ。


 うん、よし。これに決めた。


「このエレファントタイガーを一尾ください」

「すまねえな、兄ちゃん。ここに並んでるのは、もう全部売れちまってるんだよ」


 なん……だって?

 よく見れば、たしかに売約済の札がそこかしこに貼られている。

 来るのが遅かったのか……それとも。


「メガロシャークのせいで、沖で獲れるはずの魚が減っちまったからな」


 いつもより全体的に品薄なため、目ぼしい商品は全て売れ切れてしまったらしい。


「まあ……なんだ。どうしても欲しいのなら、自分で釣ってみるのも面白えかもしれねえぞ。港に行けば船も貸してもらえるだろうし」

「いやいや、そのメガロシャークってのがいるんじゃないんすか? 危なそうな匂いがプンプンするっす」

「エレファントタイガーは浅めの海底に生息してるから、それほど港から離れなくとも釣れるんだよ。メガロシャークが確認されたのは、もっと沖のほうだ」


 釣り……か。

 久しぶりだけど、休日をのんびり過ごすにはうってつけの娯楽ではないだろうか。

 午前中は釣りを楽しむことにして、もし首尾よく釣れたら餃子の試作もはかどる。


「いいのではないか? この大海老を餃子とやらに使いたいのなら、釣りに行くのも一興だろう」

「……そうっすね。ネイリも海で釣りをしたことはないすから、ちょっと楽しそうっす」


 イルルとネイリも乗り気のようだし、せっかくフェリシア港まで来たのだ。

 いっちょ、エレファントタイガーを釣り上げてやりますか!




 ――そうして港で船を一隻借りたおれたちは、あまり沖に出すぎない位置で船を停め、釣りを開始した。

 たしか海老は夜行性だったと記憶しているが、今ぐらいの時間帯ならば普通に釣ることも可能らしい。

 釣り道具は港で貸してもらったもので、仕掛けは何本もの針が連なるように配置されている。餌はイカの切り身で、餌に抱きついたエレファントタイガーの体を針で引っ掛けるようにして釣り上げるのがコツだとか。


 ――一時間が経過。


「……なかなか釣れないな」

「もしかしたら、この辺にはいないんじゃないっすか? もうちょっと場所を変えてみるっすよ」


 うーむ。エレファントタイガーは体が大きいから、もうちょっとだけ深い場所の岩陰に隠れてたりするのかもしれない。

 少しだけ船を動かし、海底をじっと見つめながら良さそうなポイントを探すことに。


 昨晩雨が降ったせいか、水の透明度はそこまで高くないが、なんとなく下が岩でゴツゴツしてそうな場所を見つけることができた。

 釣り糸を長く垂らし、ちょうど仕掛けが海底を擦るぐらいのところで、獲物が食いつくのを待つことにする。


 ――二時間経過。


 ……やはり素人が気軽に釣れるものじゃなかったか。

 消極的な考えが脳裏に浮かび、あきらめかけていたその瞬間――


「……きたぞ」


 じっと静かに黙っていたイルルが、釣り竿を握り直した。

 かなりの手応えがあったようで、竿がツンツンと激しく動き、弓のようにしなったかと思ったところで、大きな獲物が海上へと引っ張り出される。


 それはなんとも巨大なエレファントタイガーで、市場で見たものよりずっと立派だった。

 ドンッと船上に釣り上げられた大海老は激しく暴れ回ったが、さすがに水から引きずり出されてしまえば、逃げることは叶わない。


「さすがイルル、すごいな――って! おれのも引いてる!?」


 イルルの釣果を祝っている暇もなく、さらに二匹目のエレファントタイガーか!?

 ものすごい引きで、こちらが海へと引きずり込まれそうなほどの抵抗である。

 こんなものを、イルルはよく平然とした顔で釣り上げたなと感心するが、彼女ならば小指一本でも引っ張り上げるかもしれない。


「じ、ジンさん! 大丈夫っすか!? ネイリも手伝うっすよ。ふんむぅぅっ」


 おれが苦戦しているのを心配してか、少女が抱きつくようにして踏ん張るのを助けてくれたのだが、いかんせん力不足だ。

 いや、というかこれ、本当に尋常じゃないぐらいの引きなんだけど!


「あっ――」


 間の抜けたような声とともに、おれとネイリは力負けして海へと投げ出されてしまう。

 その衝撃で、針に引っ掛かっていた獲物も逃げてしまったようで、二匹目の捕獲は失敗に終わったのだった。


 残念ではあるが、イルルの一匹だけでも十分な釣果である。


「ネイリ、大丈夫か?」

「ぺっぺっ、しょっぱいっすけど大丈夫っす。村の近くにあった川でよく遊んでたんで、泳ぎは得意なほうなんすよ。ほらほら、ネイリの華麗な泳ぎを見てくださいっす」


 パシャパシャと初めての海ではしゃいでいるネイリは、歳相応の可愛らしい顔をしている。

 そんな少女が、ふと泳ぐのを止めておれの後ろのほうを指差した。


「ねえ、ジンさん。あれってなんすか?」

「ん?」


 なにやら三角形のような形をしたものが、ニョキッと角を生やすようにして海上へとせり出し、水を切るようにして勢いよくこちらに向かってきているではないか。


 おやおや?


 もしかして、さっき釣り針に引っ掛かっていたのって――

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