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10話【牛さん、こんにちは】

「――ここに、ミノタンがいるかもしれないんすか?」


 でこぼことした岩肌が目立つ荒れ地へとやってきたおれたちは、周囲を見回しながら足を止めた。

 イルルに乗ってクレタ地方へと到着した後、近くにあった村でミノタンの情報を聞いてみると、意外にもすんなりと狩りに適した場所を教えてもらうことができた。


 ミノタン専門の狩人がいるぐらいなので、生息している場所が秘匿されているのかとも思ったが、どうもそうではないらしい。

 もし狩ることができたなら、解体なども全部やるから肉を売ってほしいというのだ。

 凶暴なミノタンを仕留めるのは命懸けになるらしく、最近は怪我をしたりで狩人の数も減ってきているのだとか。


「狩れるものなら、どうぞご自由にってことっすね」


 荒れ地といっても、草木などは少ないものの……岩の陰となっている部分が多くて見晴らしはよくない。突然、物陰からミノタンが飛び出してこないとも限らないので、ちょっと怖くなってきた。


「大丈夫っすよ。もしミノタンが出てきても、ネイリがこの三連式魔導銃でばっちり仕留めてやるっす」


 ウェイトレス姿ではなく、マントに革のブーツという、最初に出会ったときの格好をしているネイリが小さい胸を張った。いちおう洗濯は済ませてあるので、衣服についていた埃や泥などは綺麗に落ちているはずだ。


「へえ……三連式っていうのは、何が三つなんだ?」

「魔導銃は魔力を弾丸として撃ち出す仕組みになってるんすけど、この銃は弾丸の種類を炎弾、氷弾、雷弾の三つに自由に切り替えることができるんすよ。試しに撃ってみるっすか? こうやって構えて、照準を――」

「んー、いや、大丈夫だ」


 魔法の弾丸を撃ち出すとはいっても、威力を高めに設定すれば殺傷能力だってあるはずだ。鉛玉を撃ち出す銃と似たようなものだし、興味は惹かれるが、気軽に引き金を引くのも考えものだろう。


