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幕間1(後編)

お待たせしました。

……もう、幕間ってレベルじゃねえなと思いつつ、楽しんでいただければと思います。

後々、サブタイトルは変えていくかも知れませんが。

「え? ええとその……」


 いきなりの問いに戸惑うが、そもそもセデラにとっては、男性の目と公の場における立ち居振る舞いとの因果関係が全くわからなかった。

 ……男性の目など関係なく、公の場における立ち居振る舞いを学ぶことは大切なのではないでしょうか。

 セデラはそのことに疑問を感じつつも、アリエルがわざわざこうして問うのであれば相応の理由があるのだろうと考える。

 黙考である。

 そこから長考に入ろうとしたところ、アリエルの指がカウントダウンを始めているのに気づいて焦り、その焦りから何も考えられなくなってしまう。


 ――だがその時、雷鳴のごとく閃きが訪れた!


 ……男性の目を気にする、つまりは異性に良く見られたいということ……でしょうか。

 それは一体どういうことかと一瞬思うが、すぐにここが故郷ではなく王国であることに気づく。さっきの国や地域によって解釈が違うという話から、あり得るかも知れないと思い直すセデラ。

 ……むしろこの国の男女における上下感覚的には、これで正解のような気がしてきましたよ……!

 ここで一気に流石は巫女様と名誉挽回なりますね! と、セデラは意気込みながら口を開いた。


「つまり男性、異性に良く見られたい、そしてあわよくば良縁を手繰り寄せたい。そういうことですね?」

「違います」


 ……違ったあぁぁ!

 意気込んで言った解答が間違っていたという恥ずかしさが、怒涛のごとく押し寄せる。

 ……たった今ちょっと気取って言った自分を消し去ってしまいたい! 名誉じゃなく汚名を挽回してどうするんですか私! しかも今、ものすごくはしたないことを言った気が……!

 これをどうにかするにはもう、時間干渉の術式を開発するしかないと真剣に考え込むセデラ。

 だが無情かな。この場において、そのような余裕を与えて貰えるわけがなかった。


「では、おしおきですね」

「えっ?」


 無表情のまま、指を一本立てたアリエル。そして静かに一歩、また一歩とこちらへ歩み寄ってくる。

 ……き、聞いてませんよそんなルール!? というか何で指がそんな動き出来るんですか!? しかもその指、さっきアリエルさん舐めてましたよね!?

 その指を口に入れられたら私の純潔が終わる! と「王国で最も清純な存在」の言葉に違わぬ思考で、またもや椅子ごと逃げようとする。

 だがしかし、背後には既に壁が迫っていた。そのことに気づき、一瞬絶望しそうになるセデラ。

 ……こうなったら、もう……!

 ひとつの覚悟を決めると、両手足に力を込める。

 が――。


「いや、間違ってはないだろう」

「む」

「ええ、正解の一端ではありますよね」


 ――セデラが行動へ移すよりも早く、ユスティーナとヴェンデルガルトがアリエルの両腕を拘束していた。


「さあ、話の続き続き」

「そうですね。これ以上は流石に時間を無駄にするわけにはいかないでしょうし」


 ふたりがかりでアリエルを引きずり戻すユスティーナとヴェンデルガルト。アリエルの方も特に不満は無いのか、されるがままだ。


「いや歩けよ」

「楽ですので」

「……王族だよ?」

「何を今さら」

「ええ、アリエルには何を言っても今さらじゃないですか」


 賑やかに戻って行く3人に対して、呆気にとられながらも少しの疎外感を得るセデラ。


「ああ、悪いな巫女殿。アリエルは何をするかわからない奴だと思ってもらえれば」

「そうですね。私も少し油断していました」

「……そうやって私を生贄に、自分たちの下がった好感度を戻そうとするのは如何なものかと」

「「そ、そんなんじゃねえ(ありません)し!」」


 ……ああ、いいなあ。

 驚いたり呆気にとられたり恐怖したりドン引きしたり主にアリエルに恐怖したりもあったが……いや、ドン引きも主にアリエルに対してだったが……それでも、いいなあとセデラは思う。


