4 お姫様抱っこ
三人の通う学校の近くまで来たところで、迷子が足を止めた。
「二人とも、先に行ってください」
「どうしたんだよ? 何か、忘れ物でもしたとか?」
亮の質問に、迷子は頭を振って答えた。
「いえ、あの……私と一緒にいると、二人にまで、迷惑をかけることになるので」
それは迷子なりの気遣いだったのだろう。しかし亮は、まるで自分が他人の目を気にする器の小さい男だと言われたような気がして、ムッとした。
「何を言ってるんだよ。俺はうわさ話なんて気にしないぞ。な、秋桜?」
「そうね、迷惑かもしれないわ」
秋桜はうなずくと、一人ですたすたと歩きだした。
「お、おい、秋桜!?」
「妾と一緒にいると、貴女も悪く言われるかもしれないわ」
秋桜はそんな捨て台詞を残して、一人で学校へと向かって行った。
確かに、悪い噂をたてられているのは迷子だけではなかった。
巳神秋桜は、クラスでは浮いた存在だ。ペットの蛇を片時も手放さないというだけでも気味悪がられ、近づくものはほとんどいなかった。いつも一人ぼっちで黒魔術の本を読んでいる秋桜に自分から話しかけたのは物好きの亮くらいのものだ。
異質のものを受け入れられないクラスメートたちの中には、口さがない連中も多かった。
秋桜は一人でいることをいとわない。むしろ、一人でいたいと望んでいるふしさえある。亮が話しかけても、邪険に扱われることもしばしばだ。
しかし、迷子の場合は。
「行こう」
「え、ええっ!?」
亮は迷子の手を取って歩き始めた。
ついて来るなとか、自分と関わるなとか、突き放すようなことを言うくせに、迷子の瞳はひどく寂しげなのだ。
初めて会ったばかりなのに、なぜだか放っておけない気持ちになる。
手をつながれている迷子は、頬を赤らめて、困ったような表情をしてはいるものの、嫌そうではなかった。
* * *
「迷子……さん、て、二年生だったんだ……!?」
昇降口に着いて、亮は驚きの声をあげた。迷子の向かった先が、二年生の下駄箱ブースだったからだ。
「亮くん、一年生だったんですね……」
迷子も同じように目を丸くしていた。
迷子のおどおどした第一印象から、何となく年上じゃないと決めつけてしまっていた。しかし、実際のところ、迷子は亮の一年先輩だったのだ。
「先輩に対して、タメ口きいて、ごめん……じゃなくて、すみません」
「いいんです、そんな。さっきまで通りで」
謝る亮に、迷子は丁寧な口調を崩さずに言った。これではどちらが先輩で、どちらが後輩か、わからない。
ぽりぽりと頭を掻く亮を尻目に、迷子は下駄箱にローファーを収め、上靴を取り出して、それに足を入れた。
「痛っ」
足を入れ終わる前に、迷子は小さく悲鳴をあげ、足を上靴から離した。
「どうしたの?」
異変を察知した亮が迷子のもとにやってきて、尋ねる。
「何か、足に……」
しゃがみこんで右足のかかとをさする迷子。すると、その手が何かに触れたようだ。
「……画びょう」
迷子のかかとに刺さっていたのは、金色の小さな画びょうだった。
「上靴に、画びょうが……」
わずかに震える迷子の手の中で、小さいながらも鋭い針をもった画びょうがきらりと輝いていた。
その画びょうを見た瞬間、亮は頭に血が上るのがわかった。
カッとなった亮は、何も言わずに迷子を抱き上げた。横抱きの状態、いわゆる「お姫様抱っこ」の状態だ。
「な、な……」
亮の行動に驚いたのは迷子である。顔を真っ赤にして口をぱくぱくさせていたが、やがて抗議の声をあげた。
「何するんですか! 下ろしてください!!」
「保健室に連れて行く」
「大げさですよ、そんな、ケガなんてしてませんから! 自分で歩けますし!」
迷子が亮の腕の中から逃れようと抵抗をするが、亮は平然と歩き続ける。
亮は怒っていた。
誰かがケガをさせてやろうという悪意をもって迷子の上靴の中に画びょうを入れたのは明白だ。
その人物と迷子の間に何があったのかは知らない。迷子がよほどの恨みを買うような非道なことをしたのかもしれない。
しかし迷子が気に入らないのなら、面と向かってそういえばいいのだ。隠れて上靴に画びょうを入れるような、姑息なやり口が気に入らなかった。頭に血が上ったまま、気が付けば迷子を抱きかかえて保健室へと向かっていた。
すれ違う生徒が何事かと好奇の視線を浴びせてくる。亮はそれを意に介さず、大股で保健室へと歩みを進めた。