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ラブストーリーは死後の世界で

作者: 南豆木

  そこは暖かな陽だまりによって、何もかもが煌めいていた。


  アタシには好きな人がいる。


  そいつは常に輪の中心にいて席まで教室のど真ん中という、愛される為に生まれてきたような奴だ。

  打って変わりアタシは男兄弟に囲まれ育ったせいか、言葉遣いも性格もガサツな嫌われ者である。


(……静かだな)


  夕焼けが照らす教室はシンとしていて朝や昼とは異なる様相を呈する。一緒に帰る友人もいないアタシは今も自分の机にだらしなく足を乗せ、ただぼーっとしていた。

 

(今アタシ笑えるぐらい、まぬけづらしてる気がする。いやわかんねぇけど)


  嫌われ者にお似合いな隅っこの席で窓を見ながら思う。薄っすら映る行儀よく並ぶ机に、ついガラス越しにでさえあいつがいた席へ視線がいく。右隣は大和撫子美人の委員長、左隣は童話のお姫様みたいにふわふわした可愛い……図書委員だっけ。

  昼休みの時間、女の子に挟まれ楽しそうに話す光景をイラつき半分と諦め、というより自分への呆れ半分でチラ見していた。


  こんなアタシを選ぶ訳ねーだろって。


  壁時計は今日も変わらず六時を指している。


(暇過ぎて回想ふけるとかキモいアタシ)


  特にやる事も思いつかず机に突っ伏していると、ここ数週間で聞き慣れてしまった音が耳に届き息が詰まった。

  ゆっくり、ゆっくり近づくカッカッと硬い物が等間隔にぶつかる音、ズッ……ズッ……と物を引きづる音に心臓が締め付けられ苦しい。

  来るな来るな、来ないでくれ。願えど教室の扉が開きアタシは顔を手で覆った。


(勘弁してくれ)


  そこに居たのは老人であった。黒板側の扉に手をつき、覚束ない足取りで入ってくる。キョロキョロ教室全体を見回した後、何かを待ってるかのように立たずみ暫くすると肩を落とし呟いた。


「今日もいないのかなぁ」


  (あぁいないさ。早く帰れ)


  大丈夫おとなしくしとけば諦める。数日前からこの方法で乗り切ってきたんだ。俯き歯をくいしばる。だが老人の足は後退せず、あろうことか教室の中へ進み始めたのを、音で気づき思わず覆っていた手を離し顔を上げる。

  机と机の間、人一人分の隙間をよろめきながら歩いているのだ。時折机の足に当たる杖にふらつく体が危なっかしくアタシは反射的に叫び、立ち上がってしまった。


  椅子が動き床と擦れ、倒れる。


「あっ」


  しまったと後悔しても遅く、老人は一瞬目を見開き直ぐにあの優しい眼差しを向けた。


「茜ちゃんは相変わらず照れ屋だね」


  シワを寄せてくしゃりと微笑み、ど真ん中の席に座る動作はなんら違和感がない。当たり前だ。


(だってその机は──)


  アンタの席なんだから。


  神様とやらは随分アタシが嫌いらしい。死後六十年も過ぎた世界に地縛霊として存在させるだなんて酷い話だ。

  朝ベッドから起きるのと同じ感覚で気がついたらアタシはここにいた。やけに頭は冷静で、漠然と自分は死んだのだと把握したけど、視界に収まる光景は到底理解が及ばなかった。

  人の気配が感じられない建物。窓から差す朝日を反射して輝く埃が床を幻想的に映し、異世界に迷い込んでしまったのかと錯覚した。


(埃のくせに綺麗とか生意気)


  蹴っ飛ばそうとしたが、大きな塊はアタシの足をすり抜けビクともしない。


「アタシ、本当に幽霊になっちまったんだ」


  深く考えず口にした言葉は得体の知れない恐怖になった。急に現実味を持ってジワジワ侵食する。

  このままずっと一人孤独に、永遠に。


(てか、何処だよここ)


