7 迷子の胸中
宝樹迷子の生い立ちは幸福なものではなかった。
父母は幼い時に離婚し、母子家庭で育った。しかし、母は育児を放棄し、家を空けたまま何日も帰らないということがしばしばだった。迷子が中学校に進学してからは、母とは一年に一度顔を合わせるかどうかである。
幼い迷子の面倒を見てくれたのは祖母だった。
他に兄弟も親戚もなく、迷子に家族と呼べるのは祖母だけだった。自然と祖母が迷子の唯一の心のより所となった。
その優しかった祖母も、一か月あまり前に病死し、迷子は不幸のどん底に突き落とされた。
その祖母の死と同時に、周囲を取り巻く環境に変化が生じた。
今まで仲良くしてくれたクラスメートが、迷子に対して距離をとるようになったのだ。
最初は理由がわからなかった。
やがて、自分についての奇妙な噂が広まっていることに気づいた。
『宝樹迷子は殺人者である。自分の祖母に毒を盛って殺したらしい』
そんな噂話が学校中に蔓延していた。多くの人はただ単に面白がっているだけだったのだろうが、中には真実だと信じこんでいる人間もいるようだった。
ただでさえ祖母の死は迷子にとってつらい経験であったのに、最愛の祖母を殺したと噂されるのは耐えがたいことだった。
噂を耳にした教師から事情を聞かれもした。
迷子は噂が事実無根であることを訴えると、教師は迷子の立場を一応は理解してくれたようだったが、それ以上のことは何もしてくれなかった。
迷子の心の傷は日に日に深まっていった。
噂など気にすることなく、以前と変わらず親しくしてくれる人も中にはいた。しかし、そうすると、今度はその人物を対象にした中傷が広まった。
話しかけてくれる人間は日ごとに減っていき、迷子は孤立していった。今でも友達と呼べるのは、一学年下の一条白雪ぐらいのものだ。
迷子はどうしてこんな状況になってしまったのか、まったくわからなかった。
どうすることもできないまま、時間だけが過ぎていく。
最近では噂だけにとどまらず、上靴を隠されたり、自分の机の中にゴミがいれられていることもあった。
噂を流した人物がやったのかもしれないし、噂を鵜呑みにした人物が犯罪者に鉄槌を下したくてやったのかもしれない。
迷子はただ困惑と悲しみの渦にのみこまれるばかりだった。
そんな中で、差し込んだひとすじの光。
迷子は亮のことを考えていた。
年下とは思えないほどしっかりして、頼もしく見えた。
なぜ彼は、今日会ったばかりの迷子の味方をしてくれようとしたのだろう。
困っているところに声をかけてくれて、トラックにひかれそうになったところをかばってくれて、迷子の傷ついた心に手を差し伸べてくれた。
嬉しかった。
それと同時に、怖くもあった。
迷子に関わると、彼にも悪意の矛先が向かうことになってしまう。
亮を傷つけることも怖かったし、それ以上に、もし亮と親密な仲になったとして、それが壊れてしまっときに迷子がこれ以上傷つくのも怖かった。
(次に亮くんに会ったら、どうしよう……)
これ以上彼と関わってはいけない。それはわかっているはずなのに。
迷子の心は揺れていた。