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2015.02.19 誤字を修正しました。

 ◆


 目覚めるなり怒られた。


 知らない天井、知らない部屋で緑の髪した見知らぬ女性が居るなあとぼんやり見ていたら、こちらを向いて目が合うなり「アンタねぇ、バカじゃないの!」と怒鳴られたのだ。


「軍隊ネズミが確認されて道が閉鎖されてるの知ってたでしょ!」


 お怒りです! と言わんばかりの足音を立ててこちらへ向かって来る緑髪の女性。

 どうやらあのハムスターっぽい怪物(モンスター)は軍隊ネズミと呼ばれていて、しかも出現が確認されると道が閉鎖されるほどの危険種だったらしい。

 ああ、だから人が誰も通らなかったのか……。

 怒鳴られつつも、寝起きの頭でそんなことを考えていると「聞いてるの!」とさらに怒鳴られてしまった。


「しかもそんな道を徒歩で来ようとするとか、そんなの自殺志願者でも違う方法選ぶわよこのバカ!」


 またバカと言われてしまった。そういえば、この世界に召喚されたあの部屋でもバカって言われたなあ……。

 のんきにそんなことを考えていただけなのだが……端から見ると目覚めてからこれまで、怒鳴られているのに何も反応せずただぼんやりしているだけに見えたようだ。彼女のつり上がった眉が心配げにフッと下がった。


「ちょっと……? アンタ大丈夫なの?」


 そう言うなりこちらへ近づき、頭をぺたぺたと触りながら心配そうな緑の瞳でこちらの顔を覗き込んでくる。


「倒れる時に頭打ったりしてない?」


 その様子に色々なものがほぐされていく。悪い人ではないらしい。頭を触る手つきにもその人柄を感じることが出来た。よくよく聞けば怒っている内容もこちらの身を案じてのことだし、本当に、悪い人ではないのだろう。

 だがちょっと待って欲しい。覗き込む距離があまりにも近いのだ。

 ……というか近過ぎる!


「あのっ! だ、大丈夫です……」


 慌てて身を引きつつ出した声が予想外に大きくて自分で驚いてしまい、その反動で次の一言が妙に小さくなってしまった。

 なんだこれ、完全に動揺してる人じゃないか……。

 動揺する自分に動揺してるじゃないかと冷静に脳内ツッコミを入れた自分に、いやそれ動揺してるのか冷静なのかわからんからとさらにツッコミを入れる自分が出てきて、あーこれは動揺してるわ~と離れた位置から観察者ぶってる自分がお手上げポーズで苦笑いしているのを感じていた。


「あの、本当に大丈夫なんで……」


 わけもわからぬまま怒鳴られたんで……とは口に出さずに、改めてそれだけを告げると、彼女の表情がふっと和らいで見えた。

 肩までの髪も、芯の強さが窺える瞳も新緑のような色をしている。

 自分たちのライブに来る中にもこんな色の子、結構居たなあ……。

 一瞬そんなことを思うが、彼女の化粧っ気も飾りっ気も無い顔や服装と人工的な感じの一切しない自然な色、そしてその髪から横へと飛び出す尖った耳が、そういった子たちのそれとは違う、まぎれもなく異世界の住人だと思わせられた。


「そう、良かった」


 そう言って少しだけ微笑みを見せた彼女。その微笑みは彼女の印象を変えるのに、充分以上のものを与えてくれた。もしかすると自分と変わらないか、少しだけ年上くらいなのかも知れない。

 だが、その微笑みも長くは続かなかった。次の瞬間、彼女は再び柳眉を逆立てたのだ。


「これで心置きなく叱れるわね!」

「え?」


 なんてこったい、というのがその言葉を聞いた自分の素直な気持ちだった。


「で、なに? 死にたかったの?」


 ベッドの横に椅子を持ってきた彼女が、座るなり発した言葉がそれだった。


「いや、そういうわけじゃ……」

「じゃあ何? 王都から来たんでしょ? ギルドにも、門の脇の掲示板にも、通行止めだってことは貼り出されてたよね?」


 少しは気を遣ってくれたのか、それとも少しは落ち着いたのか。今度は怒鳴らずに聞いてきた。が、こちらとしてはその言葉にも悩んでしまう。

 正直に、壁を越えたのでギルドの掲示板も門にあるのも見てませんなどと言ったら、確実にややこしいことになるのが目に見えている。


 というか、ギルドなんてあったんだなあ……やっぱり討伐やら何やら、依頼を受けて解決し、ランクを上げて……なんて、ゲームにあるようなことが行われているんだろうか?


