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幕間1(前編)

「ダアァッ! クソがッ!」


 部屋に罵声が響く。かなりの声量ではあったが、廊下からは2部屋を経た奥にある居住スペースで、しかも遮音系術式も重ねられているため、声を発した本人は勿論のこと、同じ部屋に居る他の者も、それが外へ漏れる心配などしてはいなかった。

 だが、だからと言って褒められることではないのも事実。

 膝下までをブーツで包み込んだ、この部屋でただ1人パンツスタイルである女性が、その表情と目線は動かさぬまま罵声を発した当人へと苦言を呈した。


「姫様、王族がそのような言葉遣いは如何なものかと」


 対する返事は「うるさいウェンディこのクソがッ」であった。

 ……ほう、まさか罵倒で返されるとは思いませんでしたね。というか誰がウェンディだ誰が。

 ウェンディと呼ばれた女性……正式にはヴェンデルガルトという……はその呼び方に左眉が引きつるのを感じたが、それを強い精神力でもって瞬時に止めてみせた。

 ……危ないところでした。まったく、先ほどまで父である国王陛下を心配そうに見つめていた「儚き」「深窓の」姫君はどこへ行ったのやらと言いたくなりますね。嘆かわしいことです。

 そんなことを思いつつも、表情にまでは出ないよう抑制出来た自分に内心では満足を得ていた。

 だが、視界の端で白い姿がこちらをじっと見ているのに気づいてしまう。

 ……眉が微妙に引きつった瞬間を巫女様に見られたかも知れません。

 一瞬にしてその考えが頭の中を支配し、胸の中を動揺が広がっていく。


 神殿の一角に王族の滞在用として造られたいくつかの部屋。そのひとつ。全体的に実用性重視の神殿で比較的豪奢であるこの部屋には、現在4人の女性が居た。

 ひとりは、先ほどその儚き美貌に似合わぬ罵声を発していたこの国の王女、ユスティーナ。

 もうひとりは部屋の扉近くにて静かに控え立つ、彼女の護衛も兼ねる専属侍女のアリエル。

 そして、ベール越しにこちらを興味深く眺めている“白の巫女”セデラと、その視線に内心で動揺している神殿騎士のヴェンデルガルト。

 王族と神殿。普段から一定の距離を保っているはずの者達。だがその空気には多分に気安いものがあった。

 ただひとり、現在絶賛動揺中のヴェンデルガルトは焦りの中に居るが。


 ……いえ、確かにあれくらいの言葉で微かとはいえ感情を乱してしまったのは神殿騎士としてあるまじきことです。ですが何故、そこまで凝視なさっているのか……。

 顔には出さぬままそこまで考えると、ヴェンデルガルトは気づかれぬよう、ちらりと視線を振る。巫女はまだこちらを見ているようだ。自然と、真っ白な中に目立つ紅……唇へと視線が吸い寄せられ、慌てて視線を戻す。

 この国で最も清廉・清純であり、侵してはならぬ聖域とまで言われる“白の巫女”。その全てが真っ白な中、厚みのある唇だけが紅く暴力的な妖艶さを放っていた。この国で最も“そのような感情”を抱いてはならぬと言われる存在が、男女の隔て無く“そのような感情”を強く誘発させてしまう唇を持つという矛盾。

 神殿騎士のひとりが「神が我々に与えたもうた最も恐ろしき試練」と例えたが、ヴェンデルガルト含め周りに居た神殿騎士の誰も否定できずに黙り込んだあたり、あながち間違いではないと言える。


 ……とにかく、どうにかしてセデラ様の注意をそらさなければ。このままでは私が色んな意味で保ちません。

 せめて、髪がもう少し長ければ隠すことが出来たのに……と、ようやくまぶたにかかるかという所まで伸びた前髪を摘む。視界に入った毛先の向こうで「どうしたクソウェンディ何か言ってみろよ」などとぬかす暴言(姫)と、我関せずと静かに控える護衛侍女の姿が見えた。

 ……そういえば、このふたりと出会った時も、私の髪はこれくらいの長さでしたね。

 セデラからの視線も束の間忘れ、ヴェンデルガルトは自分の中にあるほんの少しの懐かしさに触れる。

 ……だが、暴言(姫)、お前は許しませんよ? クソクソ言い過ぎでしょうが。あとウェンディとか、それは子供の頃のあだ名でしょうが!

 ふいに湧いた懐かしさは胸の奥へ押し込み、暴言に一旦視線を合わせてから外し、その上でわざとひとつ溜め息を吐いて口を開く。


「ティーナ」

「なんだクソウェンディ」


 こっちも当時のあだ名で呼んでみたが全く効果が無かった。いや、よく考えてみたらこれ今の自分とギャップがあって恥ずかしいの私だけじゃないですかね。くそぅ、堪えろ私。

 耐えるべく呼吸をひとつ入れ、言うべきことに口を開く。


「…………覚えたばかりのスラングを使いたくて仕方ないのはわかりますが」

「えっ?」


 言われた言葉に表情を変えるユスティーナ。

 どうせ先ほどの騒ぎの中、騎士団か魔術師団の誰かが言ったのを覚えていたのでしょうが。まったく、国王陛下が御参席なさるから護衛がとか何とか、普段男子禁制であるこの神殿に強引な理由で入り込むだなんて。これだから男どもは。

 元凶となったであろう者達への憤りを感じつつ、ヴェンデルガルトはうろたえるユスティーナへ言葉を続ける。棒読みで、生温かい優しさを目に湛えるのがポイントだ。


「ええ、そうですね。ちょっとワルを気取りたくなるお年頃ですものね。わかりますわかります」

「なっ!? そ、そんなんじゃねぇし! そんなんじゃねぇし!」


 図星を指されて一層取り乱すユスティーナの反応に、まだまだですねと思いつつ清々しい気分になるヴェンデルガルト。見るとアリエルが無表情のまま小さくサムズアップしていたので、こちらからも小さく返しておく。

 やはりアリエルもティーナの言葉遣いに思うところがあったようですね。

 反論しようと口を開いたり閉じたりしつつも何も言えないユスティーナ。その様子に、これで少しは大人しくなるでしょう、やれやれです、と椅子の背もたれに身体を預けるヴェンデルガルト。だが、そこで自らの油断に気づかされることとなる。

 ……さっきよりも見られてます!?