「そうっすか。魔力さえ補充しておけば、用途に合わせて使えるし色々と便利なんすけど――って、ああっ! しまったっす!」


「な、なんだ? どうした?」

「いきなり目隠しされて連れてこられたんで、銃に魔力を補充させておくのを忘れたっす。魔力残量ゲージがもうわずかしかなくって……あとニ、三発で弾切れになりそうっす」


「どれどれ、ちょっと貸してみてくれ」


 魔導銃といえど、魔導機関が内蔵されているのなら、魔力の補充はコンロや冷蔵庫と同じく可能なはずだ。


「えーと、ここを……こうかな?」


 魔導機関の核となる魔導石を露出させ、そこへ魔力を補充してやる。

 すると、ネイリが言っていた残量ゲージとやらが一気に満タンまで跳ね上がった。


「えっ!? ちょっ、ジンさんって魔力持ちなんですか? 初めて知ったんすけど」

「あれ? 言ってなかったっけ。店に置いてあるコンロや冷蔵庫に魔力を補充してるのは、おれだぞ?」

「聞いてないっすよ。今のでも全然疲れてないみたいですし、保有してる魔力量かなり多いんじゃないっすか?」


 前に感応石で調べたときは、たしか魔法を扱えるぐらいには高い魔力を宿しているようだった。


「魔力を持ってると、軍隊なんかでもかなり待遇が良くなるんすよ。なんで職業が料理人なんすか?」

「いや、そりゃあ……料理が好きだから?」


「勿体ないっすよ。もっと有効的に――……あ、つぶれる、つぶれちゃう」


 そんなネイリの言葉を中断させたのは、少女を片手でぶらさげるようにして持ち上げたイルルだった。


「力の使い道は、人それぞれだということだ。銃が使えるようになったのなら、きちんとジンに礼を言っておけ」


 がっちりと固定された状態から解放され、どすんと尻もちをついたネイリは、半分泣きそうになっている。


「うぅ……頭がもげるかと思ったっす。凶暴なミノタンよりアネゴのほうが怖いっすよ」


 すりすりと自分の頭が無事であることをたしかめながら、つぶやくように少女はそんなことを言った。


「……何か言ったか?」

「いいえ、なにもっす」




 ――とまあ、そんなやり取りがありつつも、おれたちはミノタン狩りを開始した。


 しかし、数が少なく、遭遇することも稀というだけあってなかなか見つからない。

 起伏の激しい荒れ地を動き回るのは、正直かなりしんどい重労働であり、真っ先に音を上げたのは、他ならぬおれだった。


「わ、悪いけど、ちょっと休憩させてくれないか? なんか足が痛くなってきた」


 竜であるイルルは別格としても、少女であるネイリよりも先に体力が尽きてしまったのは、なんだか悔しい。


「ふっふっふ。ネイリはこれでも軍事訓練を受けた兵士だったんすよ? こういった悪路を歩くときは転倒するのを怖がって前屈みになりがちっすけど、それだと余計に疲れるっす。歩幅をやや小さくするように意識して……体の中心っていうんすか? 体軸がブレないようにすると疲れにくいんすよ」

「なるほど。ネイリは物知りだな」

「いやぁ、照れるっす」


 うん、できれば最初に教えてほしかったけども。


「仕方ない。それでは、ジンはここで休憩しているといい。わしはこの付近をもう一度探索してくる。今日はもう、ミノタンの焼肉以外は腹に入りそうにないのでな」


 どうやら、イルルの腹はもうミノタン焼肉で予約されているようだ。


「ネイリはここでジンと一緒にいろ。もしミノタンを見かけたら、その自慢の銃で仕留めてみるんだな」

「りょうかいっす。アネゴ」


 それだけ言い残し、イルルはでこぼことした岩場を足がかりにして、人間離れした跳躍力であっという間に姿を消してしまった。

 ……あんな狩人に狙われるぐらいなら、自ら焼けた鉄板の上に身を投げ出したほうが楽かもしれない。おれがミノタンなら、一考することだろう。


「……アネゴって、いったい何者なんすか?」

「うん、まあ、本人に直接聞けばいいんじゃないかな」

「それもそうっすね。うん。今はとりあえず、ジンさんのお守りをさせていただくことにするっす」


 ネイリのような少女にお守りをしてもらうというのは、男として微妙に恥ずかしい。

 まあ、真っ先に休憩しようと言い出したのはおれなわけだが。


「それはありがたいけど、危なくなったらネイリは逃げていいからな。子供を守るのは大人の役目なわけだし」

「なぁに言ってんすか? ジンさんはどーんと大船に乗った気でいればいいんすよ。それと、子供扱いされるのはあんまり好きじゃないっす」


 魔導銃の引き金に指を通し、くるくると回しながらネイリは小さな胸を張った。


「どーんと大船に……か」


 ――カラン、カラン……。

 突然、岩肌を小石が駆け下りてくる音が響いた。


 おれとネイリが、音のした方向へと振り向き、さらにその上方へと視線を向けたのは、ほぼ同時だった。


「――ッブモォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」


 肌を震わせるほどの咆哮……というのは比喩ではなく、まるで空気を擦り合わせたかのようにビリビリとした振動が伝わってくる。

 崖の上からこちらを見下ろしているのは、真っ黒な体毛に覆われた――巨大な牛。

 反り返った二本の角に、赤黒いような濁った目がこちらに向けられていた。


「で、でかっ……ミノタンって、こんなに大きいんすか?」

「いや、おれに聞かれても……」


 どうしよう、誇張ではなくゾウぐらいの大きさなんだけど。


「ブルアァァァッ!!」


 雄叫びを上げながら崖を駆け下りてくる猛牛の迫力は、まるで大きな重機が音を立てて崖から滑り落ちてくるかのようだ。


「こ、このっ……!」


 横にいたネイリは、猛牛ミノタンを前にしても退かずに銃を構えた。

 素早く引き金を絞り込み、銃口から放たれたのは――数発の炎弾である。

 拳ほどもある炎弾が、駆けてくるミノタンへと襲いかかった。


 ……のだが、ミノタンは巨体にもかかわらず、非常に素早い動きで向かってくる炎弾を全て回避してみせたのだ。

 あの体であれだけ動けるなんて、反則もいいところだ。

 色が赤いわけでもないのに、物理法則を無視してるんじゃないのか?

