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夢の家族  作者:
1/1

アップリケのポーチ

1 きっかけ


高部結花は授業の始まる前にトイレに行った。いつもは「大親友」のあかねと一緒にトイレに行くのだが、今日はあかねはまだ学校に来ていない。トイレも友達と一緒なんて変だと、親は言っていたけれど一人でトイレなどに行って、友達がいないと思われるのは嫌なのであかねをさそっていたのだ。

だから、あかねがまだ登校していない今日は、一人でトイレに行き、鏡の前でメイクを直した。


「あら、お化粧は禁止じゃなかったっけ? 」

うざい、と一瞬思った。次の英語の大下先生だ。たしか、大下夏美とか、そんな名前だったような。

なんとなく、この先生が苦手だ。。でも親友のあかねは大下先生の授業が分かりやすいとか、好きだとか言っていたような気がする。

大下先生は独身で、彼氏いない歴30年とか言っていた。だれも驚かない。

でも、今トイレの鏡の前でちらっとみたら、実は結構美人じゃないかと思った。いつも変な顔に見えるのはメイクが下手だからだと思う

今時、高校生のメイクは常識だ。大下夏美のように、30過ぎてもメイクの仕方をろくに知らないほうが変なのだ。

大下先生もメイクを直していたので、面白くて観察していた。眉の書き方が下手すぎた。


「せんせ、メイク下手だね。眉はこうやって描くのよ」

「やめなさい」

先生は最初は嫌がっていたが、片方を上手に描いてあげたので、そうしたらもう片方も描かせてくれた。

われながら上手にできたと思う。

「ありがとう、お化粧は違反だけど、今回は大目に見ましょう」なんて言ってくれた。


でも、もっとあきれたのは化粧ポーチだ。

フェルトの布でクマのぬいぐるみのアップリケ。子供が手作りしたのだろうけれど、ありえないほど古い。

しかも、刺繍で「なつみちゃん ともこより」と書いてある。

子供のころに友達にもらったのを20年以上大事にしているの?

この先生、ありえない。

友情も大事かもしれないけれど、こんな化粧ポーチ持ってるんじゃ一生モテないと思う。


「せんせ、このポーチ、かわいいね 手作り?」

お世辞を言ったら

「ありがとう 中学の頃に親友が作ってくれてね なんとなく手放せなくて」

ときた

「写メとっていい」

「うん、いいよ」

不細工なクマのアップリケがあまりにも笑えたので写メをとった

「大下Tの化粧ポーチ ださ」とでも書いてLINEでみんなに送れば少しは受けるだろうか

話のネタにはなりそうだ。


大下先生のメーク直しを手伝ってあげて、それから教室に戻った

近くの子に、さっきとった写メを見せたら

「やば」「なにこれ」「ありえん」と盛り上がった。

それにしてももうすぐ歴史の時間が始まるというのにあかねは来ない。

いつも遅刻をするのは結花のほうで、あかねが遅刻というのは珍しいんだけれど


で、とりあえずLINEに先ほどの写メを添付して送った

「どーしたの?? あかねが遅刻って珍しいね 面白いもの送るね 大下Tのポーチだよ」



2 事故

今朝、あかねはお昼のパンを買うために途中下車をした。おいしいと評判のパンを買っていって、親友の結花にも分けようと思ったのだ。

たまたま結花と一緒に見ていた雑誌に、「おいしいパンのお店」というような特集があって

「わー、これ食べたい」と結花が言ったお店、住所を見たらあかねが通学に乗る電車の途中の駅だったので、「ここなら近くだよ、私が電車で通る駅」といったら「なら買ってきてよ」という流れになった。

この駅で降りるのは初めてで、とにかく上品な雰囲気で、雑誌に載っていたパン屋も本当に小さいパンなのに驚くほど高かった。けれどたまにはこういうところもいいなあ、と思う。

で、パンを買って駅で待っていたら、近くに3つくらいの女の子がお母さんと一緒に来たのだ。

手作りだろうか、愛らしいリバティプリントのワンピースを着ている。

あかねがたまたまカバンにつけていたぬいぐるみが気になったらしい。

「これ、クマさん?」

ずっと引っ張っている

「え、犬なんだけど」

「犬さんなの? お姉ちゃんが作ったの?」

「ちがうよ。お姉ちゃん、こういうの作れないよ」

「ママは作るよ」

あかねは正直なところ、少し面倒になってきた。


そこへ近づいてきたのはとても上品なお母さんだった。

「もえちゃん、お姉さんにご迷惑ですよ。おやめなさい」と優しくたしなめる。

そして、あかねに

「ご迷惑だったのでは? ごめんなさいね」といった

「いえいえ、いいですよ。何ならこれ、あげようか」

正直なところ、カバンにつけていた犬もあまり好きなデザインではなかったので別に惜しくはない。

お母さんが「そんな、申し訳ない」と言い始めた横で女の子は「ありがとう」といったので

カバンから外して持たせてやった。

「じゃあ、お礼にこれをあげる」

女の子は、握りしめていた古い小さなポーチをあかねに手渡した。

クマのアップリケがあり、刺繍で「ともこ」とある。


「え、これ、大事なのじゃないの」

「大事だよ。ママのお友達のなつみちゃんとおそろいのポーチなんだって、でももういらないって」

意味が分からない。ただ、「なつみちゃん」という名前が引っ掛かった。

横にいる母親の顔をそっと見ると、「どうぞお持ちください 古い汚いものなのでかえって失礼とは存じますが」と恐ろしく丁寧な返事が返ってきた。

あかねは少し考えたが、女の子の気持ちを無駄にしてはいけないと思い、とりあえずこの古いポーチを受け取った。このホームにとまる電車は一種類しかない。どうせこの親子も同じ電車に乗るのだろう、今受け取っておいて、降りる前にお母さんにそっと返せばよいだろう、と考えたのだ。


電車が近づいてきたことを知らせるアナウンス。

あかねはベンチから立ちあがった。


そのとき、さっきまで無言だったお母さんがあかねのほうを向いて行った

「ごめんなさい、この子も連れて行こうと思ったのですが、やはり置いていきます」

意味不明だ。聞き返そうと思ったとき、お母さんはホームの端に向かって走っていき、そして消えた

耳をつんざくようなキューブレーキの音、騒ぎ声。


「あの、お母さん、あぶないですよ」

反射神経の鈍いあかねが、ようやくそんな声をあげたとき、ホームのそばでは

「わ、自殺だ」

「うそだろ」

という声が飛び交っていた

横で女の子はあかねの手を握って黙っている。何が起こったのかもわからないのだろうか。泣きもしていない。

あかねは足ががたがた震えて動けなくなった。幼いもえちゃんの手を握りしめて、その場に立ち尽くした。



3 

教室は騒がしい。1時間目は歴史だ。

大下夏美先生の眉、結花が描いてあげたんだけれどだれか気づくかなあ




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