 セデラが控えめに言ってもガン見していた。しかも、今のやり取りで呆気にとられたのか、口が少し開いていてエロスが酷い。

 何ですかこの背徳感!? 全体的には清楚極まりないはずなのに結果としては扇情的過ぎるだなんて! その半開きな口に指を差し込いや何を考えてるんですか私!?

 もう、辿り着いてもいいよねと言わんばかりの衝動を、神殿騎士としての理性フル動員で抑え込んで打開策を探すヴェンデルガルト。

 だがそれを、思ったよりも早く復活してきたユスティーナが邪魔をする。


「バーカ! バーカ! このクソウェンディ!」

「なッ! ここにきて開き直るとは……!」


 どうしようもなく低レベルな言い争いに発展し始めたユスティーナとヴェンデルガルトのやりとりに、アリエルは無表情ながら生温かい視線を向ける。その手は「ダメだこりゃ」と言わんばかりに手のひらが上に向けられていた。

 収集のつかなくなった状況。それを打破する一手は、残るひとりからもたらされた。


「あ、あの……」


 控えめな、しかし鈴の音を思わせる通りの良い声。

 この部屋に入るなり暴言を吐き始めたユスティーナのせいもあるが、これまで一言も発さなかったセデラのその呼びかけに「この……男女がッ!」と銀髪を振り乱すユスティーナも「なッ!? 今すぐそんなお前の心を折ってやろうか……!」とシャツを脱ぎ、術式編み込みタイプの下着に手を掛けようとしていたヴェンデルガルトも、無表情のまま力技での事態収集に出るべく銀製のトレイに手を伸ばしたアリエルも動きを止めてセデラの方を見た。


「あ、あ、その……」


 いきなりの注目に戸惑うセデラ。その戸惑いに開いた口を見て再び何かの終着点が見えてきたヴェンデルガルト。思わず視線を外すと、ごくりと喉を鳴らして「これが神殿の最終兵器か……!」と唸るティーナの姿が。誰が兵器ですか、試練です試練。アリエルはと見やれば、視線はセデラ様へありながら表情ひとつ変えていない。流石ですと思った次の瞬間、両手の人差し指と中指を子どもに見せられない感じでうにうに動かしているのが目に入り「あ、この人が一番ダメだ」ともの凄い疲労感に襲われる。

 その疲労による脱力が良かったのかふたりの惨状を見たせいなのか、いち早く冷静になれたヴェンデルガルトは深呼吸をひとつすると、セデラへ「どうかしましたか?」と穏やかな笑顔を意識しながら尋ねた。


「あ、はいあの……みなさん仲がよろしいのだな、って」

「「は?」」


 思わず声を揃えてしまったユスティーナとヴェンデルガルト。アリエルも声こそ出さなかったが、小首を傾げて同じような反応を見せている。

 さっきまでのやりとりを見てそんなふうに思えるなんて、セデラ様は心の中まで純白なのですね……! いやまあ、間違ってはいませんが。間違ってはいませんが何というか、何だか自分のヨゴレを見せつけられた気分です……と軽くうなだれるヴェンデルガルト。他のふたりも視線をそらしたり手で目を覆ったりしているあたり、同じような状況なのだろう。

 しばし無言で甘うなだれする3人。緩急が激しすぎてついて行けず、困惑の色を隠せないセデラ。

 何とも言えない沈黙はやがて、3人からの何となくゆるんだ空気の中「どうしてそんなふうに思った?」という疑問へと集約されていった。


「ああいえ、その、いくら私的な場とはいえ、王族と騎士がそんなに気安く罵り合えるものかと……」


 ん? と首を傾げるユスティーナとヴェンデルガルト。だがアリエルは何か思い当たることがあるのか、左手のひらに右拳を当てるという遠い異国の仕草をしつつ「ああ」と声を挙げた。


「そういえば、セデラ様は他国からいらしたのですよね」


 その言葉に、ヴェンデルガルトも理由に思い至る。反対にユスティーナはまだわからないのか首を傾げたままだ。

 ……いや王族、この国のシステムの話でしょうが。と、内心でユスティーナへの突っ込みも入れつつ、でも、そういえばそうでしたねとセデラの方を見やるヴェンデルガルト。

 ……あ、これ絶対「この人、喋れたんだ!?」って顔ですね。

 そう思いつつもとりあえずそこはスルーし、ヴェンデルガルトはセデラへ説明すべく口を開こうとする。が、先に声を発したのはアリエルだった。どうやら彼女も同じことを感じ取ったのか、挽回すべく説明を引き受けるらしい。いや、挽回するって何を? とも思わなくもないが。


「セデラ様、創世神話は御存知ですよね」

「え? あ、はい。こう見えて私、実は巫女ですから」


 3人が揃って「うん、何言ってるのこの子?」という表情になった。

予想以上に長くなって……あ、はい、脱線ですね。脱線しすぎましてね、前後編になっちゃいましたね。

後編はこれまでよりも早く公開できるかと。ええ。

※1箇所改行し忘れを修正しました。

2014/11/13 ラストに2行足しました。

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