「……やっぱり、仲が良いのですね」


 だから、自然とそんな言葉が口をついて出た。

 3人はその言葉に一瞬だけきょとんとした顔をするが、すぐに笑って話を続ける。


「ああ。まあそうだな。私とアリエルは寄宿舎の同室でな。ウェンディは」

「ですからもうその呼び方は……まあ、もういいです」


 諦めたようにため息を吐きながら肩を落とすヴェンデルガルト。


「私は入学したばかりのふたりを世話する担当上級生だったんです」

「まあ、幼なじみみたいなものだ」

「我が国では教育制度の結果として、身分の隔たり無い友人が出来ることも多いのですよ」

「たとえば、御母様と王都にある高級娼館の主人が親友だなんてのは、我が国の女性限定では有名な話だからな」

「王族と娼館出は、何故だか気の合うことが多いですよね」


 そんなふうに話を進める3人に、いいなあと思うと同時に、やはり少しの疎外感を得てしまう。

 ……こんなふうに、仲良くはしゃぎ合えるような誰かなんて、私には居たでしょうか……。

 物心ついた頃は居ましたが……と思い返してみるが、思い出したと同時に蓋をして悶絶したくなった。

 ……これ、友達というよりむしろ……。

 そこから連鎖的に思い出した色々に、とうとう耐えきれなくなったセデラは、頭を抱え「うあぁぁ……」と呻き声を上げてしまう。


「……というわけで正解としてはな、物心ついた頃から身分制度の中で育つ男性との間で軋轢を生じさせない為に、男性の居る公の場においては相応の……って、どうした巫女殿?」


 話を止め、セデラを見るユスティーナ。ヴェンデルガルトとアリエルも何事かとセデラに注視する。


「だ、大丈夫です! と、友達もたくさん……100人……は無理でしたけど! 20人の上でハプシェスタを食べたことだってありますし!」


 ユスティーナたちは揃って「何言ってるのこの子?」という顔をしたが、目配せの後うなずき合うと、代表してユスティーナが口を開く。


「……ま、まあ、巫女殿もかなりお疲れのようであるし、いい加減、本題に入るとしようか」


 その言葉に今度はセデラが「え? 本題?」という顔をしたが、幸か不幸かヴェールに隠れているため、ユスティーナたちはそのことに気づかなかった――


「巫女殿が召喚したあの魔人についてだよ」

「……ああ」


 ――のだが、思わず口をついて出てしまった言葉に「もしかして忘れてたんじゃね?」という顔を逆にされてしまう。

 ……それは皆さんが部屋に入るなり物凄い勢いで話を脱線させたからじゃないですか! 初見であれについて行くとか無理ですからね!?

 そう思いつつも、勢いに飲まれた結果として自分が一番の関係者であろう本題をすっかり忘れていたことに「すみません……」と素直に謝るセデラ。ユスティーナたちも、その原因に自分たちが脱線させたことがあるとわかっていたため「いやこちらこそ……」と謝罪する。すんなりと謝罪が通ったことにセデラは、先ほどの妙なルールは何処に行ったのかと衝撃を受けたが。


 ともあれ、それによってようやく仕切り直しとなった空気の中で、セデラは改めて自分が召喚した者について思い返すことにした。

 ……召喚陣が眩い光を放つ中、人の姿が浮かび上がったと思ったら弾けるように陛下へズドンでしたよね、確か……。

 余りにも急すぎる展開に全員が硬直したのを覚えている。時間って、止まるのね……と思ったりもしたが、まあそれはさておき。

 セデラにはひとつの疑念があった。

 ……もしかすると程度ではありますが……。

 だが、それでも無視することの出来ない気がかり。

 そんな彼女の内心を知る由もないユスティーナは、顎に手を当て何事かを考えていたが、顔を上げるとセデラへおもむろに訊ねた。


「あれは本当に魔人だったと思うか?」

「え!?」


 まさに今、考えていたことを言い当てられた形になったセデラは、思わず驚きの声を上げてしまう。


「うん、まあ驚かれるのも無理はないと思うが。いや、な。まあ、さっきまでのやりとりで少し冷静になれたというのもあるが」


 いやあれで冷静になれるとかどうかしてませんかと思うセデラ。だが、いい加減学習していた上、そもそもヴェンデルガルトとアリエルが無反応だったため、どうやらそういうものらしいと納得し、敢えてそれを口に出そうとはしなかった。