 そんなことを思いつつ、とりあえず「文字が読めなかったので……」と誤魔化してみる。あの街にあった看板に文字が使われてなかったことは覚えているし、実際読めない可能性もあることだし、これでどうにかなるだろう。

 そう思っていたのだが、彼女のリアクションは予想とは違っていた。彼女は目に少し警戒の色を見せて「なに、アンタこの国の人じゃないの?」と返してきたのだ。


「え……?」


 あ、これまずいかな……。

 思わず声が漏れてしまった。

 どうするか頭をフルで回転させようとする。が、どういうわけかその戸惑いの一声が逆に彼女を安心させたらしい。その瞳から警戒の色が薄れた。


「そんなことも知らないってことは、かなり遠くから来たのね……まあ、少なくとも帝国の人間じゃないならいいわ」


 帝国と言われてもまったくわからない。けれど、とりあえずはどうにかなったらしい。

 ……と思いきや「最悪じゃないってだけだからね」と釘をさされてしまった。


「何処の出身かなんてこの際どうでもいいのよ。それより、何の準備も無しで街を出る方がどうかしてるわよ。というか何なの武器も防具も着けず、鞄も持たずに手ぶらって! お散歩気分か! ちょっとしたお散歩気分か!『今日は死ぬのに良い日だねえ』か! バカ!」


 ああ、話しながらまたヒートアップしてきたなこれ。

 いやあ、口を挟む隙もありませんなあなんて思いつつ、黙ってしばしお説教を聞くことにしたんだが……この人、ツッコミがちょっとクドいなあ……。


「しかも女の子だと思ってウチに運ばせたら男だとか……!」


 うん……うん?

 なんかおかしなことを言い始めたな。


 確かに髪は長い。長いが、そんな男性、この世界にもたくさん居るはずだ。現にあの神殿や街中でも結構見かけていたし、少なくとも自分の居た世界よりは長髪男性の比率は多いように思うのだけれど……。


「遂に私より小さい人が! とか一瞬喜んだのに……!」

「は?」


 そんな彼女の言葉に何が? と思い、思いつつ彼女を見て、ああと納得する。

 要するにその……フルフラットなのだ。

 言い方を変えるとつる〜んとかストーンとかペターンとかまな板とか掴みどころが無いとか、つまりはそういうアレだ。


 だがそこではたと気づく。


 もしかすると、彼女は自分自身という前例があるからこそ、フラットボディでもこちらを女だと勘違……いや、無いわ。いくら何でも無理があるわ。

 長髪だからというのはまあ、百歩譲ってアリだとしよう。いや、百歩どころか百里譲ってる感もあるが。

 だが、胸部装甲に関しては話が別だ。装甲が薄いだけで女性だと勘違いするなんて、そんなの彼女の願望以外の何物でもないじゃないか。というか、他にも人が居たはずなのに彼女の願望……いや妄想? を通してここに運び込んだのか?

 ちょっとこの村大丈夫かな、なんて思ったのだが――


「何なのもう! サラッサラの黒髪に骨ばったところの無い華奢な身体で顔が小さくて目が大きくて唇が桜色でどう見ても女なのに脱がしてみたら男ってふざけてんの!?」


 ――あっれ? もしかしておかしなことになってるのはこっちの方か?

 慌てて鏡は無いかと彼女に要求する。

 いきなりの要求に、彼女は話の腰を折られてこちらを睨んできたが、こちらの真剣な様子に何かを感じたのか、訝しげな顔をしつつも部屋にある机の引き出しから鏡を取り出して寄越してくれた。


 ……ガラス鏡があるんだ……。

 手鏡程度の小さなものとはいえ、それがガラス鏡だったことに内心で驚く。高価なものという扱い方でもなかったし、ちょっとこの世界の技術力がどうなってるのかわからなくなってきた……。