  少しでも気を紛らしたくて部屋に視線を巡らす。そうでもしないと怖くて仕方なかったんだ。

  五つの机が椅子とセットで四列並んでいて、前には教卓。少し頭を上げると秒針刻んでいない丸い壁時計は六時で止まっている。


「教室だよな」


  変色している時計下の壁は、黒板があればちょうどそれぐらいの大きさからして元々はあったのだろう。次にしゃがんで机の中を覗く。


「空っぽだ」


  あるのは砂っぽい埃だけ。 端から順に覗けど皆同じで次第に焦りが生じる。何かないかと半分調べ終わった時だ。

  たった一つの机がアタシの恐怖を取り去った。中央にある細かいキズ、薄っすら残る角ばった字の後は見間違いようがない。だって毎日見ていたんだ。

  授業中の真剣な横顔。休み時間友達に囲まれ楽しそうに話す表情が好きで、けど目が合って気づかれるのが恥ずかしく、いつも少し顔からずれた手元ばかり見ていた。だから好きなアンタを想うと真っ先に浮かぶのはおかしな事に机だった。


「アンタ筆圧強くてプリント破いてたもんね」


  自分の知っている場所だとわかっただけで随分安心する。ちょっとドキドキしながら机の表面を撫でると凸凹した窪みが指に伝わり、緩みかけていた頬が固まった。


「……あれ」


  感触がする。


  下を向いて足を振る。埃は石みたいに動かない。もう一回手をつく。


「んん⁇」


  試しに持ち上げてみたら簡単に浮いた。どういう理屈か。机は触れられるのかと眺めながら、なんとなしに後ろの机に寄りかかったアタシは事態を認知する間もなく天井を見ていた。後頭部が痛い。


「はぁあ〜⁉︎ 意味わかんない」


  身体は机と合体でもしてるかのようにすり抜けている。まさか他もかと起きて手を伸ばしたら案の定、指先は空を切った。

 

(好きな人の物のみ触れるって……)


  途端に顔が熱くなる。


(決めつけるには早いっ)


  八つ当たり気味に腕を振りついでに足も振る。


  この時だ。今教室に入って来た老人が現れたのは。

  アイツの以外に自分の使ってた机が触れるとわかり、疲れて座っていたら急にスライドした扉から白髪頭がひょっこり。

 

(やだ幽霊⁉︎ どうし……幽霊はアタシか)


  情けない話しビビってた。でも懐かしいと言わんばかりに目を細める老人には、アタシが見えていないと察して冷静になる。

  最初はボケたじいさんかと思ってた。腰は曲がってるものの、しっかりした歩きで机との間を進行し、まるで生徒のように着席したから。


(じいさん何歳だよ。学生のつもりで通学しちゃたの⁇ って、おい‼︎)


  あまりに自然と腰を下ろすので見落としたが、老人が座った椅子はアイツの席だったのだ。


「ちょっと‼︎」


  宝物を汚された錯覚に陥り、考えるより先に今日と同じく立っていた。勢いよく膝を伸ばした為、椅子が倒れ埃が舞う。

 

「座るなら違う席に」

 

「──ちゃん⁇」


「なんだよ、早くそこから離……れ……」


  頭が真っ白になった。


(……え)


  今、この老人はなんと言った。


「茜ちゃん。変わらないね、その慌てん坊なところ」


  なんでアタシの名前を。


「移動授業の時いっつも椅子倒して、そのまんま教室出て行っちゃうから僕直してたんだよ。気づいてた⁇」


  知らない、知らない。こんなじいさんアタシは──。


「ほっとけない。守ってあげたくなる」


「あっ」


  その言葉。その眼差し。


「あれから六十年。時間が経っても茜ちゃんは可愛いね」


「まさか……日向、なのか」


  少し首を傾げ微笑む仕草に優しさ溢れる甘ったるい瞳が、アタシの知る好きな人と重なる。


「なんで」


  自分の手の平はシワひとつない死んだ当時のまま。恐る恐る撫でた張りのある頬の筋肉が引きつり唇が震える。


「六十年⁇ なにいってんの‼︎」


「取り壊される前に来てよかった」


「ねぇちょっと‼︎」


  無視するなと睨んで気づく。彼とアタシを隔たる決して超えれない壁がある事に。

  日向の瞳にアタシは映っていなかった。声も、聞こえてない。肩を掴もうとした手は宙ぶらりんに彷徨い、落ちて、拳になった。


  それから日向は飽きもせずここへ訪れた。どうやら、ひとりでに倒れた椅子を目撃しアタシの幽霊が机に憑いてると思い込んだらしい。

  学生時代の取り留めもない話しだったり、近所に住む野良ネコの可愛さを真剣に訴える様子が面白く。イタズラに机の板や足を返事代わりに叩けば嬉しそうに「もっと聞いて」と饒舌になる。ネコよりアンタの方が可愛いよ。