「改めて思い出してみると、色々と腑に落ちないところがあるというか……。うん、やはり私はあれがいわゆる『魔人』ではなかったのではないかと思う」


 こちらもこちらで話しながら何かに納得したのか、ユスティーナは頷きながらそう結論づける。

 もしかして自分と同じことに気づいたのではと身構えるセデラに、ユスティーナは「至極単純な話なんだ」と指を一本立てた。


「だって敵意を感じられなかっただろう?」

「……え?」


 余りにもあっさりとした理由に耳を疑った。

 ……というかそれ、明らかに武人の判断方法でしょう!? 間違ってもこの国の、しかも王族の、さらに言えばどう見ても剣なんか持ったことも無いような姫君がする判断方法じゃありませんよ!?

 武人思考甚だしいユスティーナに唖然とするが、アリエルも、ヴェンデルガルトまでもが平然としていたため、もしかするとこの姫君は本当に根っからの武人なのかも知れないと考えを改める。

 ……外見との落差が激し過ぎませんかねこれ。

 思うも、事実の前では意味がないなとセデラは早々に諦めた。


「いや、敵意とか読めないでしょうに。何またかっこつけようしてるんですか」

「ちょ、そんなんじゃねえし!」


 ……あ、違いましたね。

 おふたりが平然とされてたのは、単にいつものことなだけですね……と肩の力が抜けるセデラ。

 ヴェール越しで見えないながらも、そんなセデラからの生温かい視線を感じたユスティーナは、咳払いをひとつして気を取り直すと、話の続きを口にする。


「まあ、なんだ。私にそんな能力があるかはさておき、やはり敵意は無かったように思うぞ。

 御父様への一撃で得物が使用不能になったとは言え、片手で騎士団も魔術師団も圧倒していたにも関わらず」

「え!? 片手でですか?」


 ユスティーナの言葉を遮って驚きの声を上げたのはヴェンデルガルト。

 セデラは何を今更と一瞬思うも、すぐにそういえば……とヴェンデルガルトが驚く理由に思い至った。

 それはユスティーナも同じであったらしく、「ん?」と一声発した後すぐに「ああ」と納得の声を漏らす。


「……そういえば、近衛がでしゃばったせいで、神殿騎士は儀式の間に入れなかったんだったな」


 その言葉に、近衛に対して思うところがあるのか、少し苦味の走る顔でヴェンデルガルトは「ええ」と短く答えた。


「まったく。いくら御父様の護衛だからと言っても神殿は男子禁制だというのに。御母様付きの女性騎士たちを中心にするとかあるだろうが……」


 そしてそれはユスティーナも同じであるらしく、不快感を言葉に滲ませる。が、すぐにその表情は崩れた。


「だがまあ、そんな近衛どもが片手であしらわれたんだ。不謹慎かも知れないが、御父様も命には別状無かったようだし、まあいいだろう。正直、溜飲が下がる思いがしたよ」


 男子禁制の神殿に踏み入れた罰にはちょうどいいだろう、と軽く笑うユスティーナ。アリエルもその場に居たらしく頷いている。ヴェンデルガルトも精鋭揃いの近衛騎士たちが片手であしらわれた事実にショックを受けながらも「まあ、それはそうでしょうが……」と同意を示す。

