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今日、人類は滅亡します  作者: 天湖きりん
8/8

8 天使、働かない

「あー、だりー」


 双眼鏡を片手にファタリは天を仰ぐ。紅葉した木の葉の間から、灰色の空が見えた。


 ファタリは宝樹(たからぎ)迷子めいこの監視を続けていた。

 迷子の教室は二階にある。ファタリは校庭の木の上から、こっそりと双眼鏡を使って、窓の外から授業中の迷子の様子を見つめていた。タイトスカートで、しかも誰にも見られないように木に登るのはなかなか大変だった。

 

 代わり映えのしない授業風景をただ見つめているのもだんだん飽きてきて、一人愚痴をもらす。

「なんで私がこんなことしなきゃいけないんだよ……」

 そう言いながらも、ファタリは責任の一端が自分にあることを理解していた。

 

 天界では、地球とそこに住まう人間たちの監視を行っている。ファタリはその天界の中でも運命管理局という部署に所属する天使だった。

 大気の流れによって天気の予測ができるように、運命にもまた流れがあり、それは予測が可能なのだ。

 運命管理局は、惑星をとりまく運命の流れを予測し、観測するための部署だった。


 天使たちは地球にどんなことが起こるのかを予測し、観測はするが、大きな干渉はしない。してはいけない決まりになっている。

 ただ、どんな決まりにも例外はつきものだ。


 宝樹迷子は人間たちの中ではイレギュラーな存在だ。この惑星に秘められた大きなエネルギーを、ちょっとしたきっかけで放出する力が迷子には備わっていた。そんなことは、本人は露知らず。


 放出された惑星エネルギーは、迷子の感情に沿って、どのように運用されるかが決まる。

 つまり迷子が幸福なら、傷ついた惑星の回復力を促進する作用をもち、迷子が不幸であれば、惑星に害を与える人間たちを駆除する作用をもつ。


 とはいえ、その力はいつでもどこでも発揮されるというものでもなかった。迷子の運命と地球の運命が共鳴しあうのは迷子の一生のうちでほんの一日だ。

 運命予測によれば、その一日が今日だった。

 だから、天使たちは今日の迷子の運勢を特に注視していた。


 今日、迷子に大きな感情の起伏がなければ、それでいい。多少泣いたり笑ったりするぐらいで惑星エネルギーは放出されないし、されたとしても大きな影響はないだろう。

 問題は、例えば迷子が大きく絶望を感じて、「死んでしまいたい」と願うような場合だ。迷子の絶望が引き金となって、惑星エネルギーが一気に放出される。


 そのため、迷子には専用の監視役がつけられていた。それがファタリだった。ファタリは迷子の運勢を見守り、問題の一日――すなわち、今日――迷子が平穏に一日を過ごせるよう管理する役目を与えられた。

 しかしファタリは一度、迷子をとりまく運命の流れを見落とした。


 ファタリの直属の上司である、運命の女神フォルティナはファタリが失敗した分の迷子の運命予測をした。

 それによると、今日、宝樹迷子は、何かに絶望して、惑星エネルギーを大きく放出してしまうだろうとの予見が下された。試算によれば、それによって人類は滅亡するほどの損害を負うことになっていた。


 注意して見守っていれば、それはもっと事前に察知できたことだ。そうすれば他に手の打ちようもあったのだが。

それを怠ったファタリが下界に飛ばされ、直接、宝樹迷子に接触して彼女の不幸を減らし、絶望から救うという面倒な仕事を任されることとなったのだ。


ファタリのポケットに入っているポケベル型の端末がピピピと電子音をたてた。


「へいへい」


 だるそうにポケットからポケベルを取り出す。

 

 そのポケベルは見た目は時代遅れの電子機器だが、実際は現代の人間のテクノロジーでは生み出せないほど高性能の機械で、天界からの情報を受信できる。


 天界でも迷子の監視は継続しており、迷子に関する情報がファタリへと送られてきていた。それは迷子の感情を数値化したデータや、これから迷子にふりかかるであろう状況を予測したデータなどだ。


「……感情値、ひっくいなー。なんか楽しいことでもないのかね、あの子は」


 ポケベルに表示された画面を見ながらファタリは独り言をつぶやく。

 曇天が、迷子の心を象徴しているように思われた。今日一日の迷子は『地球』という大きな生命体と共鳴しているはずだから、実際に影響を及ぼしているのかもしれない。


「昼までは、特に大きな出来事は無さそうだな……」


 ほっと一息をついて、ファタリはあくびをした。

 ファタリは職務にあまり熱心ではない。本音を言えば、こんな面倒くさいことをしたくない。だからうまいこと誰かに押し付けられないかと思って、亮に声をかけたのだが。


「あいつに、どうにか私を天使だって信じさせないとな」


 そう言いながらファタリの意識はまどろみの中に溶けていった。



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