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11話【ミノタン焼肉】

「うめぇぇぇぇ! なんだこの肉はよぉ!? うまい酒と一緒に味わうとまた格別だぜ!」

「まさか、今日ここでミノタンの肉を食べることができるとは思ってもいませんでした。濃いめのタレで味付けされたこの肉が、麦酒と抜群に合うことといったらもう……これで明日からビシバシと兵の鍛錬に励めそうですよ!」


 ジュウジュウと、耳で味わうことができそうなほど蠱惑的な音が店内に響く。

 熱せられた金網の上で肉が盛大に焼かれている光景は、不思議と疲れを吹き飛ばすほどのエネルギーを持っていると思う。


 ゲンジさんはいつも通り元気であるが、やや疲れているように見えたヘイトリッドさんも、見違えるほどに張りのある声で肉の追加注文をしている状態だ。


「よし! 今日はわしが楽しみに取っておいた日本酒をたらふく飲んでいいぞ! 欲しい者は奥の部屋にある樽から好きなだけ注いでこい!」

「「おおおおおおぉぉぉぉぉ!!」」


 そんなイルルの振る舞いに、周囲から歓声が上がった。


「ジン! お前もこっちに来て食べるといい。肉がなくなってしまうぞ」

「ふにゃあ……アネゴぉ……もうネイリはのめないっすよぉ……でもなんらかふわふわしてすんごくいい気分っすぅ」


 おい、誰だネイリに酒を飲ませたのは……って、イルルだな。

 もともと今日は定休日だったので、こじんまりとしたホームパーティーでヘイトリッドさんをもてなそうと考えていたのだが……換気のために窓を全開にしたことで焼肉の匂いが盛大に外へと漏れてしまい、営業中と勘違いした人が何人も来てしまったというのが、現状である。


 常連客を無下に追い返すわけにもいかず、特にゲンジさんなどは追い返そうとしても帰らないだろうし、どうせならということで一緒に焼肉を食べていってもらうことにしたのだ。