 そんな中、ヴェンデルガルトとは違うところでショックを受けるセデラ。

 ……これ、魔人よりも近衛騎士の方が不快だったと言ってるような気がするんですが……。

 え? 本当にいいんですかと逡巡するセデラに気づいたのか、ユスティーナはセデラに笑みを向ける。


「そんな近衛どもでも、御父様のコブとムチウチを超える怪我をした者はひとりも居ないんだ。その点からも、あの魔人に敵意があったとは考え難いだろう?」


 それに、と続ける。


「それに、御父様への一撃も今思えば妙なんだよ。既に行動に出ていたというか……。もしかしたら、何かとの戦闘中に召喚したんじゃないか?」

「え?」


 続けられた言葉に反応したのは当のセデラだ。

 確かにそういう感じはあったが、一瞬の出来事だった。それを一介の姫君が見抜けるものなのだろうか、と。


「いや、巫女殿の疑問も無理はない。何せ一瞬のことだったからな」

「ユスティーナ様は昔から騎士たちの訓練を見るのがお好きなんです。しかも本気で打ち合う戦闘訓練が一番のお気に入りで。王国最強とも言える騎士たちの訓練を見続けた結果と生来のものもあって、そういう目だけは良くなったんですよ。目だけは」

「『だけ』は余計だろう!?」

「見えても対処出来ませんのに?」

「ぐっ……!」


 ユスティーナにアリエルが補足することで、ほんの少しずれていたが正しい回答を得るセデラ。結果的に何故かユスティーナがダメージを受けているようだが、これも結局はいつものことなのだろう。

 現にユスティーナは早々に立ち直り「まあそんなこんなでな」と話をまとめようとしていた。


「巫女殿が召喚したのは、不運にも戦闘中に召喚された『魔人』に似た種族だったのではないか、という方向で行こうと思うわけだ」


 どうだ! という顔をするユスティーナ。ヴェンデルガルトとアリエルもそれを支持するように頷きを見せた。

 セデラは唖然としつつも最後の一言が気になり、思わずそれが口をついて出てしまう。


「方向?」

「ああ」


 そして、その疑問が当然であるとでも言わんばかりにユスティーナは深く頷いた。


「今の見解を御母様と神官長にも伝え、私たちの判断としようと思う。私たち王宮と神殿の女性全員の、な」


 笑顔を見せながら言うが、それでもセデラは理解が及ばない。「え? え?」と戸惑うセデラの姿を懐かしむように目を細めつつ、ユスティーナはもう少し補足してやることにする。


「召喚された者が御父様に危害を与えた事実は覆らない。実際どう思っているかは知らないが、召喚した巫女殿に害意があったのではないか、そう考える者も出てくるだろう」

「そんな! 私は……!」

「わかっている。そんなことは無いと、私も、ふたりも十分わかっているさ。な?」

「はい」

「ええ」


 ユスティーナは鮮やかに笑い、ヴェンデルガルトとアリエルもそれに同意する。


「それでも、そのように邪推する者は出てくるだろう。いや、確実に居る、と言っておいた方がいいか。

 御父様が目を覚ませば、明日にでもこの件についての話し合いが始まることになるだろう。そうなってしまえば、政治の場に入れない私たち女性は何も出来なくなってしまう。だからその時までに、巫女殿に否が無かったことを確認し、そう会議が進むよう根回しをしておきたかった、と。そういうわけだ」


