幕間1(中編)
遅くなりました。
長くなってしまいまして、削って予定通りの前後編にしようか悩みましたが、前中後編の三分割にすることに。
2014.12.21
ヴェンデルガルトがヴェルデルガルトになっていたので修正しました。
◆
「セデラ様、創世神話は御存知ですよね」
「え? あ、はい。こう見えて私、実は巫女ですから」
言って、すぐに気づいた。
……こう見えてってどう見えてですか私!? というか、言わなくても私が巫女だなんて皆様わかってるじゃないですか!
見るとアリエルだけではなく、ユスティーナやヴェンデルガルトまでが「んん?」という顔をしている。
……これ絶対「もしかして変な子なんじゃ」って思ってますよ……!
セデラの背中を冷たいものが流れる。
……ア、アリエルさんがいきなり喋り出すから! 無口な方だと思っていたのにもう! もう! おかげで動揺して変なこと口走っちゃったじゃないですか……!
だが、思い込んだのも自分なら動揺したのも自分。アリエルに否が無いことも理解していた。
「す、すみません……」
即座に八つ当たりを反省し、アリエルへの謝罪を口にするセデラ。
さっきまでのやりとりからするに、私的な場であるこの部屋では、巫女が侍女に頭を下げることも問題は無いだろうと判断し、頭も下げる。
ところが、彼女の内心を知らない3人は、この謝罪を先ほどの妙な発言に対してのものだと思い込んだ。
それ故、なんだかんだ言っても3人の中では一番相応しいであろうユスティーナが代表して「まあ、気にするな」とセデラに返した。
……何故アリエルさんへの謝罪にユスティーナ様が返すのですか? え? あ、も、もしかすると、謝罪に関しては身分のけじめが必要だということなのでしょうか……?
これ以上の失態はマズいです、とフォローの意味も込めて今度はユスティーナへ「申し訳ありません」と丁寧に頭を下げるセデラ。
だが、何故わざわざ2回も謝罪をするのかがわからない3人。目配せを送り合った結果、今度はこの中でひとつ違いではあれど一番の年長者で、彼女と同じ神殿側の人間でもあるヴェンデルガルトが「お気になさらずとも良いのですよ」と優しく返した。が、
……どういうルールなんですかこの国!?
さらに混乱し、あわあわと続きの言葉を言おうにも言えなくなってしまうセデラ。その様子に何があったのかと声をかけようとし、半開きの唇が持つエロスに再び被弾する3人。
混乱と自戒が部屋を支配した瞬間だった。
「……落ち着きましたか?」
「……はい」
しばらくして。
部屋にはようやく落ち着きを取り戻した4人の姿があった。何故か疲れた表情をしている3人に、もしかして自分はそんなにも取り乱していたのだろうかと申し訳ない気持ちになるセデラ。
だが、謝ろうと口を開いた途端、3人から同時に「いやもう本当、勘弁して下さい」と言われてしまったため、内心で首を傾げつつも口を閉ざした。
「……では話の続きを……」
「あ、はい。確か創世神話でしたよね」
セデラの確認に頷きで返すアリエル。それを受けてセデラは、この世界に生きる者なら誰もが幼い頃から馴染み深いであろう、ひとつの簡素な神話を唇に載せた。
この世界は、母なる一柱の女神によって産み出された。
大気を産み、
大海を産み、
大地を産み、
そして多くの生命を産み出した。
始め、それら生命の全ては女神と同じく女であり、雌であった。
だが、女たちは女神のもとから旅立とうとはせず、しかし余りにも自由で、奔放に過ぎた。
目的の無い集団はやがて、穏やかに衰退してしまう。
「……そうして、生命に旅立ちと指針を与えるため、女神によって最後に産み出されたもの。それが男であり、雄である、と」
これが、この世界すべての国と地域に共通するただひとつの神話だ。
ですよね? との意味を込めて、アリエルに向けて意識して笑みながら顔を向けると、一瞬肩を揺らしたかと思うや否や、こちらへツカツカと歩み寄るなり何故か人差し指を口に入れられた。
「ふぇ? は、はんへふは!?」
……全く意味がわかりません! しかもこれまた何故なのかその人差し指をぐにぐに動かそうとしていますし! 無表情で怖いですし! 何なんですか! 一体、何なんですか!?
混乱するセデラ。アリエルの向こうで「ズルいぞ次は私な!」と言うユスティーナと羽交い締めにしてそれを止めるヴェンデルガルトの姿が見えるが、それも全くもって意味がわからなかった。何より、セデラにはそれを気にする余裕も無かった。
……何故に中指まで!?