「――はい。追加の肉を山盛り持ってきましたよ。よければこっちの塩とレモン汁で薄く味をつけたほうも食べてみてください」


 貴重なミスジ肉やヒレ肉、ロース肉にカルビ肉といった赤身をたっぷりと載せた皿をテーブルに置く。

 味付けは、タレと塩の二種類を用意した。

 あっさりと塩で食べたい人や、タレの濃い味をくどく感じてきた人にとっては、こちらもぜひ食べていただきたい。


「んん? こっちの肉はどこの部位なんだ?」

「ええと、こっちがミノタンの舌、心臓、横隔膜、それに大腸と小腸に……この表面が白くて肉厚なのは胃袋です」


 ゲンジさんの問いに、おれは部位を示しながら答えた。

 いわゆる、タン、ハツ、ハラミ、シマチョウ、マルチョウ、ミノといった内臓系の部位――ホルモンである。


「ミノタンのミノを食べる……ははは~、ウケるっす~」


 おい、ネイリが色んな意味でヤバい感じになってる気がするが、いったいどれぐらい飲ませたのよ。まったく。


「ほう。私の故郷ではミノタンの内臓を煮込んで食べるのですが、このように焼いて食べるのは初めてです。どれ――」


 ヘイトリッドさんが笑みを浮かべて頷いた。

 さっそく網の上で炙ると、肉から溶け落ちた脂が炭火にかかり、火が強くなりすぎてしまったため、肉の位置をちょっとだけずらす。

 ホルモンが焼けるまでには時間がかかるため、その間に少しだけ時間を遡って記憶を掘り起こしてみよう。




 ――無事にミノタンを狩ることに成功したおれたちは、解体してもらうために村へとミノタンを運んだ。

 さすがに自分で解体すると日が暮れてしまうだろうし、慣れた人にやってもらったほうが、肉からスジや脂なんかを綺麗に除去してもらえる。

 村の男衆が大勢でミノタンを解体していく光景は、海鮮市場でマグロの解体ショーを見ているかのように豪快で、目を惹かれるものだった。


 解体した肉を買い取りたいと言われたので、判断はミノタンを仕留めたイルルに任せた。

 焼肉パーティーに使うとしても、店の冷凍庫で保管しておくにしても、ミノタン一頭から取れる肉は多すぎる。


 結局、イルルは肉の大部分を買い取ってもらうことに決め、おれたちは少量の肉を持って帰ることになったわけである。


 もっとも……それでも肉の重さは数十キロはあったのだが。

『余った分は前のように丸呑みにしてもよかったのだが、それでは村人が可哀想だからな。まあ、この金は有意義に使わせてもらうとしよう』


 肉を売った金はけっこうな金額になったが、この前もイルルがふらりと出かけて大きな酒樽を持って帰ってきたことを考えると、おそらくすぐに使い切ることだろう。

 どうやら、彼女は日本酒が気に入ったようだ。


 ミノタンの肉を持ち帰った後は、さっそく焼肉の準備を開始した。


 焼肉といえば、七輪、炭火、金網のセットが鉄板だろう。

 キンッと高く澄んだ音のする良質な炭に、網目の細かい金網はすぐに購入することができたが、七輪そのものは売っていなかった。


 しかし、七輪よりも大きめの、似たような形をした土窯が売られているのを発見した。

 どうやら、もともとはパンを焼くための土窯のようで、内部を高熱にしてから中にパン種を入れて焼き上げるものらしい。

 これを七輪のように使えないかと考えたところ、ばっちり上手くいったわけである。

 七輪よりはずいぶん大きいので、皆でこの土窯を囲むようにして焼肉を楽しむスタイルとなったのだが、これが案外面白い。

 まるで一つの鍋をつつくかのように、団欒を感じさせてくれる。




「――そろそろ焼けたと思います。食べてみてください」


 ぽたりぽたりと、脂とコラーゲンが溶けてとろとろに混じり合った肉汁が炭にかかり、香ばしい匂いが辺りに充満している。

 これで食欲が刺激されないと言えば、嘘だ。


 ばくり、と勢いよく頬張ったヘイトリッドさんは、にんまりと顔をほころばせて白飯を口のなかにどんどん放り込んでいく。

 すごい勢いだ。


 おれも釣られるようにして、香ばしく焼き上げられたシマチョウを箸に取って口の中へ。

 熱々で、プリッとした食感がなんともたまらない。さらりとした脂が口のなかで溶けて流れていくのは、ホルモン特有の味わいといえるだろう。

 これは無意識のうちに白飯を喉の奥まで押し込んでしまっても、仕方ないというものだ。


 ちなみに、白飯は念願の土鍋で炊いたものである。

 以前、陶器などを扱っているお店で土鍋の特徴を伝え、こういったものが作れないかとお願いしたところ、特注品として作ってもらえたのだ。


 やはり土鍋炊きの白飯は格別。

 一粒一粒が輝くように立ち、甘く炊き上がった白米は、それだけで食べても満足感がたっぷりの代物なのに、そこへミノタンの肉がどかんと豪快にタッグを組んだものだから、もうおいしいに決まっている。


「ジンも少しぐらい飲め。わしが買ってきた酒が飲めないとでも言うつもりか」

「お、おう」


 上司が言ってはいけないワードランキング上位に食い込みそうな言葉だが、イルルが言うなら素直に頷くしかない。


「ぷはっ……うまっ」


 金色の麦酒――ビールもいいが、焼肉と日本酒の相性も抜群で、最高のコンビネーションをみせてくれる。

 むっちり柔らかなハラミはうまいとしか言いようがなく、こりこりとしたミノ、厚めに切ったタンも甘みがあり、変な臭みはまったくない。

 ハツなんかも血抜きがしっかりとされていたし、しばらく牛乳に漬けておいたから、独特な血の匂いは一切なく、弾力のある歯応えと旨味がぎゅっと詰まった肉質は特上ロース肉にもまったくひけをとらない。

 というか、もうなんか全部うまい。


 一般的に、赤身肉は日数を経て熟成させたもののほうがうまいというが、ミノタンの赤身はすでに十分すぎるほど肉の旨味が感じられるし、新鮮なもののほうが良いとされる内臓系は、今味わったように格別な幸福感を与えてくれるものだった。

 ミノタン焼肉、最高じゃないか!

 これほどうまい牛肉があるのなら、もうちょっとこちらの世界にいてもいいと思えるぐらい魅力的な食材だった。


 ――どれぐらいの時間が経った頃だろう。


 夜が深まるごとに騒いでいたお客も減っていき、最後にはゲンジさんとヘイトリッドさんが残るだけとなった。


「へいとらっどたいちょう~、ちょっとは元気になったすか~……ムニャ」


 半分寝ぼけているネイリの言葉に、ヘイトリッドさんは優しく微笑んだ。


「ごちそうさま。とてもおいしく、元気がもらえる食事だった。出来ることなら、この店でもっと色んな料理を食べてみたいところだが、明日には砦へ戻らないとな」


 彼は、テーブルに突っ伏しているネイリの頭を撫でるようにぽんぽんと叩いた。


「この子は……少し無鉄砲なところがありますが、本当は素直で良い子なんですよ。リムリア総督が少年少女に武器を持たせるなと指示を出したときは、正直ホッとしました。熱心に請われたので銃の扱い方を教えたものの、どう考えても、こんな少女が銃を構えて戦うのは間違っていますからね」


