表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/23

プロローグ【竜との出逢い】

新作を掲載します。

よろしくお願いします。

詳細は活動報告に記載しております。


「ふぅ~、ちょっと買いすぎたかな」


 その、ずっしりとした重みが心地良い。

 なにしろリュックの中には、選び抜いて購入した戦果がぎっしりと詰め込まれているのだ。

 基本的な調味料から始まり、香りづけに使用する各種スパイス、他にも米や小麦粉などなどが、ぎゅうぎゅうとひしめき合っている。


 調味料専門店やキッチン用品の店というのは、なぜあのように心躍るのだろうか。

 下手をすれば一日中笑顔で店内を歩いていることができると思う。

 おかげで買い物を終えた今は、すっかりと陽も落ちてしまっていた。

 これらは、一人暮らしを始める男が買い集めるには過剰な量といえるが、おれにとっては必要なものなのだ。

 料理が趣味という人も多いだろうが、おれの場合はもう少しだけ料理との結びつきが強い。


 ――つまるところ、おれの職業は料理人なのである。


「ついに支店を任せてもらえることになったし、心機一転で頑張らないとな」


 おれは暗い夜道を歩きながら、ふと自分が料理の世界に足を踏み入れたきっかけを考えてみた。


 ――共働きだった両親は、夜遅くまで仕事をしていたため、あまり料理に時間を割くことができなかった。中学生ぐらいだったか、おれは自分に何かできないかと見よう見まねで家族のために料理を作ってみたのだ。

 最初は酷いもので、食材を無駄にすることも多かったが、しばらくすればそこそこ食えるものが出来上がるようになり、高校へ上がる頃には母親が台所担当を完全にこちらに丸投げしていた。


『今日は唐揚げが食べたいな』

『今日は野菜たっぷりのシチューなんてどう?』

『今日はハンバークが食べたいよぉ』


 というのは、同日の朝に聞かされた家族からのリクエストである。

 わりと大変ではあったが、誰かに料理を作って喜んでもらえるのは嫌いじゃなかった。


 そんなこともあり、単純かもしれないが、おれは高校を卒業してから料理の世界へ。

 有名レストランで修行などと大それたことは考えず、そこそこ人気のある飲食店で働かせてもらうこと数年。

 頑張った甲斐もあってか、オープン予定の支店を任せてもらえることになったのが、つい先日だ。

 買い物をする際の気分もウナギのぼりとなるのは仕方がないことだろう。


『お前にも……そろそろ店を一つ任せるときが来たかもしれねえな』


 オーナーがおれにそう言ってくれたときの嬉しさは、言葉で言い表せられないほどだ。

 厳しい人で、同じようなミスをすれば容赦なくゲンコツで鉄拳制裁するような職人気質な人物である。

 それが相手の成長を願ってのことだと思えるようになったのは、働き始めて一年ほど経った頃だったか。

 そんなオーナーに認められたことが、ただただ嬉しかった。


 支店を任せてもらうにあたり、店の近くに引っ越して一人暮らしを始めることにしたので、今日はキッチン周りに必要なものを色々と買い出しに行ったのである。

 おかげで、リュックの中がこのような飽和状態になっている。


 新居となる部屋のリビングには、テレビにソファーベッドといった必要最低限のものしかないが、キッチンには大型冷蔵庫、高機能オーブンレンジ、お気に入りメーカーの鍋や調理器具などがきちんと整理されて並べられている。

 そこへリュックの中身が加われば、準備は万端だ。


 一人暮らしをするときに、今まで台所担当をこちらに丸投げしていた家族がちょっと心配ではあったが、さすがに飢死することはないだろう。

 妹なんかは最後までおれが引っ越すことを反対していたが、こればっかりは仕方がない。


「家族以外にも、腹を空かして待ってくれている人がいるわけだしな」


 本店へ遠くからわざわざ足を運んでくれていたお客もいたわけで、もうそろそろ支店がオープンすると聞いて、とても喜んでいた。

 おいしいものを食べてもらって、腹を満たしてもらう。

 料理人として、その責任は重大である。


「よし。やってやるぞ」


 そうしておれは、意気揚々と歩を進め――




 ――突然の光の奔流に思わず目を閉じた。


 道路を走っている数十台もの車のヘッドライトが、一斉に自分に向けられたかと錯覚するほどの眩しさだ。とても目を開けていられない。


 なんだこれは……?

