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01:本当の敵は目の前に

2015/08/06 改稿しました。と言っても大きな改変はありませんが。

 あの神殿だか祭殿だかを飛び出してから、30分くらい経っただろうか。

 街外れにある人気の無い川のほとりで、葵はがっくりと膝をついて項垂れていた。

 紆余曲折。ここに来るまでにあったことを思い出す。

 呻くような呟きが口から漏れた。


「完ッ全に忘れてた……」


 あの後、人目を避けながら全力でその場を離れ、警備に隙の無かった城壁は強引に乗り越え(警備兵をふたり昏倒させざるをえなかった……)、ようやく街へ紛れ込むことが出来た。

 城壁を越える際に見た感じだと、城と、さっきまでいた神殿だか祭殿だかを中心に広がる円形の街だ。王都というやつなんだろう。かなりの広さがあり、その端には街をぐるりと取り囲む壁があった。

 全体的には石造りより木造建築の方が多い印象だ。おそらく木材が豊富に採れる地域なのだろう。そう言えば街の外、少し遠くに大きな森を見たような気がする。

 数少ない石造りの建物は大きく分けて大型とさほどでもないものと2種類あるが、おそらく前者は商館のような施設で、後者は火を使う工房といったところだろうか。

 それら施設や工房だとかを見てみるが、識字率はもしかするとあまり高くないのかも知れない。店や工房などには見てそれとわかるものを模したデザインの看板がかかっているだけで、何の店であるとか店名など、文字の類を見かけなかったからだ。おかげで、自分もこの世界の文字の読み書きが出来るかを確認することが出来なかった。

 道も広く、結構な人通りもある。流石は王都、国の中心だと感心させられる街並が、そこに広がっていた。

 これならば人混みに紛れ込み、追手の目をかいくぐることが出来るかも知れない。


 そう、思っていたのだが……。


 一歩ごとに割れる人混み。

 直接的なものから窺うようなものまで、様々な角度から向けられる視線。

 その多くに込められた好奇と怯え。

 囁き合う言葉が折り重なり、増幅されて生まれるざわめき。

 明らかに自分がこの街で異物となっていた。

 まだ、先ほどの騒動はここまで届いていないはず。なのにどうしてこんな状況になっているというのだろうか。

 もしかすると、魔法もあったことだしファンタジー繋がりで亜人種も居るのかも知れない。それでここがその亜人種の生活区で、人間が来ることに忌避感がある、とか?

 だが、見たところこの街の人々は自分と変わり無い普通の人間のようだし、ならばこの髪と瞳が……と思うも、特に黒髪黒目が珍しいというわけでもないようだった。

 他にもあれこれ原因を考えてみたが、皆目見当もつかない。

 とにかく、このままでは埒があかない。

 とりあえず何かしらの情報を、と比較的近くにいたご婦人に声を掛けようとしたら、目が合った瞬間に腰を抜かされてしまった。


「あの……」

「ひいッ!」


 めげずに声を掛けようとしたら悲鳴を上げられた。何でそんなに怯えられているんだろうか。あの神殿だか祭殿だかで何を言ってるのか聞き取れていたんだから、読み書きはさておき、話す言葉は通じるはずなんだけど。


「話を、」

「いやあっ!」


 後ずさりまでされた……。ああ、自分の中で心の折れる音が聞こえたよ……。

 本当に、こっちに来てからこんなんばっかりだ。こちらとしては、ただ会話をしてこの世界のことを少しでも知りたいだけなのに。

 これ以上このご婦人に話し掛けても悪化しかしないだろうし、追い詰めて悦ぶ趣味も無いし。諦めて他の人に話し掛けてみようか。遠い目でそんなことをぼんやりと考える。よし、と顔を上げて気づいた。


 ……人が、居ない?


