3
比較的早めに更新できました。
短いですが、まあ、軽いジャブということで。
杞憂だった。
目立たないよう、こちらからギリギリ確認出来るくらい離れた場所を、何となくの方角へ道なりに進んでみようと思っていたわけだが……杞憂だった。
何よりもまず人がいない。
この道が特に人通りが少ないのか、そもそもこの世界ではそこまで頻繁に行き来が無いのか。
残念ながらそこまではわからないが、とにかく人がいなかった。むしろ道を外れた場所にいると怪物に襲われるくらいだった。というかあの街を出てから怪物にしか出会っていない。
それは明らかに脚力がおかしいウサギだったり、明らかに足の本数と体格がおかしいイノシシだったり、明らかに目の数がおかしいオオカミだったり、地球とどこか似ているようで全然違うというか……。ただ、もしかしたら地球の生命進化に「魔力」という要素が入れば、こういう生物が誕生するような気もするが。
だが、まあ、怪物ばかりというのも悪いことじゃなかった。おかげでこの右腕が攻撃にも有効だとわかったのだ。
……とはいえ、拳が頭蓋骨を割って柔らかなものに達する感触はあまり気持ちのいいものではないので、早々に何か得物を手に入れたいのだけれど……なかなか手頃な枝とか、そう無いもんなんだな。
ちなみに、それらの怪物は食べられるかどうかわかったもんじゃないし、素手での解体方法も知らなかったので放置してきた。一応は道から離れた場所に、だが。
まあ、食べ物は他にもあったし。
そう、食べ物だ。
道沿いに、所々で果樹があったのだ。
何らかの理由で食糧を失った者のために、道を作る際に植樹された可能性もある。もしかするとこの道を通る者が食べた果物の種を捨てたか、傷んだものを捨てたかしたものが偶然根を張ったのかも知れない。
どちらであるかをわかるわけがないし、どちらにせよしっかり人の手で管理されている、という感じはないので、その後は自然に任せるままだったのだろう。
ともあれ、助かった……。本当に、お腹が空いて仕方がなかったのだから。
空腹も満たされ、しばらくは食べ物の心配も無くなり、その後は素直に道を行くことにした。
いや、人、いないし。食べ物の心配しなくていいし。まあ、怪物は相変わらず襲ってくるのだけれど。
だが新たな問題が浮上していた。
「……眠い……」
そう、満たされたお腹の代償として襲いかかってきたもの。その名は睡魔。これがそこらの怪物以上の難敵だったのだ。
……まあ正直、そこらの怪物なんて見た目が地球基準では怪物なだけで、こっちの世界ではただの害獣レベルなんじゃないかと思うが。
ちなみに、我が家では母親のアレな趣味のせいで生きた鶏をしめるなどの作業をさせられていたからか、怪物を殺すことにもあまり躊躇は無かった。
まあ、それ以前に生命のやりとりで躊躇する暇も余裕も無かったとも言うのだけれど。
ともあれ睡魔。これが厄介だった。いわば精神攻撃。残念ながらこれだけは、何だか凄い右腕でも、強化された身体能力でもどうにもならないようなのだ。
……いや、なったら逆にヤバい気もするが……この右腕どうなってんの的な不安で。
おかげで順調だった道行きも速度が落ちるし、怪物に対しても打ち所がズレて頭蓋骨を割るだけのはずが、頭を身体にめり込ませることになってぐじゅっとした嫌な感触に辟易させられたりで全くいいことが無かった。
そして眠い。
「まだ、村とか何かそういうのが見えてこないのか……」
口に出してみるもやはり眠い。さすがにここで寝たら、いくら強化されているとはいえ死ぬだろう。
街を出て、穀倉地帯を抜け、森の縁を迂回し、さらに進んできた現在。強化された身体で、かなりの全力疾走を続けてきたのだから、そろそろ何か見えてきてもいいと思うのだけれど……。
「ああ、確かに見えてきた……」
……怪物が。
いや、怪物か? 足を止めて目を凝らしてみる。
何というか……群れだ。小動物の……ハムスター? サイズがそれくらいの小動物がわらわらしているのが見えた。
……いや、わらわらというより、わらわらわらわらわらわらわらわら……だな。
確か昔テレビか何かで、園児が遊ぶ部屋に一匹ずつミニチュアダックスを入れていって、何匹で園児が怖がるかみたいなのを観たことがあるが、あれと同じようなものだ。一匹二匹だとかわいいと思えど、この量だとなあ……。
そんなふうに思っていたこともありました。いや、思いきり今のことだけど。
群れの一匹に気づかれたと思うや否や、群れ全体が一斉にこちらを向き、駆け出してきたのだ。
その口を、前足の付け根辺りまでがばりと開いて。
……一匹でも全然かわいくなかったな、こりゃ。
さてどうするか。
口ががばりの衝撃でちょっとだけ眠気の覚めた頭で考える。が、ちょっと程度では頭が回るわけがなかった。
「押し通す!」
結局、殲滅は諦め最低限だけぶん殴り、後はそのまま全力で駆け抜けて離脱することになった。
幸い、大口だろうが何だろうが、ハムスター程度の歯では強化付与されたこの身体にはかすり傷くらいしか付けられないらしい。何の危険も無く払い、打ち抜き、蹴り飛ばし、踏み潰して駆け抜ける。
やがて、群れていた原因らしき巨大なイノシシの死体を通過した辺りで急激に襲いかかってくる量が減り始めた。どうやら自分たちの獲物が横取りされるとでも思っていたのだろう。通り抜け、袖口に喰らいついていた最後の一匹を叩き落とすと、それまでのことが無かったかのように静かになった。振り返ると、ハムスターの群れも何事も無かったかのように元の状態へ戻っている。
所々に飛び散っているハムスターモドキの死骸と、ハムスターモドキの歯や爪でボロボロになった自分の衣服だけが、途方に暮れるように取り残されていた。その死骸も、時折出てくるハムスターによって、少しずつ群れの中へと回収されていく。
イノシシと死んだ同族を骨にしたら、また新たな獲物を探し始めるのだろう。あれだけで群の全てに行き渡るとは思えない。早々にその場を後にしてしまおう。
……緊張感が和らぐと同時に、睡魔が再び襲ってきた。一瞬意識が飛び、気づくと前のめりに倒れかけていたり、左右に道を外れかけていることが頻発し始める。頭を上げるのも億劫で、俯きがちに走り続けた。
そのままどれくらい進んだのか、不意に何かを聞いた気がして顔を上げると、木の塀に囲まれた村らしきものがあり、その入り口に立つ数人がこちらへ向かってくるのが見えていた。彼らが何かを言っているらしいのはわかる。だが少し遠過ぎるのか、言葉は距離や風の音にその意味を削られ、届く頃にはただの声でしかない。それでも、その表情に敵意は感じられなかった。
緩んでいたと思っても張られていたらしい。改めて強張るような緊張感が溶けていくのを感じた。
だがそれはある意味、油断でもあった。この世界に来て初めて向けられた気遣うような表情に、油断した意識は容易く睡魔に刈り取られてしまった。
転がるようにして倒れた身体。音量を増した呼び掛ける声と、地面を通して感じた近づく足音。
気力を振り絞って出来たことは、睡魔に小さな悪態を吐くことだけだった。