 異常な事態に遭遇していることは、なんとなくわかった。


 とても怖い。

 が、何もできずにジッと身を構えることしかできない。


 やがて、足元に感じていた地面の感覚がふっと消え去り、ふわふわと宙に浮いているような奇妙な感触が靴越しに足裏をくすぐる。

 しばらくすると、また地面に足がつく感覚に戻った。


 どうやら光も収まってきたようで、おれは恐る恐る目を開けた。


「なん、だ……? いったい何が起こっ……?」


 口をぽかんと開けたままのだらしない顔になってしまったのは、仕方ない。

 大都会とはいえないまでも、そこそこ人通りも多く、車も行き交う都会の街中を歩いていたはずなのに、視界に飛び込んできたのは、月明かりに照らされた森。


 森――――どこもかしこも森だ。


 おそらく人の手など加えられたことのないであろう、原生林だった。

 ……なんでやねん。

 と思わずツッコミを入れてしまいそうになったが、十秒ほど我を失ってもいいぐらいの衝撃的な出来事である。


 待て。待ってくれ。

 なんだ、これ?

 いくぶん冷静になり、おれは自分の体の感覚をたしかめてみる。

 背中にある、ずっしりとしたリュックの重み。

 それは、この現状が夢ではないと訴えているかのようだ。


「は……はは、瞬間移動でもしたのかな、おれ」


 非現実的な状況に焦ってはいるが、目の前にある現実を否定ばかりしていても何も始まらない。

 思い出したかのようにポケットにつっこんであったスマホの液晶を覗いてみるが、半ば期待していなかった通り、『圏外』という文字が浮かび上がっていた。


 圏外――つまりは電波の届かない場所にいるということ。


 少なくとも、あの一瞬でおれが別の場所に来てしまったことだけは事実のようだ。

 だとしても……ここはどこだ?


 日本のどこかなら、まだ救いはある。

 電波の届かない場所というのがいささか不安だが、夜が明けてから人里を探せばなんとかなる可能性が高いだろう。


「……にしても」


 食材探しで植物について勉強したこともあるが、周囲にある木々は日本に生息するものとは微妙に異なっている気がする。

 まさかの外国……?

 日本語以外の言葉なんて、英語だってまともに話せない。

 自慢ではないが、おれは日本から出たことがないのだ。


 不安が頭の中で積み重なっていくが、思考を放棄するわけにはいかない。

 おれはリュックにしまってあった着火器具を取り出し、地面に落ちている枯れ草や枝を集めて火を焚いた。キッチン用品の一つとして購入したのだが、まさかこんなところで役立つとは思ってもみなかった。

 ……とにかく、ここがどこであれ、夜道を歩くのは危険すぎる。

 夜が明けるまで焚き火を絶やさないようにするのが最も良策だろう。


 ――はい。そう思っていた時期がおれにもありました。


 焚き火をする……それが下策だったことを知ったのは、腕時計の短針が二、三個の数字をまたいだ頃だ。

 焚き火に差し込んだ枯れ枝が、パチンと音を立てて炎に呑まれていくのを観察していると、金属を擦り合わせるような耳触りな音が混じった。


 勢いよく首を捻るようにして、音が聞こえたほうを振り向く。

 暗緑色の茂みが、ガサガサと揺れた。

 野生動物ならば、火を怖がって近づかない……でほしいと心の底から願う。

 が、そんなおれの儚い期待は、次の瞬間に色んな意味で裏切られた。


「ギチギチギチ……」


 そんな嫌らしい鳴き声とともに姿を見せたのは、一言で表すなら虫の化け物だったからだ。

 全身は硬そうな甲殻で覆われ、異常に発達した顎が開閉を繰り返して、まるでこっちを威嚇しているようにみえる。


 いや、それよりも目の前の虫を化け物と呼んだ一番の理由は、その大きさだった。

 人間よりも巨大な体を有する昆虫など、子供の頃に読んだどの昆虫図鑑にも描かれていなかった。

 バカでかい蜘蛛なんかの映像はテレビなんかで見たことがあるが、厳密にいえば蜘蛛は昆虫ではなく……いや、今はそんなこと果てしなくどうでもいい。


 とにかく、およそ地球上には生息していないであろうサイズの虫の化け物である。


 ――逃げろ!


 本能的に頭から発せられた指令をすぐさま受諾し、全速力で駆け出した。

 あの化け物が虫の一種だとすれば、焚き火の明かりに釣られておれを追ってこない……ということはまったくなく、ギチギチという恐怖感を煽る鳴き声を上げながらガンガン追いかけてきているではないか。