 いや、よく見ると確かに人数はかなり減っているが、居ないというわけではなかった。ただ、取り巻いていた距離が明らかに広がっている。これはもう、遠巻きに監視と言った方がいいような状態だ。何故気付かなかった自分。

 ご婦人への心配と、諦めと絶望。さっきより酷くなった怯えと明確になった敵意。注がれる視線にデジャヴを感じずにはいられなかった。もしかすると、警察的なもの……衛兵を呼びに行ってる者もいるかも知れない。聞きつけてさっきの法衣女や騎士団・魔導師団が来る可能性だってある。

 それらのことに、またかよ……と頭を抱えたくなる。どうしてこう、まともな言葉を一言も発さぬまま事態がこれだけ悪化出来るのだろうか。

 とにかく、せめてこうなる原因だけでも知らなくては。このままだと、何処へ行っても同じことの繰り返しになってしまう。ご婦人には気の毒だが、少し強引にでも話を聞かせてもらうとしようか。

 そう判断してご婦人に向き直る。遠巻きにしている人々が息をのむ気配がここまで伝わってきた。ご婦人の表情も絶望一色で、あとひと息で意識を手放してしまいそうなほど怯えているのが嫌でもわかってしまう。


 ……ダメだ、気の毒過ぎる。


 また追われるのもアレだし、離脱も含めてどうしたものかと頭を悩ませていると、少し離れた場所から「畜生がっ!」と叫ぶ声が聞こえ、次いで「うおおぉぉっ!」という雄叫びと共にひとりの男性が走り込んで来た。

 男性はご婦人を庇うようにして立つと、こちらを睨みつけながら「うううウチのかかっ、母ちゃんには! ゆ、指一本触れさせねえ!」と声も身体もガタガタ震わせながら、両手で構えたハンマーをこちらへ向ける。

 周囲から「グストさん!」「やめろ! あんたも殺されちまう!」などという、悲鳴にも似た声が上がった。


 ……完全に悪者扱いじゃないか。


「あんた“も”」ってなんだよ、“も”って。みんな冷静になってよく思い出してみてくれよ。

 こちらは、何も、していない。

 声を、掛けようと、しただけだ。

 何が彼らの恐怖心を煽っているのかがさっぱりわからない。

 とにかく、こちらに敵意が無いことだけはわかって貰わないと。そう思い、両手を上げる。


「ッ! 何かする気だぞ!」

「親方ッ!」

「グストさん! 逃げるんだ!」

「バカやろう! 母ちゃんを……マリーを、惚れた女を置いて逃げられるかッ!」


 ……また!? 何でそう解釈されるんだよ!


 って、もしかしてここじゃ「両手を上げる=降参、もしくは敵意無し」って意味にはならないのかも知れない。

 むしろ逆の意味を持っている、とか?

 そういえば、こっちの方でも頭を撫でることがタブー視されてる国があるとか聞いたことがある。世界すら違うここだと、手を上げる行為が全然違った意味を持っていたとしても不思議ではないのかも知れない。

 思い至ると一気に不安が押し寄せてきた。

 ここの文化・風習の類が一切わからない、情報を何も持っていないことがこんなにも心細く感じるなんて。言葉さえ通じればどうにかなるかと思っていたのに……。

 ろくでもない今までの流れもあって、ここでやっていけるのかがまったくわからなくなった。


 ……でもまあ、思い悩んでいても仕方がないよな。


 今はまず、この人たちに敵意が無いことをわかってもらわないと。

 落ち着くのを待ってなんかいられない。しぐさが通じないなら、やはり話さなければ。改めてグストと呼ばれた男性に向き直る。グストさんは一瞬怯んだ表情になるが、ちらりと後ろのご婦人……どうやら彼の妻でマリーさんというらしい……を見やると、その表情を引き締めてハンマーを構え直した。


 ……うわあ、惚れた女性の為に身を挺するとか、かっこ良すぎる。


 これならもう悪者扱いでもと一瞬思うが、すぐにそういうわけにはいかないだろうと思い直す。

 殴られるのも嫌だし、殺されるわけにもいかない。

 使い込まれたハンマーと筋肉質な身体。所々に小さな焦げ穴の空いた服やエプロンから察するに、グストさんは鍛冶師なのだろう。

 いくら筋肉質な身体で大きなハンマーを軽々と扱っていたとしても、恐らく騎士ほど強くはないだろう。筋肉も無く丸腰ではあっても、あの騎士団と魔導師団による攻撃を凌いだ右手と身体能力を得ている自分の方がきっと強い。どういうわけかは知らないが、グストさんや周囲の人々もそう思っているのだろう。

 立ち向かうのは無謀でしかない。無謀と勇気は違う。それでも、こうして立つグストさんはやはり勇気のある「漢」に見えた。かっこ良かった。

 誤解さえ解ければきっと、素性のわからぬ自分に対しても彼は親身になって力を貸してくれる。そう確信出来る人となりを感じずにはいられなかった。

 よし。こちらも全力で誤解を解こう。

 決心し、グストさんの強い意志が籠もった強く大きな瞳を見つめ……ん?


