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短くてとりとめのない、クッション的な感じになりました。

 ◆


 大丈夫じゃなかった。

 ベッドから出ていきなり大丈夫じゃなかった。


「……なんでスカートなんですか……?」


 膝丈のスカートを履かされていた。

 布団に隠れて見えていなかった。いや、何となく違和感は感じていた。いたけれど。

 ともあれ、それに対する緑髪の女性、ジーニャさん――――あの後におけるようやくの自己紹介が持つ微妙な空気ったらなかった――――の回答はこうだ。


「そうじゃなきゃ私の自尊心に傷が付くからよ!」


 ……何の自尊心だと思うが、たぶん聞かない方がいいのだろう。

 少し釣り上がった瞳からくる勝気なイメージの通りだと言えばそうなのかも知れないけれど、如何せん何と言うかこう……残念? な人だ。

 せめてこれだけは! と衣装の中で比較的ダメージの少なかったレザーパンツだけは返してもらい、スカートの下に履く。これでようやく妙な心許なさを解消出来た。スカートを履いたままなのは、脱ごうとしたら反対されたからだ。意味がわからないよ。


 さておき。

 ジーニャさんの話によると、ここは王都から南西に馬車で1日ほど来た位置にある小さな宿場町で、特に名前などは無いらしい。

 もちろん、馬車よりも遥かに速いスピードでここまで走って来たことは秘密にしている。言ったとしても信じてもらえない気がするが。


 そのジーニャさんだが、彼女はここの住人というわけではなく、ここを拠点にして王都と、さらに南西にある湖のほとりにある街とを中心に活動している冒険者なんだそうだ。

 ふたつの街のちょうど中間点にあるこの宿場町に居ると、両方から常駐の冒険者では処理仕切れなかった依頼が回ってくるのだとか。


「そうするとね、私にとってちょうどいい難易度の依頼が、しかも両方から転がってくるから何かと都合が良いのよ」


 実は腕の良い冒険者としてこの辺りでは知られているらしい。

 言われてみれば、宿の一室だというこの部屋もなかなかの広さがあり、しかもそこそこ高価な魔導具を使用しているという浴室とお手洗いまである。結構、高級な宿のようだ。まあ、もし一泊の料金を言われたとしても、現時点ではそれが高いのかどうかわからないのだが。

 ちなみに言えば現在、あのネズミのせいで足止めを食っている商人や冒険者によって、今はどの宿も、最高級のところから最低レベルの木賃宿まで満室。中には部屋を取れずに、馬車の中で寝泊まりしている者も出ている状態らしい。


「あんたがいいベッドで寝れたのは、ある意味私のおかげというわけね!」


 せっかくの美人が台無しになるほどのドヤ顔でそんなことを言うジーニャさんに、適当な相槌を打っておく。具体的に言うと、最近までお昼の定番だった生放送番組の観客がやっていたアレ、だ。まともな反応をしてもしなくてもめんどくさいことになることがわかったので、これくらいがちょうどいいと学んだのだ。少し不満顔を見せられるが、ドヤ顔よりは数倍良かった。イラっとするし。


 ともあれ、じゃあまあついでにと、この国のことも色々と尋ねてみた。

 ジーニャさんからはその都度「何でそんなことも知らないの!?」と、驚きとお叱りを受けたが、何だかんだ言ってちゃんと教えてくれるあたり、やっぱり結局のところはいい人なのだと思う。

 どこの誰とも知らない人間を迷わず自分の部屋に運ばせた時点で、わかってはいたけれど、改めて。

 この世界で、初めてまともに会話の出来た相手がジーニャさんのような人で良かった。


「……何?」

「いい人ですよね、ジーニャさんって」

「……ッ! くっそ……やっぱりこれ着なさいよ!」

「何その禍々しい全身鎧!?」

「どちらにせよ私の心が折れると気づいたからよ!」


 男に負けるのも嫌だが女として比べられるのも耐えられない! とわけのわからないことを喚きながら、禍々し過ぎる全身鎧を押し付けてくるジーニャさんから全力で逃げた。漢らしく素直に告げたらこれだ。どうしてこうなるのか。

 ……何だかもう、この世界に来てから逃げてばかりだな。

 心の中でそうボヤきつつも、その心が躍っているのがわかった。

 逃げると言っても、部屋の中をぐるぐる回るお遊びの延長みたいなものだ。

 楽しい。

 ようやく、そう思えた。

 ……ジーニャさんの目が真剣過ぎるのはまあ、さておき。


 ◆


 エスル=エティーナ王国というのがこの国の名前らしい。

 それまで、同じ神話解釈を持ちながらもあまり仲の良くなかったエスルとエティーナというふたつの国が、それぞれ国境を接する帝国や神聖国の台頭に危惧を抱き、対抗すべく合併して誕生した国……なのだとか。

 ……本当は当時一人っ子だったエスルの王子と、一人娘だったエティーナの王女が駆け落ちしようとしたから仕方なく……だなんて話もあるらしいが、これはあくまでも一説。もし、歴史書などにこちらの説を書く際には、必ず諸説あるという旨を記載しなければならないそうだ。

 まあ、どちらにせよ元々ふたつあった国がひとつになったという事実に変わりは無い。こちらとしてはどちらでもいい、というのが正直な気持ちだが。


 ところで「書く」と言えば、この国の識字率はなんと、ほぼ100%なのだとか。

 これは先ほどにも出た「神話解釈」とやらも関係するそうで、興味深いことに、この国の全ての女性にはどんな身分であれ、平等に教育が与えられるらしい。

 そうして学び、卒業した女性たちが商家の家庭教師になったり、市井に出て私塾を始めるということもあるが、何より母となって子供たちへ教えることで、ほぼ全ての国民が読み書き出来るようになっているのだという。


「……だからね、文字が読めないなんて言った時点で他国の人間だってことなのよ!」


 紅茶っぽい飲み物の入ったカップを片手に、ジーニャさんの探偵気取りが酷かった。


 結局あの後、ジーニャさんが息切れするまで謎の鬼ごっこは続き、何故かこちらが平謝りするという流れを経て今。ようやく話の続きを聞くことが出来ているのだが……。


 ちなみに、あの禍々しい全身鎧は見た目がアレなだけで、別に呪われてたりはしないらしい。いや、あの禍々しさは正直異常だと思う。にわかには信じ難いな……。


 ともあれ紅茶っぽい……もう紅茶でいいか……紅茶片手にジーニャさんの探偵気取りが酷かった。

「文字が読めない=他国の人間」なんて、話を聞く限りでは多分誰でも気づくんじゃないかと思う。

 もちろん、ジーニャさんが今得意げに話している「お店の看板なんかに文字が使われてなかったのは、文字の読めない他国から来た人のため」だというのも含めて。


 でもまあ、空気の読める漢ですから? そういったことは思っても言いませんが?


「……え、なにその生温かい目?」

「え?」

「いや『え?』も何も。いま思いっきり残念な人を見る目してるわよ!? 私は何か、自分の尻尾だと気づかずに追いかけてぐるぐる回る犬か! って誰が犬だ!」


 ……意志の強い瞳というのも困ったものだ。

 ジーニャさんのクドいツッコミを聞き流しつつそんなことを思った。

次回、ようやく宿から出る!(ぇ

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