無表情のまま、中指も差し込もうとするアリエル。混乱しつつも必死に抵抗するセデラ。
数分後。噛みつくことでようやく指を抜かせることに成功したセデラは肩で息をしながら「怖い!」と叫び、3人から椅子ごと距離を遠ざけた。
「すみません……つい?」
やはり無表情のまま小首を傾げるアリエル。本当にすまないと思っているのかどうか、その表情から伺うことは出来ない。ただ、その頬はほんのりと少し上気していたようにも見えた。
「もう! みなさん何なんですか! もう! もう!」
もう! と言うに合わせてさらに椅子ごと遠ざかるセデラ。その様子に、揉めている間に自分たちまで一緒くたに好感度を下げられてしまったらしいと気づいたユスティーナとヴェンデルガルト。
ショックを受けつつそれぞれが元居た椅子に座ると、真っ白に燃え尽きたかのようにうなだれた。
そんなふたりと、怯えた猫のようになっているセデラとを見回したアリエル。少し何かを思案する素振りを見せた後、まだセデラの唾液に濡れ、歯型の残る人差し指をひと舐めすると「とりあえず、話を続けましょうか」と何事も無かったかのように促した。
……え? いま何しました?
あまりにも自然な動作で見逃しそうになったが、確実に舐めた。でも、どうだろう。もしかしたらそう見えただけかも知れない。というかそう信じたい。
ならばと首を振り、いま舐めましたよね? とユスティーナとヴェンデルガルトの方へ向けるが、ふたりとも絶賛燃え尽き中でうなだれていたため、どうやらその瞬間を見ていなかったようだ。
役に立ちませんね! と一瞬憤るが、すぐにそれは彼女らのせいではないと頭を振って思い直し謝罪する。ただし、声に出すとまた訳の分からないルールが発動しそうだったので、心の中で。
「セデラ様、聞いてますか」
「は、はひゃい!」
頭を振っていたのを聞いていないと捉えたのか、当の本人からいきなり(とセデラは感じただけだが)話し掛けられ慌ててしまう。またもや変な応答をしてしまったことに、少し落ち込むセデラ。
だがアリエルはそれを気にしたふうもなく、話を続けた。
「先ほどセデラ様がお話し下さいました創世の神話。それはこの世界共通のものです。ですが、ここから先は国や地域、宗派などによって様々です」
その言葉に浅く頷くことで同意を返す。
そう、短いが、自分が語ったので創世神話は全てだ。そこから先は存在しない。自立を促す女神様に、産み出された生命たちはその先を委ねられたのだ。それゆえ、そこから先はもう神話ではない。神ではなく、人の物語。だからこそ、国や地域などによって違いが生じてくるのだ。
……って、ん? あれ? 何かうやむやになってません?
さっきのアレはどういうことなのかとアリエルに問い詰めたかったのだが、完全に機を逸してしまっていた。しかももう話の途中だ。それを遮ることには気が引けたし、遮ってまで問い詰めることなのかと言えばそうでもないような気もしている。話が終わってからなんて尚更だ。というかむしろ蒸し返したくないので、このまま無かったことにしてみるのもありかも知れない。でも……。
結局セデラは、小さな引っかかりを覚えつつも、それを飲み込み、アリエルの話に集中することにした。
「その先に対する指針の違いは、そのままその国や地域の『かたち』になっていきます。
例えば西方、ガザル帝国では指針を持つ男性が全てを取り仕切るという男尊女卑の国に。片や南方、神聖ルクレオスでは、男性は助言役程度。実務の全ては女性が担う女性上位の国へ、といった具合に。
そして我が王国エスル=エティーナにおいては、国を動かす指針となる政と武は男性のみが行い、『生命の根源』である女神へ関わる者……要するに神殿に属する者は全て女性であることが定められ、それぞれに相応の権限を持つこととなりました」
ああ、だから神官長から下働きにいたるまで、ここには女性しか居なかったのですね、とセデラは得心した。他国から来てさほど経っていないセデラにとっては、不思議で仕方がないことだったのだが、聞いていいものかどうか迷っていたのだ。
……聞かなくて正解でしたねこれ。
危うかったと内心で汗をかくセデラ。その間にも、アリエルの話は続く。
「さらに、我が国には『全ての女性は女神の似姿であり、それに相応しいあるべき姿を学ぶべきてある』という考えがあります。そこから、他国には無い独自の教育制度として、身分の隔て無く全ての女性は6歳から15歳の期間、神殿の営む寄宿学校に入ることが義務付けられているんです。
初等部の6年では身分の隔て無く『女神の似姿』として相応しい姿……人としての基礎とでも言いますでしょうか……を学び、中等部からはその基礎教育の他、身分や立場によって必要となるであろう教育も組み込まれるようになります。主に王族や貴族といった家の者や、その従者となることが決まった者たちですね。その他の身分や立場の者にも、男性の目がある公の場での立ち居振る舞いをこの頃に学びます」
これ、どういうことだかわかりますか、とアリエルはセデラに訊いた。
次回こそ幕間完了となります。
主人公の存在感がものすごい勢いで薄くなっていってるので、早く主人公らしいことをしてもらわないとな……。