 再び鮮やかに笑うユスティーナに、セデラもようやくこの3人が自分を守ろうとしてくれていることに気づく。


「なんか遠回りしたけどな!」

「いやそれはティーナがいきなり叫び出すからでしょう」

「それは巫女殿の緊張をほぐそうと!」

「いえ、あれは明らかにユスティーナ様が覚えたてのスラングを言いたかっただけかと」

「まあ、そういうお年頃ですものね」

「なっ!? そんなんじゃねえし! そんなんじゃねえし!」


 またもや姦しくなる3人に対して、セデラはどうしてと思う。


「どうして……」

「ん?」


 そして漏れた小さな言葉に耳聡くユスティーナが反応する。


「どうして、そこまでして下さるのですか?」


 その言葉に返ってきたのは三者三様の笑顔だった。


「どうしてって、単にあの『魔人』に違和感があったからだが?」


 そう言うユスティーナの表情は変わらない。セデラはその言葉に軽い落胆を覚え、落胆する自分に驚き、驚いた自分に戸惑った。

 そんな様子を、これだけ相対しているとあの唇にも結構慣れるものだなと思いつつ眺めていたユスティーナ。その両脇から肘を入れられ、思わず「おふっ」という声が漏れる。

 両脇を押さえつつ見やると、ヴェンデルガルトが少し咎める目で、アリエル……はこっちを見ずにセデラを無表情に凝視だが……それぞれ肘を突き出していた。

 そのことに一瞬眉をつり上げるも、何かを思いついたのかすぐに表情を悪戯っぽいものに変えると、両腕を出された肘に絡める。


「なっ!?」

「!?」


 驚くふたりを横目にしつつ、俯いたセデラに向かって「それにな」と口を開く。


「それにな、私たちは巫女殿を気に入っているんだ」

「へ? ふぇ!?」


 言葉に驚いて顔を上げ、何故か仲良く腕を組む3人に驚き、結果として妙な声を上げるセデラ。その様にユスティーナは内心で「よしっ!」とガッツポーズを得る。


「まあ、私と巫女殿は普段、王宮と神殿で接点は無いし、神殿で見かけても挨拶程度だが。アリエルは今日が初対面だし、ウェンディは同じ神殿でもさほど多く言葉を交わしたわけでも無いだろう。だが、それでも、私たちは巫女殿を気に入っているんだよ」


 その言葉に、セデラはユスティーナの隣りへ目を向ける。ヴェンデルガルトの微笑む顔がそこにあった。もう片方へ目をやれば、そこにはアリエルの……いや、アリエルは無表情のままだったが、それでも雰囲気が柔らかいことはわかった。

 ……空いてる手がわきわきしているのが気になりますが……。


「それに今日、こうして話をしてみてますます気に入ったんだ。

 エスル=エティーナの女はルクレオスのように政治をしない。だがガザルのように何も出来ないわけでもない。

 寄宿舎で育んだ、この国の女だけが持つ絆を大切にし、それを駆使して気に入ったもの、守りたいものを守る。それがエスル=エティーナの女なんだ」


 胸を張って言い放つユスティーナにセデラは言葉を失う。

 いや、見とれていたと言った方が正しいか。

 ……これが、この国の、王族の女性……。


「回りくどいですね」

「ええ、ティーナはどうしてこう、かっこつけようとするのか……」

「なっ!?」

「そういうお年頃ですから」

「ああ、お年頃なら仕方ないな」

「おい!?」


 感動が一気に吹き飛んだ。どうしてこう、この3人は締まらないのか。

 けれど、とセデラは微笑みを漏らす。

 ……けれど、これが王国の女性なのでしょうね。

 この国に来て何となく感じていた、緩くもまとまっていた一体感と、何となく感じていた疎外感の正体。それがきっとこれなのだ、と。

 ……いいなあ。

 この短い間にもう幾度目になるだろう。いいなあ、と。

 単に自分が馴染めていないだけかと思っていたが、そうではなかったのだ。きっと、他国人である自分とは、その根本から考え方が違う。

 そして、そんなこの国の女性たちが持つそれを、自分は好ましく思っているのだ。

 だから、セデラは思う。いいなあ、と。


「ほら、理解してないじゃないですか」

「いや、それは私が悪いわけではないだろう」

「何言ってるんですか。ちゃんと言わないティーナが悪いに決まってるでしょう」

「いやいや、普通あれでわかるだろう!?」

「そうじゃないからこうなってるんでしょうに……」


 そんな自分の様子に、何事かをこそこそと相談し始める3人。不審に思って見ていると、やがてこのままでは埒があかないと思ったのか、アリエルがふいっと会話から外れてこちらを向いた。