 ……あっ。


 そして自分の、すべての勘違いに気づいた。


 ……うわあ、突然のことに動転していたとはいえ、ここまで気づいてなかったとは……。


 そりゃそうだわな、と今までのことを振り返る。そうなっても仕方ないな……。

 反省というかもう、ため息しか出てこない。

 落ち着くべきなのはこちらだったのだ。

 いきなりがっくりと肩を落としたこちらに、グストさんも何か感じるところがあったのか怪訝な表情を見せる。

 そんな彼に、まずは謝罪をしようかと口を開く。が、


「居たぞ! こっちです!」


 それを遮った声。見ると衛兵だろうか、揃いの皮鎧を着た数人が角からこちらへ……。


「……ッ!?」

「総員構え!」

「詠唱開始!」


 衛兵の後から現れたのは騎士と魔導師。おそらくあの神殿だか祭殿だかで対峙した者達だろう。こちらを認めるなり戦闘の準備に入っている。

 マズいことになった。多分、あいつらは何を言っても問答無用で攻撃してくる。事故とはいえ、王様ぶん殴ったのは事実だしな。しかも、生半可な攻撃じゃ通じないことも知っているから、初手から最大火力でくるだろう。

 そうなれば流石にこの右手と強化された身体能力でも凌ぐことは難しくなる……と思うが、それ以上に他人を巻き込む可能性も出てくるだろう。

 ちらっとグストさんを見る。突然の騎士団と魔導師団の介入に、安心より驚きが勝った顔をしている。


 ……逃げるしかない、か。


 せっかく、努力と展開次第では力になってくれそうな人に出会えたというのに。

 足に力を込め、一気に屋根へと飛び上がる。直前、グストさんへ謝罪の言葉を放ったが、ちゃんと聞こえただろうか。


「また逃げる気だぞ!」

「逃がすな! 追え!」

「牽制せよ!」


 グストさんのリアクションを確認する間もなく、牽制として飛んできた矢を右手で打ち返し、次の屋根へと跳び移る。そのまま屋根づたいに全力でその場を離脱する。

 今のままじゃ、何処に行ってもまともな意思の疎通は望めない。とにかく人の居ない、水のある場所へ……。

 この辺りで一番高かった尖塔のある建物へ移り、上から周囲を見渡す。見た感じから判断するに、これくらいの街であれば必ず生活用水として川を抱き込んでいるはず。


 ……あった!


 一気に地上へ飛び降りると、人気の無い道を選びつつ、川のある方へと走り始めた。


 ◆


 そうしてたどり着いた、街外れにある川のほとり。 幅は4車線くらいあるだろうか。流れは穏やかで水は清い。

 うなだれていた顔を上げ、ある種の諦めを感じながら立ち上がって川へと歩み寄る。

 そして、ゆっくりと覗き込んだ。


「……そりゃ怯えるよな……」


 水面に辛うじて映った自分の顔。それは、白塗りで目の周りが黒くおどろおどろしいメイク……所謂「コープス・ペイント」を施されたものだった。

 しかも、水面にはそこまで映ってないが、目もコンタクトレンズで爬虫類のような瞳孔をした金色に……。

 グストさんの瞳に映る自分の顔を見るまで、完全にそのことを失念していたのだ。


 いきなり王様をぶん殴った奴がこんな顔していれば、そりゃ騎士団が「魔人」と呼ぶのも頷けるし、街の住民が怯えるのも当然だろう。

「街の住民が亜人で……」とか思っていた少し前の自分に言ってやりたい。自分の方が人外にしか見えないビジュアルしてるぞってな!


「ああぁぁぁ……」


 恥ずか死ぬ。さっきまでの「自分が何かしたか!?」とか思っていた自分自身に恥ずか死ぬ。

「何か」も何も、それ以前の問題だったのだ。

 とにかく、まずはこのコープス・ペイントを落とさないことには何も始まらない。というかこれじゃあ何をどうしようとしても始まる前に終わってしまう。

 本当の敵は目の前にいたのだ。


 顔を洗うべく両手を川に差し入れる。

 その水がやたらと冷たく感じたのは、きっと水温だけではないのだろう。

 コープス・ペイントはそれで画像検索をしていただくと良いかと。

 作者はメタルの中でも比較的ブラック・メタルが好きです。


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