 ヘイトリッドさんは、どこか照れるようにして頬をかいた。


「ネイリがこの店で働いている姿を見たときは、本当に嬉しかったのです。故郷には、この子と同じぐらいの年齢の子供がいるものですから」


 そうか……きっと、ネイリを自分の子供と重ねていたんだろう。

 親身になって世話を焼いたのも、頷ける話だ。


「とはいえ、ファルファトリアの動きも活発になっていますし、人手不足なのは事実。体に鞭を打つ覚悟で頑張らないといけませんね。今日は、そのために必要な元気をたくさんいただきましたし、自分が守っている平和がどういうものかを、改めて感じることもできました。どうも――ありがとうございます」


 ヘイトリッドさんは、深々と頭を下げて店を後にしようとする。


「そうだ。今度この街に来ることがあったら、必ず顔を出すことにします。そのときは、またおいしい料理を食べさせてください」


 彼は思い出したかのように懐から何かを取り出すと、テーブルの上に置いた。

 ――それは、数枚の銀貨だった。


 今日はネイリが世話になった隊長をもてなすために焼肉パーティーを開催したわけなので、お代を受け取るのは断りたかったのだが……いつの間にか帰ってしまった他のお客も適当に代金を払っていったようで、テーブルの上には銅貨がこんもりと積まれていた。

 銅貨の山の中には、銀色の輝きもいくつか見受けられる。


 これ……たぶん数日分ぐらいの稼ぎはあるんじゃなかろうか。

 こうなるとヘイトリッドさんだけ断るわけにもいかず、おれは素直に受け取っておくことにした。


「――ネイリは、そろそろ二階で寝かせておくか」


 ヘイトリッドさんが帰った後、イルルが少女をひょいと抱き上げ、階段を登っていった。

 ちなみに、どれぐらい飲ませたのかと尋ねたところ、コップに半分ほどのビールでああなったのだとか。

 これでもう店内に残っているのは、おれとゲンジさんだけである。


「そういえばゲンジさん……例のアレは、順調に開発が進んでるんですか?」


 たしかにミノタンの焼肉は、この世界も悪くないと感じさせるほどに魅力的ではあったが、やはりもとの世界にも未練はあるわけで。

 超高出力の魔導機関の開発――それが今のところ日本へと戻れる唯一の希望である。


「……あまり順調とは言えねえな。圧縮炉内にどんどん魔力を蓄積させれば、理論上ではエネルギーが何千倍にも膨れ上がるはずなんだが……特殊合金製の炉でも、強度が足らずにぶっ壊れちまった」


 圧縮炉が何かはよくわからないが、強度の高いもので作れば成功する可能性はあるのだろうか。


「魔力伝導性に優れていて、おまけに強度も並外れている物質なんて、そうそうあるもんじゃねえんだよ。その特殊合金だって、古代遺跡から発掘されたオリハルコンに、魔法技術で精錬された希少金属ミスリルを合わせたもんだったんだぞ。それが無残にもボカンッ、だ」


 ゲンジさんはそのときの光景を思い出したようで、飲みかけの酒を一気にあおった。


「まあ、あれで無理なら、もっと丈夫なもんを見つけるまでだ。俺は絶対にあきらめねえっ」


 語気を強くしたゲンジさんは、やはり銀貨を支払って店を出ていった。

 うーむ。

 おれにできることといえば……今日のようにうまいものを食べてもらって、応援することぐらいか。


 さて……皆が帰ったところで、後片付けでもしましょうかね。

 壁とか床も掃除しておかないと、焼肉の煙や油でかなり汚れてしまっているはずだ。

 明日は普通に店を開くのだから、今日中に全部終わらせないと。

 これはなかなかに重労働である。


「――何か手伝うことはあるか?」


 そんな声をかけてくれたのは、階段を下りてきたイルルだった。

 ネイリを無事にベッドで寝かしつけてきたらしく、手伝ってくれるのならば非常にありがたい。


「……ところで、前から少し興味があったのだが」


 片付けの途中で、イルルが手を止めてつぶやいた。


「ジンは、なぜ料理人になろうと思ったのだ? なにか、きっかけでもあったのか?」

「うん? なんでそんなことを」

「いやなに、単純な好奇心だ」


 ふーむ。

 おれが料理人になろうと決めた理由……か。

 別に隠すことでもないし、後片付けを中断してちょっと手を休めるのもいいかもしれない。


「――いいよ。おれもイルルに聞いてみたいことがあるし、一杯飲みながら話そう」

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