 ともあれ、まずは確認しなければ。

 あの街の川で見た時は特に何の変化も無かったはずだけど、と思いながら渡された鏡を覗き込んだ。

 ……やっぱり、特に変化は無い、な。


 光を受けた艶が凛々しさをも感じさせる黒髪。

 強い意志を主張するかのような目。

 やっていた音楽に反して健康的な色を見せる唇。


 バンドのヴォーカルをしている姉から「迫力が無い」と、言われるがままにコープス・ペイントをしていたが、これでも充分迫力があるように思う顔だ。

 ドラムからも「こんなに可愛い子が女の子のはずがない!」と、男性であることを強く主張されていたし。

 ……「可愛い」の意味がわからないが、まあ、何か逆説的な意味なんだろう。変な奴だったし。

 ともあれ、そこには紛う方無く自分の、いつも通りの顔があった。


 ……別に女体化しているとか、そういう事も無いようだし……。

 と、顔に触って確かめつつ身体を見下ろして気づいた。

 そういえば……。


「あの……」

「何?」


 椅子に座り直した彼女の、苛立ちを隠すことない返しに一瞬怯むが、聞いておく必要がある。


「服が……」


 そう、服装がステージ衣装だった黒ずくめから、彼女と同じような白っぽい生成りのものに変わっていたのだ。そのことを指摘すると彼女は一瞬ビクッと肩を震わせた後、その尖った耳の先まで赤くさせた。


「は、はあ? 擦り傷程度とはいえ怪我だらけで治療する必要があったし、破れ放題のボロっボロなままってわけにはいかないでしょう! い、言ったでしょ、私が着替えさせたって!」


 いや、言ってない。脱がせたとは言ってたけど、着替えさせたとまでは言ってない。

 まさか耳まで赤くさせて怒るとは思わなかった。声も心なしか震えているし。人間、何処に逆鱗があるかわからないものだなあ。あ、逆鱗といえば、この世界にはやはりドラゴンも居るのだろうか……?

 だがまあそれはさておき。知らない間に脱がされはしたものの、彼女に色々世話になったのは事実のようだ。


 そういえば……。


 先程思い出したからか、再び変人……というかウチのドラムの言葉が頭をよぎった。

 この状況……! まさかあの、有り得ないと思っていた「シチュエーション別マナー講座」が役に立つ日が来たのではないだろうか。

 あの時はバカにしてゴメンと脳内でドラムに謝罪しつつ、教えられた行動を開始せんとする。具体的には、掛け布団的なもので身体を隠し「きゃあっ!」と悲鳴を上げながら少し後ずさってから、上目遣いで「い、一体ボクをどうするつもり……?」と怯える、だ。

 よし。


 ガサガサ。

「……」


「きゃー」

「……」


 ズリズリ。

「……」


「い、一体ボクをどうするつもり……?」

「……ッ! ど、どうもしないわよ! というか何いまの棒読み!? 何がしたいのよ!? それ以前に、その時悲鳴を上げたかったのはこっちの方よ!!」


 ツッコミがクドい! そして一瞬何故か怯んでいたけど、結果的には思いきり不評じゃないか! くっそ、信用して損したよ……!

 よくよく思い出してみれば、今の言動を手本としてやって見せたドラムは正直気持ちが悪かった。どうしてそこに気づかなかったのか……!

 もしかしてアイツは変人ではなく変態だったのかも知れない。


 やらかしてしまった羞恥に、布団の端を握ったままの両手を震わせながらも耐える。もしかしたら涙目になっているかも知れないが、決して涙は零さない。


 ……これ今完全に耐え忍ぶ漢の姿になってないか?


 もしかしたらさっきのと差し引きゼロに持っていけるかも知れない。

 どうだと言わんばかりにそのまま彼女の方へ視線を上げると、彼女はビクッと緑髪を揺らした後何やらゴクリと嚥下音をさせ、


「くッ……やっぱり可愛いなちくしょう! なんでこんな可愛い子にあんなものが……!」

「何言ってんの!?」


  どうしよう。ようやく本格的に始まるだろうこの世界での生活に、不安しか感じられないのだけれど。

 ……大丈夫か?

 そう思った瞬間、ドラムが「大丈夫だ、問題ない」とドヤ顔で言うのが頭に浮かんだ。

 あ、ダメだなこれ。

 大丈夫だと思える気が全くしなかったが、とりあえず。

 絶対に元の世界へ戻り、ドラムの頭をバスドラ代わりにツインペダルでブラストしてやろうと心に誓った。

 ……が、「ごほうびです!」と喜んでそうな姿が容易に想像出来て何とも言えない気持ちになった。


 ……本当に大丈夫なのこれ?

自分の思う自分と、他人から見た自分って、得てしてギャップのあるものですよね。

主人公、自分では凛々しくて男っぽい顔立ちだと思っているんですけどね……。


ちなみに、主人公に色々吹き込んでそうなドラマーは、ステージでの名前を「ドラム」と言います。担当楽器名ではなく名前だったという。楽器のそれとはイントネーションが違います。


ともあれ。お読みいただきありがとうございます。

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