「セデラ様」

「は、はい」


 無表情な目に気圧されながら返事をするセデラ。ユスティーナが「おいちょっと待て!」などと喚いているが視線すら向けずに完全無視だ。


「ユスティーナ様は微妙に回りくどいし、セデラ様はセデラ様で異様に察しが悪いしでどうしたものかと思いましたが……」

「は、はあ……」

「要するに、セデラ様とお友達になりたい、と。それだけの話なんですよ」

「え?」


 その反応にやっぱりといった感じにため息を吐くアリエル。


「まあ既に私たちは貴女を友人だと思っていますが。

 友人だから助けたいし、助ける。そういうことなんですよ。

 もちろん、犯罪の手助けなどは行いませんから、セデラ様に害意を認められた際は断罪することになっていましたが」


 後ろでユスティーナが「美味しいとこ持ってきやがって!」とか喚いているが、それも相変わらず完全無視だ。

 ……いくら非公式な場でも、主への態度がぞんざい過ぎませんかねこれ。

 心の中で突っ込みつつも、まあアリエルさんですし……とも思った自分は既に毒されているのかも知れない。


「なんだよ私は確かに『気に入った』と言ったぞ?」

「そんな上から目線で理解出来るのは、この国の女性ぐらいです」

「そうですよ。私的な場とは言え、王族の女性からそんなことを言われて、私も気に入りましたと返せるのはこの国の女性だけです。他国民からすれば単に王族のお気に入りになったくらいにしか思われませんよ」

「うるさい! クソティーナがっ!」

「なっ!?」


 再び騒がしくなった3人を眺めながら、セデラは言われた言葉を反芻していた。

 友達になりたい。友人だと思っている。友人だから助けたい。

 気づくと、先ほど得た落胆はもう自分の何処にも無かった。

 ……ああ、そうなんですね。

 きっと自分も、もう彼女たちのことを気に入っていて、友達になりたいと思っていて、何処かでもうなったような、そんな気でいて、勝手に期待して、だからあの時の答えに落胆してしまったのだ。

 ……私も巫女としてまだまだ修行が足りませんね。

 そう自戒しつつ意識を騒ぐ3人へ戻す。そして思う。

 ……いいなあ。

 それはもう憧憬の言葉ではない。何となくの疎外感を持った、寂しさと抱き合わせの言葉ではなかった。

 自分もこれから、この国で、この3人と共に。いいなあと思ったその場所へ。


「ふふっ」


 思わず漏れた笑みに、ユスティーナたちがこちらを見る。と、同時に肩を揺らした。


「やはり最終兵器……」

「ですから兵器ではなく試練だと……」


 小声で話すユスティーナとヴェンデルガルトに一体何の話をと思う視界の端で、ワキィッ! と動くアリエルの手が見えてビクッとするセデラ。

 ……あれ? 私早まりました?

 背中に嫌な汗が流れる。

 椅子に手を掛け離脱姿勢を見せるセデラに、慌てて理性を取り戻しアリエルを制止するユスティーナとヴェンデルガルト。


「今、初めての友人がこれで良かったのかと一瞬」

「何気に言うね巫女殿!?」


 セデラの言葉に、微妙にショックを受けるユスティーナ。

 と、その言葉に耳聡く気づくヴェンデルガルト。


「あれ? さっき20人でハプシェスタとか言ってませんでした」

「あ、あれは! その、あの……」


 取り乱しながら何か言わなければとするセデラに思うところがあったのか、アリエルがユスティーナとヴェンデルガルトの肩を叩いてひとつ頷く。その行動に、ふたりも何かを察して頷き返す。


「ま、まあ、誰しも、友人にも言えない秘密のひとつやふたつは、なあ?」

「え、ええ、そうですよね。ひとつやふたつぐらいは、ねえ」


 ……あっれ、私これ、残念な子扱いがどんどん酷くなってませんかね……。

 ふたりの気遣いが逆にセデラへダメージを与えていた。


 ※


「さて」


 もう何度目かという仕切り直しの後、ユスティーナが改めてと口を開く。


「御父様への見舞いがてら御母様への報告も済ませたことだし、これでセデラへ無用な咎が行くこともないだろう」


 友人になったから、だろう。ユスティーナが自分を名前で呼ぶようになった。

 ……少し、くすぐったくもありますね。

 けれど、いいものだなと自然に笑みが浮かんでしまう。


「これで恐らくは捜索隊が出ることになると思うが……どうやら困ったことに、魔人は既に王都を脱しているらしい」

「えっ!?」


 ヴェンデルガルトが驚きの声を上げる。アリエルも声は上げなかったが、その無表情な瞳にうっすらと驚愕の色が宿っていた。


「先ほど御母様の元へ行った際にな、王都外壁の結界を何者かが内側から壊すのを感知したと魔術師団結界班のひとつから報告があったらしい」


 魔術師団結界班。王都外壁に設置されている物理結界術式を込めた魔導具を、東西南北4つの班で分割管理する魔術師集団のことだ。

 常時、複数の魔術師によって魔力を注がれるその物理結界は神殿のそれよりも遥かに強力で、それ故に神殿での出来事を見ていたアリエルも、聞いていたヴェンデルガルトも破られたという事実に驚いたのだ。