  好きな人の老いた姿は色々複雑であったが、中身はちっとも変わってない。アンタ人の事言えないだろ。

  数日も経てば余裕が出来て楽しい、幸せな時を過ごせた。絶望から一周回って開き直った……筈だった。


  カッカッと廊下に響く音がアタシを死者だと痛感させた。ゆったり開く扉に誰が来たのかと身構えてたら、杖をつき足を引きづって歩く日向が笑いながら入って来た。


「転んじゃってね。大丈夫すぐに治るよ」


  そう言ったそばからバランスを崩し転倒する彼をアタシは見ているしかなかった。

  咄嗟に受け止めようとした身体は、すり抜けた。


「なぁ今日は帰りなよ」


  床に打ち付けた所を摩り、ぎゅっと眉間にシワを寄せ痛みをこらえている。なのにまた机に向かう背中に、届かないとわかってても開いた口は止まらない。

  ふらついて肘を机の角にぶつけても進む日向に悲鳴混じりで叫ぶ。


「ふぅ、さて今日は何から話そうかな」


  椅子に辿り着きアタシの席に笑いかける。

 

  その日幽霊になって初めて泣いた。翌日、アタシはアンタに対して一切のリアクションをとらなくなった。

  幾日かして反応がないのが寂しいと嘆くアンタの声には耳を塞ぎ、床に丸まって帰るのをひたすら待つ。そんな日が続き、やっと扉の前で引き返してくれるようになったのに。


「最近朝来ても茜ちゃんいないから、時間帯変えてみたら正解だったね」


「…………」


「そっかぁ夕方に来れば良かったんだ」


「……なんで」


「本当よかった」


「どうしてっ」


「今日は僕が君に告白した日だ」


  呼吸を忘れ言葉を失った。


「僕には大事な日だから、どうしても伝えたかった」


  夕焼けに染まる空以上に顔を真っ赤にしてた、あの日のアンタが確かにそこにいた。


  『ほっとけない。守ってあげたい。可愛い茜ちゃんが好きです。付き合って下さい』


  幼稚園児みたいな告白だな。やっぱりそう感じる。でも返事は違う。 好きなアンタに告白されパニックになり無我夢中で学校を飛び出して、車に轢かれたあの日の自分じゃない。


  深呼吸を繰り返しぐっと腹に力を込める。


「優しくって、真面目で、ネコより可愛い日向がアタシも好きっ‼︎」


  ヨボヨボなじいさんになっても、こんなに好きでたまらない。

  日向も幽霊の、しかも見えてない奴相手に告白するとか相当だ。


(アタシこんなに愛されて、幸せだよ)


  自分の足がつま先から徐々に薄れてるのが視界に映り、もうここには留まれないと悟る。

  愛する人の笑顔を最後に、どうかこの想い伝われと願う内に意識も薄れ消えた。



  ふと、喋っていた老人が言葉を止め眩しい物をみるかの如く目を細め二度三度頷く。


「なんだか眠くなってきちゃた」


  欠伸をして机にうつ伏せになった老人は規則正しい寝息立てる。しかし呼吸は弱々しく次第に聞こえなくなった。

  後日、取り壊しが決定していた廃校で、一人の男性の遺体が発見された。その寝顔は天使の子守唄でも聴いたみたいに穏やかだったそうな。

あらすじに書いた通りこちらにてお題発表です。


#私が一冊の本だとしたら、最初の1行は何で始まるかフォロワーさんが引用RTで教えてくれる

「 そこは暖かな陽だまりによって、何もかもが煌めいていた」


お題『ごめんね、君が見えないんだ』と、アイテム『机』を使った複数人の話をかいてください。

全然お題沿えてませんね。クリア出来てませんね。

三つのお題は楽しいけど難しい。

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