 などと考えている暇もなく、ミノタンがこちらまでの距離を一気に詰める。


「危ない! ネイリ!」


 次弾を撃つべきか一瞬躊躇していた少女の体を抱えながら、おれは地面へと転がるようにして猛牛の突進をなんとか回避した。


「うう……よくもやったっすね。動きが速いのなら、これでどうすか!」


 バキン、バキン――と、さっきと異なる発射音が響き、今度は氷弾がミノタンへと撃ち出された。狙いはやや下方にずれているようだが――


「ブモォ!?」


 どうやら、ミノタンの足元を地面ごと凍らせることに成功したようだ。


「ふっふっふ、そろそろ気絶して大人しくしてればいいっす」


 威力を最大に設定した雷弾が、ミノタンへと放たれた。

 極太の光の鞭が束になって猛牛の体へと巻き付き、巨体を蹂躙してシュウシュウと音を立てる。こんなのをまともに喰らえば、人間なら確実に命を落とすことになるだろう。


 ――そう。人間ならば。


「ブホゥ……ブフゥ……ッブモォォォォォォォォォォォ!!」


「あの……ネイリさん?」

「なんでしょうか……ジンさん」

「気のせいか、ミノタンがすんごく怒ってるように見えるんですが」

「それはたぶん……間違ってないっすよ」


 凍結していた足元からパキンパキンとひび割れるような音が聞こえ、今にも猛牛ミノタンは怒りの突進を繰り出しそうだ。


「あ……そうだ。ネイリはちょっと用事を思い出したっす」

「――待たれよ」


 ふいっと素知らぬ顔で歩き出そうとした少女の肩を、おれは反射的に掴んだ。


「ちょっ、放してください。もう氷が割れちゃうっす。やばいっす! 子供を守るのが大人の役目なんじゃないんすか?」

「それはたしかにそうだが、子供扱いされるのは嫌いなんじゃなかったのかっ」

「ネイリはまだ子供っす。絶賛コドモキャンペーン中ですよ!」


 くっ……どこぞの通信事業者みたいなこと言いやがって。


「だいたい、大船に乗ったつもりだったのに、船長が真っ先に逃げ出すのもいかがなものかと思うわけで……おい、何食わぬ顔でおれの背中に隠れるな!」

「船長だって人間なんす。ビビることだってあるんす!」


 ――とまあ、このような醜い争いをしている間にも、ミノタンの自由を奪っていた足元の氷はどんどん砕け散っていく。


「「あ……」」


 ――氷が割れた。


 おれは、咄嗟に懐にしまってあった包丁を取り出して構えた。

 竜の牙から削り出した切れ味抜群の包丁だが、ミノタンのように激しく動く相手にどこまで通用するものか。

 ネイリも、なんだかんだ言いながらしっかりと銃の照準をミノタンに合わせている。


「このぉぉ!」

「くらえっす!」


 ――ズズンッ。


 おれとネイリの二人が、そんなちょっとだけ熱い展開を迎えていたところへ、空から何かが勢いよく降ってきた。


「鳴き声が聞こえたかと思えば……本当に、わしに助けられるのが好きらしいな」


 長く美しい銀髪が少しだけ風で乱れているものの、紅玉のように綺麗な瞳でミノタンを見据えているのは――イルルだ。


「やっと見つけたぞ――焼肉よ」

「ブモォォォォ!」


 ミノタンは興奮のままに地面を抉るほど踏みしめ、目の前の相手に猛突進を敢行した。


「いけないっす! いくらアネゴでも真正面から相手にしたらっ――」


 ネイリが悲鳴にも似た声を上げたが、ミノタンの勢いはもう止まらない。


 ドッゴォォンッ!


 なんというか、厚さ数メートルの巨大なコンクリートの壁に大型トラックがぶつかったら、さすがのトラックもグシャリッと紙くずのようにひしゃげてしまう。

 うん、あんな感じ。


 ミノタンのずっしりとした体重と、機敏な動きを可能とする速度が、突進の破壊力へとつながっていたのだと思うが、そのエネルギーが一気にゼロになった。

 つまりは――イルルが片手で難なく受け止めたのである。


「終わりだ」


 イルルが手刀を振り下ろすと、ミノタンの首は花でも摘むかのようにストン、とあっけなく落ちた。

 ミノタンの首回りは、大斧を何回も打ち下ろさないと切断できないほどの太さがあったのだが、それを手刀で一撃。


「……決めたっす。ネイリは絶対にアネゴには逆らわないっす」


 そんな光景を見て、隣にいた少女は何やら決意を新たにしているようだった。

 イルルは、動かなくなったミノタンを見やり、今度はおれのほうを見る。

 言葉で語らずとも、彼女が何を言いたいのかはわかった。


 ここまでは、イルルの仕事。


「来てくれると思ってたよ」


 そして、ここからはおれの仕事である。


「今夜は――焼肉パーティーだ」

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