「残念ながら議会連中が話しているのが少し耳に入ってきた程度で、どの方面の班だったのかまでは確認出来なかったが……。まあ、これでいくら特徴のある姿をした魔人であっても、探し出すのは容易ではなくなっただろうな……」


 ため息を吐くユスティーナ。

 勿論、ユスティーナが情報をすぐには得られなかっただけで、捜索隊は情報を基に方角を絞って派遣されることになるだろう。

 だが、世界はあまりにも広過ぎるのだ。


「……召喚されたばかりで基本的なことを何も知らない……土地勘が無いことがせめてもの救いになればいいんだがな」


 苦味を含んだユスティーナの言葉に、ヴェンデルガルトもアリエルも沈黙の頷きでもって同意する。

 そんな中。

 セデラもまた沈黙を保っていたが、そのヴェールの下では別のことに眉をひそめていた。

 ……そうです、結界です。

 セデラを思考の海に沈めたそれは、ユスティーナたちの話すものとは違う。神殿の結界を破られた時点で、外壁の物理結界も破られるだろうことは既に予想していた。


 もしかしたら程度で、だが無視出来ない気がかり。


 ユスティーナの言葉で中断していたそれ。

 ……い、いえ。別に忘れていたわけでは……!

 誰にともなく言い訳をしつつ、セデラはその気がかりへと再び思いを巡らせる。

 ……陛下や、この神殿にかけられていた防御結界が音を立てて破られたのはまだ理解出来ます。あれほど簡単に破られたのですから、外壁の結界が破られるだろうことも予想出来ますし納得も出来ました。

 でも、とセデラは思う。神殿という場には、外壁と違って防御結界の他にもうひとつ、かけられていて当然とも言える結界術式が張ってあった。

 ……ならばどうして対魔結界を素通り出来たのでしょうか?

 対魔結界。その名の通り、魔に属する者にのみ効力を持つ結界術式だ。外側からはもちろんのこと、内側からも封じ込めの意味をもって威力を発揮する。その強さに関係なく、魔に属する者であれば術式が発動し、その身を焼かんと聖なる白き炎が立ち上がるはずなのだが……あの時、結界術式は発動しなかった。だからこそセデラは驚愕し声をあげたのだ。

 ……誤作動? いえ、魔導具と違って術式に誤作動なんてあり得ません。

 ならば……? と思い、思い至ったそれに内心で首を振る。

 ……あのようなおぞましい顔と瞳を持った者が、魔人ではないなど……。

 あり得ないと続けようとして、だが否定しきれない自分もそこにはいた。結界のこともあるが、それだけではない。何より自身にそれを疑うヒントがあった。

 だがそれを話せば「何故」ということになるかも知れない。

 言わないことで捜索は難航するだろう。だが、

 ……言えません、よね。

 ユスティーナたちなら大丈夫だろうという思いもある。「下らない」と言って笑い飛ばしてくれそうな気もする。確かに下らないとセデラ自身は思っている。

 だがそれは絶対ではない。「絶対に大丈夫」と胸を張れるほどの時間を過ごしていない。下らないことだが、それを下らないと笑い飛ばせる人間が極一部でないことなど、セデラはよく知っていた。

 だからたとえ、友人となった今でも。

 いや、友人となった今だからこそ。

 ……自分勝手なことを考える私は巫女として未熟、いや、失格なのかも知れません。でも……。

 怖い、だなんて、と。

 友人が出来て得た喜びと恐怖。それらを胸に抱きながら、いつかこの感情が杞憂だったと笑える日が来ることを、切に祈り、そして願った。

ようやく幕間が済みました。ありがとうございます。

次は、幕間を入れるタイミングが早すぎたおかげで影が薄くなってしまった主人公・葵のターンがやっと!

「え? 主人公ってセデラじゃないの?」

……マジで、言われましたからね……。

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