 大人になってから、恐怖で泣きそうになったのはこれが初めてかもしれない。

 ヒィっという女性のような声が喉の奥からせり出しそうになり、月明かりに照らされた森の中をひたすら走る。


「く、くるなっ」


 無我夢中だったせいか、とっかかりのある巨樹を見つけて抱きつくようにしがみついた。

 必死に幹を登り、ちらりと視線を下にやる。

 ……どうやら、あの化け物は木を登ってはこないようだ。


「た、助かった……のか?」


 と思ったのも束の間。

 視界の端、暗闇の中で何かがもぞもぞと動き、今度は鼓膜をつんざくような鳴き声。


「ブギィィィィィィッ!」


 ――巨大な猪。

 そう形容するのが一番相応しいのだろうが、そいつの背中には翼が生えていた。

 翼を広げてこちらへ襲いかかろうとした巨大猪に驚き、おれは無様にもつかんでいた枝から手を放してしまう。


「あ、ぐ……」


 不器用な受け身でなんとか骨は折れずに済んだが、下には当然ながら先程の虫の化け物がいらっしゃるわけで。

 そして巨大猪までが地面に降り立ち、おれを睨みつける。


 そろそろ走馬灯に頭の中を開け渡そうかと思った矢先――


「……騒がしいと思えば、人の子がこんなところで何をしている?」


 肌を震わすような声。

 けっして大きくはないが、その声はよく響いた。


 どこからか風が吹きはじめ、やがて台風と錯覚するほどの風圧が体に叩きつけられる。

 ズズンッという地響きとともに月夜の空から降り立ったのは、紛れもなく――竜だった。


 いやはや、巨大な爪、鋭い牙、雄々しい角、そして巨大な翼までをフルオプションで装着させた爬虫類のような超巨大生物……なんていう回りくどい表現をするぐらいなら、竜と言ってしまったほうがわかりやすいに決まっている。


 虫の化け物や翼の生えた巨大猪までなら、百歩譲って地図でも見たことのないような秘境に飛ばされてしまったのだという説明に頷くこともできただろう。

 だが、竜は違う。

 竜は架空の生物であり、地球上には存在しないはずのものだ。


「ギチギチギチ」

「ブフッ、ブギィィ!」

「……さえずるな、虫や小動物風情が」


 そして、おそらくだが竜の喋っている言葉の内容が、おれには理解できている。

 こうなると、もう考えられる可能性は残り少ない。

 すなわち、おれの頭がおかしくなってしまったか――ここが地球上ではないどこかということだ。


 空気を裂くかのような、ブォンッ!! という鈍くて重い音。


 竜の薙ぎ払った一閃で、虫の化け物と巨大猪は即殺されてしまった。

 硬そうな甲殻も、毛に覆われた分厚そうな皮膚も一切関係なく、虫と猪は引き裂かれて生涯を終えたのであった。


 というか、他人事ではなく、次は自分も引き裂かれるのではないだろうか。

 そんな可能性に気づき、恐る恐る竜を下から見上げてみる。

 幸い、竜はおれに向かって腕を振り下ろそうとはしなかった。


「何をしている……と訊いた」


 威圧するような声ではない。どちらかといえば、紳士的といえるだろう。

 もしここで竜が威圧的な態度だったら、おれは発狂していたと思う。

 背中にあるリュックから調味料を全部取り出し、おいしく味付けするからそれまで食べるのは待ってほしい、とか言って延命を懇願していたに違いない。


 しかし……言葉が通じるのなら、ありのままを話すべきだろう。

 ここがどこなのかも、教えてもらえるかもしれない。


「――――で、気づいたらこんな場所にいたわけで」


 とはいえ、話すことなんてそれほどない。光に包まれて、気づけば森の中にいたのだから。

 そんな拙い説明ではあったが、竜はこくりと頷いてみせた。


「なるほど。お前はおそらく”稀人(まれびと)“であろう」

「まれ……びと?」


 聞きなれない単語に、おれは首を傾げる。


「そうだ。お前のように突然この世界に現れる人間のことを、そう呼ぶ。どこから来るのかは、わしも知らんがな」

「え……」


 待て待て。

 いや、待ってください。

 やはりここは地球ではないのか。となると、おれは別の世界に飛ばされてしまった……?


 すでに稀人という呼称があるということは、この世界へ来てしまったのはおれが初めてじゃないようだ。

 『神隠し』なんて言葉があるが、ああいったものは何らかの事件に巻き込まれたり、本人が家出をしたまま消息不明になったものを、そう呼んでいるのだろうと思っていた。

 しかし、神隠しと騒がれていた人たちの何人かは、実はこちらに飛ばされてしまっていたのかもしれない。


 あまり褒められたことではないが、自分以外にもそういった人がいるであろうことを知り、心のどこかで安堵してしまった。

 同郷の人がいるかもしれないという希望は、あまりにも現実離れしたこの状況を呑み込むのに一役買ってくれたのは間違いない。


「あの……遅ればせながら、助けていただいてありがとうございます」


 どうにか気分も少し落ち着き、竜にお礼の言葉を述べることもできた。

 ――のだが。


「なに、戯れに助けてやっただけだ。それで……お前はわしにどんな礼をしてくれるつもりだ?」

「え?」

「命を助けてやったのだ。相応の礼をするのは道義だろう。できぬというのなら、戯れに助けた命の灯火を、戯れに消すのも一興だろうな」


 あれ……? 誰だっけ。この竜を紳士的だとか言ったのは。

更新頻度は1~2日を予定。

書けたものを手直ししながら掲載していく予定です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